本を読むなら圧倒的に紙書籍派なのですが、ときどき電子書籍が欲しくなるときがあります。たしか登場人物の誰かがこんなことを言っていたんだけど・・・とか、こんな設定があったはずだけど・・・とか、あとは名前の読みの確認(特殊な読みなら初出の箇所にルビがあったりするので)とか。
結局は両方欲しいんですよね。読むのは紙媒体、検索は電子媒体。両方あると便利なのだろうか、というのを試すべく、両方を同時に借りて、その利便性を確かめてみることにしました。
電子媒体のほうが所蔵が少ないので、まずはこちらから探します。かわさき電子図書館には、綿矢りささんの『蹴りたい背中』がありました。まだ読んでなかったので、ちょうどいい。でも、予約が入っていて、待ちです。数週間後に順番が回ってきたので、そのタイミングに合わせて、紙書籍も借ります。こちらは所蔵数も多いのですぐに借りられます。図書館で紙書籍を受け取って、さて並列読みをしようと思っときに、ミスっていたことに気づきました。電子図書館の書籍は予約の順番が回ってきても自動的に貸し出しにはならず、一定期間内に貸し出し処理をしないと予約がキャンセルされてしまうんです。最近暑いせいでしょうか、やっと回ってきた予約の順番を、「そうめんのように」流してしまいました。
つまり、今回は普通に紙の本を読むことになりました。冒頭に長々と書いた割には、その目的は一切達成できないまま、この感想文は始まります。
斎藤美奈子さんが書いた巻末の「解説」によると、『蹴りたい背中』は127万部、芥川賞発表号の『文藝春秋』は118万部売れたそうです。もう、みんな読んでます。現時点で読んでいない人は、きっと一生読むことはない人なので除外して、つまり全員読んだということにしておきます。
私、実は綿矢さんの作品は読んだことがありませんでした。でも、日テレ系(制作は読売テレビ)の「遠くへ行きたい」で沖縄を旅している綿矢さんは見ました。デビューしたのは高校生のときだったそうで、まー、すっかり大きくなって。YouTubeに番組がアップ(公式)されていますね。
「遠くへ行きたい」って、なんか絶望的な発言のようにも見えますよね。もういやだ、限界だ、どこでもいい、遠くへ・・・行きたい、みたいな。でも、そんな番組じゃないので安心してください。
「蹴りたい背中」というタイトルを聞いたとき、それは何か比喩的なものだと思いました。その人に対する願望とかイメージが膨らみ、それをどう表現するかが難しく、なんとか比喩的に表現したのが「蹴りたい」なのではないかと。
・・・まさか、本当に「蹴りたい」んだとは思いませんでした。そして、本当に蹴ります。笑ってしまいました。人が何かを蹴るのを読んで笑ってしまったのは、メロスが犬を蹴飛ばしたとき以来です。
いいシーンでした。蹴りたくなって、気づいたら蹴っちゃってて。蹴られたほうも「え?」みたいな。「え? え? 何、今の?」みたいな。蹴ったのは主人公の女子高生の長谷川 初実、(後ろを向いているときに突然)蹴られるのが男子高生の蜷川 智。
ハツこと初実はうまくごまかします。
「ごめん、強く・・・叩きすぎた。軽く肩を叩こうとしたんだけど。もう帰るって、言いたくて。」ドアをノックするような手の動きを加えながら、嘘がすらすら口から出てきた。
「ほぼパンチくらいの威力だったよ、今の。」
惜しい! 「キック」でした。
全体的に、総じて、強いて、言うなら、青春小説であり、恋愛小説ということになると思います。でも、あの背中がむずがゆくなるようなベタな恋愛ものではありません。背中はかゆくならずに、蹴られて痛くなります。なぜ背中を蹴りたくなるのかは、簡単には表現できません。ハツは、怒られている「にな川」(漢字が思い浮かばないので、頭の中でハツはこう呼んでいる)に対して、
(略)がらんどうの目をして放心している。そして私にはそんな彼が、たまらないのだった。もっと叱られればいい、もっとみじめになればいい。」
なんだか谷崎潤一郎みたいなのを思い浮かべるかもしれませんが、それとも違います。もっと淡い感じがするし、決して確信犯でもないあたり、初々しさがあります。
にな川の人物の描き方もいいです。どう見てもイケメンではありません。分かりやすく言うとオタクっぽいという言い方になるんですが、それだとちょっとニュアンスが違います。好きなものを無邪気に好きだといえる小学生のような感じ。カムフラージュする必要があると思っていない頃の。
ハツが、にな川のコレクションの中から、こんなものを発見します。
無理があった。オリチャン(注:にな川が好きな女性タレント)の顔写真に、オリチャンの本当の身体とは似ても似つかないだろう、まだ成長しきっていない少女の裸が、指紋のついたセロテープでつぎはぎしてある。
やべぇやつです。警察に押収されかねないブツです。
ハツはこれをこっそり持ち帰ってしまいます。ハツが押収しました。
そして、それを返す場面がきます。さすがにこんなものを見られては(そして盗まれては)、にな川は狼狽・激怒するのではという展開を想像していましたが、
にな川は顔を近づけ写真を凝視し、次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「失くしたと思ってたのに。ちっちゃいけど、なんかそそるとこがあって気に入ってんだ、これ。」
想像をはるかに超えてきました。
そうか青春の一歩手前なんですね。高校生でこれだと、周囲からは気味悪がられそうですが、にな川はまだ子供なんだと思えば納得がいきます。好きなものには正直、それ以外には無頓着。
オリチャンを凝視するにな川を、凝視するハツも、そんなことをすればはたから見るとどう映るかまで気が回らなかったり、コントロールできなかったり。現にハツの友人の絹代は二人が恋愛関係だと思い込みます。普通そうでしょ、家に行ったり、一緒にライブに行ったり、ステージは見ずに、ステージを見ているにな川ばかり見つめるハツを見れば。
でも、二人は青春の一歩手前で、世の中の常識的な関係性を落としどころにする、なんて感覚を持ち合わせていない。なるほど、これは青春前夜小説なのであると思った次第です。
ちなみに、電子書籍を借りられなかったので、紙のページをめくって該当箇所を探すのが大変でした。やっぱり付箋紙は必需品です。
