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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

タグ: 小砂川チト

  • VRゲーム、AI、働くこと『ゾンビ回収婦』

    2026年上半期の芥川賞ノミネート作、小砂川こさがわチトさんの『ゾンビ回収婦』を読みました。ノミネート作の中でも異色です。ゾンビが出てくる文学って、よくあるのでしょうか? ラノベとかなら分かりますが、本作は全然ライトではありません。

    主人公は30代の女性。AIに職を奪われ失業したのを期に、VRゲームに没頭します。タイトルからわかるように、ゾンビと戦うVRゲームです。そしてこれもタイトルからわかるように、彼女の仕事はゾンビを倒すことではなく、その屍(もともと屍?)を回収することです。

    ゾンビゲームといえば、プレイステーション(初代)のバイオハザードあたりで、私の知識は止まっています。最近のVRゲームがどんなことになっているのかも、いまいちイメージが湧きません。ネットで仮想世界に接続して、その場でプレイヤー同士が相互作用するような遊び方みたいですが、きっと面白いんだろうなと思いつつ、この手のゲームも遊んだことがありません。仮想世界といえば、「Second Life」が最後の記憶です。

    『ゾンビ回収婦』が掲載されたのは『群像』という文芸誌の2026年5月号です。『群像』の読者の年齢層ってどれくらいなのでしょうか。VRゲームの描写に50代、60代あたりの読者はついていけているのでしょうか。まあ、でもそれはあまり関係ないのかもしれません。現実と虚構の判別が曖昧になる現象は、昭和のやくざ映画の劇場出口でも、よく観察される光景でした。

    VRゲームの中が主な舞台である以上、ほとんどのイベントは仮想世界での出来事になります。とはいえ、ファンタジー小説でもSF小説でもありません。主人公の言動は、彼女の現実世界での経験に深く根差しています。育った環境、仕事で受けてきた待遇、AIに職を奪われたことによる失業、よくわからない理由で家を出て行った夫など。なので、イベントが仮想世界で起きていようが、主人公の行動や思考は現実世界と強くリンクしたものになっています。むしろ、現実世界では気づかなかったことを、仮想世界で再確認していくようなプロセスが描かれています。

    「働くこと」に対する意識がテーマになっています。主人公は仮想世界で非常に熱心に働きます。そんなバカな、という気もしますが、この仮想世界では倒されたゾンビは放置され、誰かが「回収」しないと床が見えなくなるほど蓄積していきます。血が飛び散った窓も拭かなきゃいけないし、床もモップがけしないといけません。主人公が仕事をしないと、この仮想世界は回っていかないことになってます。

    そんな大変な仕事をしている以上、ホテルの支配人に評価されたい、誰かに感謝されたい、仕事を認めてもらいたいという感情が主人公に起こります。しかし、それがかなえられることはありません。

    このあたり、現実世界のエッセンシャルワーカーと重ね合わせているんでしょうね。ほんのちょっとエッセンシャルワークが滞っただけでどうなってしまうのか、私たちはコロナのときに目撃したはずです。にもかかわらず、何か問題が起きるまで、気にも留められない仕事というものが世の中には存在して、そのような仕事の一つをゾンビの回収で比喩したのでしょう。

    もう一つ、指導する/される側、評価する/される側、期待する/される側など、立場の異なる両者の思いのすれ違いも描かれています。主人公は、親、部活の顧問、会社の上司などから、期待をかけられ、それに応えようとし、でもうまくいかず、失望させる、ダメ出しされる、という経験がトラウマのようになっています。自分が苦しめられたこれらの重圧を、無意識のうちに、自分が他者にかけようとしていたことに気づき愕然とします。他者とは誰でしょうか? それは、タイトルからわかるように・・・

    ゾンビ、ゲーム、仮想世界という、一見突飛な設定を使いつつも、実は人間の根源的な渇望について描きだそうとしたのが、この小説、『ゾンビ回収婦』なのでした。