(アイキャッチ画像:Mountainlife, CC BY-SA 3.0
https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0, via Wikimedia Commons)
6月末頃に新聞で著者の庄司薫氏の訃報を見つけて、読んでみました。実は氏の名前も知らなくて、作品を読んだこともありませんでした。『赤頭巾ちゃん気をつけて』というタイトルだけが記憶にあって、たしかNHKの「世界サブカルチャー史」という番組でとりあげていたような・・・。
検索してみたらXでポストしている方がいました。正確には、「世界サブカルチャー史 欲望の系譜 シーズン3 日本 逆説の60-90s第4回」だったようです。
学生運動が激化して、その年の東大の入試が中止になり(実際の出来事)、それに巻き込まれた受験生の話。そして、著者自身がその騒動に巻き込まれた体験者だった、くらいの記憶です。
それ以上の情報はないまま読み始めました。すると、知り合いのお母さんが「あら薫さん、元気?」という感じで、著者が実名で登場します。まあでも、「庄司薫」というのは本名ではなくペンネームなんですけど。
そういえば、この『赤頭巾ちゃん気をつけて』というタイトル、きっとこんなきっかけ(世界サブカル&訃報)でもないと読まないだろうな、という気がします。なんというか、昭和のアイドルの曲名みたいな。表紙の裏に庄司氏のディスコグラフィ、ではなく代表作が載っていて、その中に『狼なんかこわくない』というのもあり、そうそう、その感じ! と。石野真子の『狼なんか怖くない』と丸かぶりじゃんと思ったら、庄司氏の小説が1971年、真子ちゃんの曲が1978年なので、小説の方が先でした。なので、アイドルっぽい曲名の小説なのではなく、小説っぽいタイトルの曲を真子ちゃんが歌ったということなのでしょう。でも、よく調べてみると、ディズニーの『三匹の子ぶた』の映画の挿入曲のタイトルだったようで、つまり、ディズニーっぽい小説タイトル、ディズニーっぽい曲名だった、ということで。
文体は独特です。一人称で心情を滔々と語っていく感じです。好き嫌いが別れそうです。この手の文体は、非常に読みにくいと感じることもある反面、語り手とシンクロし始めると、「読んでいる」ということを忘れるような感覚になることもあります。
主人公の「庄司薫」は日比谷高校に通っています。私は地方出身なのでピンとこないのですが、日比谷高校は全国でもトップクラスの公立高校で、今でも名門校なのは間違いないですが、あとがきによると「かつて毎年二百名近い東大入学者が出ていたことがあるなんていま誰が信じるだろうか」という感じだったようです。
そして、作品全体に教養主義が現役だった頃の空気が漂っています。同級生の様子とか、高校でのイベントなどの話から、ちょっと今の高校生とは違う感じが伝わってきます。旧制中学・高校の流れを汲んでいて、ただ勉強ができるというだけでなく、日本を支えていくという真のエリート意識があり、哲学や芸術について議論するような。(過去記事:『教養主義の没落』と岩波文庫)
でも、主人公の薫君はそんな空気をちょっと冷ややかに見ているタイプです。同級生の「小林」はいかにも旧制中学・高校の学生という感じで、そんな二人が友達だったりするのもちょっと面白いです。
終盤のクライマックスで、主人公が自分はこういう人間になりたいんだ、という話を語ります。なんだかこの流れ、『ライ麦畑でつかまえて』っぽいと思ったら、私の勘は当たっていたようで、発表当時いろいろ論争になっていたようです。でも、主人公が日本の高校生という時点で、パクリだとかなんだとかそういうものには当たらないと思うんですけどね。だいたい、あんな有名なものはパクれないです。みんな知っているんで。
誰にも知られていないようなものをコピーしてきて、さも自分の作品のように発表して、それで誰にも気づかれなくて、やっと、晴れて自分の作品として扱われる、というところまで行って、剽窃作戦大成功というわけですから、有名な作品ではそうはなりえません。有名な作品は、パロディにされるか、オマージュされるかしかないような気がします。
でも、その作品を踏まえて書いたのか、偶然類似性が生じたのか、というのは気になるところ。BSテレ東の「あの本、読みました?」で、羽田圭介さんが、自身の『隠し事』という作品が、谷崎潤一郎の『鍵』と類似しているという書評を見て、それから気になって『鍵』を読んでみた、みたいな話をしていたのを思い出しました。
『鍵』は以前読んだので(過去記事:日記は究極の信頼できない語り手 谷崎潤一郎『鍵』)、今度は『隠し事』を読まなくては、と思いました。こうやって、読みたい本は増えていき。
