今回読んだのは、『ビギナーズ・ドラッグ』(喜多喜久 著)です。製薬会社の若手社員がラルフ病という難病の治療薬を開発していくプロセスを描いたものです。PubMed(医学系の文献データベース)で検索してもヒットしなかったので、「ラルフ病」というのは架空の病名のようです、たぶん。
ちなみに、文庫化にあたって『ビギナーズ・ラボ』と改題されたようです。一瞬、続編? と思っちゃいましたが、違いました。私は単行本版のほうを読みました。
創薬に関する小説と言えば、以前『テウトの創薬』を読みました(過去記事:バイオ×ビジネス ミステリー『テウトの創薬』)。『テウトの創薬』のほうは、いかにも有能な感じの創薬の経験豊かな元研究者の主人公が、マネジメント側として活躍する形で、とんでもない悪役の大学の先生との対決が描かれていました。
『ビギナーズ・ドラッグ』の主人公 水田恵輔は、製薬会社に勤務してはいますが、総務部門に属している文系の社員です。そんな彼がなぜ、難病治療薬の開発を目指すようになるのか、また研究者でない彼にそれができるのか、というのが本書の見どころです。
恵輔を支えるチームメンバーの研究者がクセモノ揃いで、そのメンバーとどうやっていくのかも面白いところです。恵輔のキャラがいいです。上司から、ユーモアが足りない、冗談くらい言ったどうだ、みたいなことを言われたあと、
恵輔は付箋に〈閃いたジョークを口にする〉と書いて、ノートパソコンのフレームに貼り付けた。
「おい、なんだそりゃ」
「忘れないようにしようと思いまして。機会があればトライしてみます」
などと答えます。
終始このようなトーンで、落ち着き払っているようで、うちに情熱を秘める青年として描かれています。
彼が研究者ではないので、専門的な内容を他のメンバーから説明してもらう流れ、あるいは彼自身が調べて、理解していく過程を通じて、読者にも自然に医薬・創薬についても理解が深まるという、うまい構成をとっています。
小説の常として、物事が順調に進むことはなく、様々な障害が現れます。でも、『テウトの創薬』のようにすごい悪役が登場するわけでなく、上司やベテラン研究者や他部門の部長の、妨害のようにもとれる言動というのが中心です。ただ、それらも悪意からではなく、妥当な忠告だったり、経営観点での意見だったりして、結果的にベタな悪役がいないという構成で、読後感はさわやかです。
実際の世の中も、立場や信条の違いからいざこざになったりしますが、悪いだけの悪い人ってのはあまりいないんだと思います。恵輔は、社内事情から生じる障壁のような状況にも、腐ったり、キレたりせずに、誠実な言動を重ねることで、みんなの信頼を得ていきます。
管理職初心者の奮闘記のような読み方もできますね。彼の実直なんだけれども、ときには臨機応変な考え方や行動は、一見面倒くさい上司やメンバーをマネジメントして、うまくやっていく際の参考になるようにも思いました。