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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

タグ: 仁科斂

  • 『丹心/まごころ』を読み解くための中国語

    2026年上半期の芥川賞ノミネート作品の中で、仁科斂さんの『丹心』はハードルが高いものとなっております。まず、タイトルが読めません。掲載されていた新潮の2026年4月には『丹心まごころ』のように振り仮名が振ってあります。「丹心」という言葉は国語辞典には載ってはいますが、読み方は「たんしん」であって、「まごころ」という読み方はありませんでした。いわゆる当て読みということでしょう。

    つまり、九城伸明が『ピエロンリー』で、「地球ほし」と読ませたり、「山手通りいつもの帰り道」と読ませたりしていたのと同じですね。

    国語辞典によると、「丹心」の意味は「まごころ」で、福沢諭吉の『学問のすすめ』での、「唯和して真率なる丹心あるのみ」という用例が載っていたので、日本語としても使われていたのでしょうが、現代の日本で目にすることは少ないように思います。小説のバックグラウンドを考えると、ここでは中国語としての「丹心」をイメージするのがいいのかもしれません。

    作中で、Q先生(冒頭に登場するQさんという女性の父親)が、

    歴史也没有、一点的丹心也没有(歴史もない、一点の丹心まごころもない)

    と嘆くシーンがあります。発音はピンイン(中国語の発音記号みたいなもの)だと dānxīn です。ちなみに、私は中国語のまともな教育を受けたわけではなく、Eテレを見たり、デュオリンゴでかじったりした程度なので、ご了承ください。リンゴだけに

    あと、単行本では『丹心/まごころ』というタイトルになっていました。九城っぽい、と言われるのを嫌ったのかもしれません。でもスラッシュだと、なんだか『丹心』と『まごころ』の二作品が入っているように見えなくもありません。タイトルは難しいです。

    次に「仁科斂」が読めません。中国の話なので、仁 科斂(じん かれん)という中国人かも、などと深読みしてしまいそうですが、「にしな れん」でした。以前、YouTubeで平井堅さんのMVに、同志有志が中国語字幕をつけている、おそらく違法アップロードと思われる動画があったのですが、字幕での名前が「平 井堅」となっていました。そこで切ってはいけません。「ドンキ・ホーテ」ではなく「ドン・キホーテ」なのです。

    なかなか本題に入らないのは、読んでもよく分からなかったからです。なので、些末なところにクローズアップしていこうと思います。

    この小説における重要ワードは「爛尾楼」です。解説付きで登場します。

    広大な中国の全土に、数限りなく建っているこうした建物はインターネット上で爛尾楼ランウェイロゥと呼ばれた。工事の尻尾が爛った楼、という意味だ。

    爛尾楼は重要ワードで何度も出てくるので意味が分からなくなることはないのですが、読み方を忘れてしまいます。日本語的に「らんびろう」と呼んでもいい気もしますが、ここは中国気分(?)を盛り上げるために、中国語の発音で読みたいところ。ピンインは làn wěi lóu です。

    中国の不動産業界の破綻はニュースでちょっと聞いた程度で、あまり知りませんでした。こちらの記事あたりで(いつ完成するかわからない「爛尾楼」 | 現代ビジネス | 講談社)、イメージをつかんでおくと、楽しめるかもしれません。

    あと、これも何度も出てきます、「房子」。「ふさこ」ではありません。振り仮名は「ファンズ」となっていました。ピンインは fáng zi です。 家とか部屋とかを表す単語なのですが、本文に解説があります。

    房子とは、およそ日本語の住居にあたる語だ。大きさではなくじっさいに住んでいるかどうかが基準なので、物置から、上は紫禁城まで、房子と呼ぶことができる。

    こんな感じで、中国語が登場する際には、小説中で解説をしてくれているものも多いのですが、なんでしょう、最後まで記憶が続かないんですよね、短編なのに。房子はDuolingoでも頻出で、知っていたので、これについては特に問題ありませんでした。

    次に出てくるのは「青帮」。作中は「帮」でしたが、ウィキペディアには「青」という漢字で表記されていました。

    駐車場ビルに向かいながら、ミスQは、立退き要員として香港から青帮チンパンのメンバーを三人呼んできている、とさも自信ありげに言う。

    ピンインは qīng bāng です。ピンインのqiは「クィ」ではなく、息を強く吐き出す「チィ」みたいな感じです。清朝から存在する犯罪組織らしいです。立ち退きに応じない住民を脅すためにチンピラみたいなのを三人雇ってきたみたいですが、この三人は ど素人で全然怖くありません。指示をだすレン君(鹿野川教授の助手みたいな(たぶん)シンガポール人)のほうが、よっぽどヤクザみたいなときがあります。

    鹿野川で思い出した。物語は鹿野川教授とレン君の視点が交互に切り替わりながら進むのですが、頭の中でずっと「かのがわ」と呼んでました。が、実は小説の書き出しは、

    そのメールを受けとったとき都内某総合大学建築学科教授、鹿野川ししのかわわたるがいだたい印象は、Ningbo、それってどこだ、というものだった。

    というものだった。愛媛にあるのが鹿野川かのがわだからなあ、てっきり。鹿威ししおどしの鹿ししなんですね。難しい。

    さて、次の中国語は、

    改めてミスQは「こいつらに住人の立退きをやらせます。それならば、われわれは没有メィヨゥ関係グヮンシィでいられるので」と、三人にも分かるよう、中国語にきりかえて、告げた。

    「だいじょうぶ」「気にしないで」って意味で、「没関係」と言うのは初歩の中国語で必ず習うフレーズですが、ここでは文字通り「関係がない」という言い回しなのでしょう。ピンインは méi yǒu guān xì 。

    まだまだ、さりげなく出てきます、中国語。

    Q先生は「アイ、あなたは臭くないの⁉」と、すっとんきょうな裏声を出した。

    哎さんに呼びかけた、なんて思いませんでした? そんなヤツぁいないよ、と言われそうですが、100人に1人くらいはいるんじゃないかと思います。哎呀アイヤー!のアイで、驚きを表す言葉なんですね。ピンインは āi yā 。

    なんの説明もなしに、台詞に散りばめてきます。

    Q先生は舌打ちにまぎれて「臭死チョウスー」と何度も言い、「あれは誰なんですか?」と訊いてきた。

    ピンインは chòu sǐ です。「臭死」とは「死ぬほど臭い」という意味です。「くさっ!」ですね。他にも、「熱死」(あつっ)、「煩死」(うざっ)など、中国人はよく死にます。

    こんなのもあります。

    ここは福建省のど田舎じゃない、南京と上海と杭州のちょうど真ん中の城市なんだ」

    字面から、城下町とか城塞都市を想像しそうになってしまいますが、中国語で「城市」といえば「都市」くらいの意味です。ピンインは chéng shì 。「城市」「城」などというフレーズがちょいちょい出てきますが、単に「都市」「街」くらいの意味で、お城はたぶんないはずです。

    厠所ツェスォに行ってくる」と言って店の外でスマホを確認し、(略)

    これは字で分かりますね。かわや、トイレですね。ピンインは cè suǒ 。

    収穫後らしい農地がしばらく続き、ちょっとした街道沿いに、商店や家や、いくつかの〈公司〉が並ぶ。

    中国からの輸入品に書いてあったりするので、「会社」であることは知っている人は多いと思うのですが、もはやこのへんは常識扱いなのでしょうか。このレベルの語を知らないと、この小説を読むのは厳しいです。発音は「ゴンス」「コンス」に近くて、ピンインは gōng sī です。

    「ところであの祠の神は誰なの」(略)

    「知らない。でもジァのですよ。全部人を騙すやつだ」

    「仮」の漢字は日本語だと「かりの」の意味ですが、対応する中国語の漢字は「ジァ」で意味は「うそである」「本物でない」という意味になります。ピンインは jiǎ です。

    他にも、「丈夫有責」という看板が出てきて、鹿野川教授がミスQに意味をたずねるのですが、「後で説明しますから」と言われる(そして、それっきりになる)、というシーンがあります。

    「丈夫」は「夫」のことなので、「夫に責任がある」という意味になります。何の責任かというと、一人っ子政策の計画出産に関して、ということじゃないかと思います、たぶん。

    著者の仁科斂さんの経歴をWikipediaで見ると、「東京都生まれ、香港、上海、ロンドン育ち」だそうです。そのせいで、やぶからスティックに中国語が混ざってしまうのかもしれません。