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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

タグ: テレビ

  • 『笑いの方程式 ―あのネタはなぜ受けるのか』で、ネタが書き起こされている芸人一覧

    お笑い好きと言っても、見るのが専門で自分が人を笑わせようとは思わない人もいれば、面白いことを言って人を笑わせるのも好きという人もいるでしょう。

    それとはまた別に、笑いの理由や構造を分析するのが好き人というタイプの人も、世の中にはきっといて、そういう人に向いている本です。そして、著者の井山弘幸氏は、たぶんそんなタイプの人です。

    まえがきに書いてあるのですが、井山氏は大学の先生で「お笑い論」の講義を5年間行ったそうです。科目名は「考える葦の冒険」です。これはステルスですね。こういうのは大抵、「お笑いの講義? そんなものはけしからん」なんて、誰かが言い出したときには、時すでに遅し、「5年間やってて去年終わりましたよ」とか、なし崩し的に実行されてしまうものです。許可をもらうより、あとから許してもらう方が楽だ、みたいな言葉ありましたよね。という意味で、この講義は「冒険」だったのでしょう。その成果の一つが、この本のような気がします。

    井山氏のお笑い論(笑いの基本構造には必ず「二世界形式」があるというもの)を理解できるか、納得できるかはさておき、この本にはたくさんのお笑いネタの書き起こしが載っており、その部分だけでも価値があるのではないかと私は思うわけです。

    今も人気の芸人もいれば、解散したグループや引退した人のネタなんかもあり、爆笑オンエアバトル世代にはたまりません。

    そして、栄えある本書の最初を飾る芸人は、ダンディ坂野です。 ・・・なんで?

    まあ、第一章 第一節の「ダジャレ」の典型例だからでしょう。そして、書き起こされているネタを読んで思いました。ダンディさんの知らないところで、ダンディさんがすべっている・・・

    いや、やっぱネタは演じているのを見ないとダメだな、なんて思いかけましたが、それは間違いでした。読み進めていくと、活字で読んで普通に笑えるネタがたくさんありました。活字だからダメなのではなく、ダンディさんだから・・・。だいたいあなた、ダンディさんのネタで笑ったことありますかっ? 私はあります。たぶんあると思います。そんな気がします。

    お笑いのネタは「作品」として残る割合が少ないということも、まえがきに書かれていました。たしかに楽曲だと、歌唱や演奏がコンテンツとして流通するだけでなく、楽譜や歌詞が記録されて、出版されたり、別の人によって演じられる(カラオケとか、カバーとか)こともありますよね。演劇の脚本も売られているし、それが時代を越えて再演されたりもしますよね。

    お笑いのネタをそのままカバーというのは、ないですね。一度、お笑い芸人が、他のお笑い芸人のネタをそのまま演じる(パロディとかではなく忠実に再現する)というのを見たことがあります。ある意味かなり面白かったのですが、それはありえない状況が生み出す面白さであって、いかにお笑いネタが他者によって再演されにくいものであるかの証明にもなるような気がします。例外は落語でしょうか。

    この本にネタが登場する(書き起こされている)芸人さんを、目次から列挙します。

    ダンディ坂野、いとうあさこ、末高斗夢、爆笑問題、今いくよ・くるよ、酒井くにおとおる、オジンオズボーン、号泣、ザ・プラン9、アンジャッシュ、ルート33、ハリガネロック、タイムマシーン3号、ラーメンズ、オリエンタルラジオ、パッション屋良、瞬間メタル、クールポコ、ヒロシ、デッカチャン、小梅太夫、出雲阿国、アクセルホッパー、ですよ、つぶやきシロー、だいたひかる、摩邪、井上マー、テツandトモ、いつもここから、レギュラー、インパルス、フットボールアワー、ライセンス、チュートリアル、ムーディ勝山、バカリズム、笑い飯、ますだおかだ、POISON GIRL BAND、タカアンドトシ、ホーム・チーム、アンタッチャブル、キングオブコメディ、THE GEESE、おぎやはぎ、青木さやか、スピードワゴン

    なんか、書き写しながら、フジテレビの27時間テレビの最後のスポンサー紹介を思い出しました。

    いやー、それにしてもパッション屋良のネタを再び味わうことになるとは思いませんでした。たしか、活動の場を地元の沖縄に移されたというのをテレビで見ました。沖縄といえば? ・・・ そうだね、プロテインだね。

    井上マーの尾崎豊ネタもよかったです。ほつれたデニムの衣装が思い浮かびます。あとバカリズムは解散前のグループの時のネタだったりします。なんか歴史的価値が漂い始めています。

    そしてこの本の特徴の一つとして、章末に練習問題があります。さすが、大学の先生です。主にネタの穴埋めなのですが、ダンディさんのダジャレネタの答えがなかなか思いつかずに、若干イライラしながら、考え込んでしまいます。ふと、「私は今、何をやらされているのだろうか?」と我に返ります。お笑いネタみたいなものに対して真面目な顔をして理屈をこねる、この本自体が壮大なボケなのかもしれません。

  • 自転車、下北沢、猫町の詩人

    詩はどうも苦手で、ちゃんと読んだことがありません。「詩を読まざる者、おお、なんと悲しい男!」みたいなノリが、ちょっと受け付けなくて・・・。なので、萩原朔太郎のことも、『コージ苑』(相原コージ著)に出てくる変な詩人、自転車が大好きな人(『自転車日記』という作品を残している。参考:萩原朔太郎の自転車日記 – Critical Cycling)というイメージしかありませんでした。

    でも、『やりすぎ都市伝説 2026春 2時間半SP』(2026年3月22日放送)で、萩原朔太郎の『猫町』(青空文庫へのリンク)という作品が取り上げられていて、ちょっと興味が沸いたのでの、書庫から引っ張り出して(=自治体の図書館で借りて)きました。

    ちなみに、番組での取り上げ方については、以下に内容がまとめられています。TVerへの誘導が目的のページなんでしょうか。けっこう詳しいです。詳しすぎて、番組を見なくてもよくなってしまうのでは、とちょっと心配です。

    「下北沢タイムスリップ事件」続報!パラレルワールドに迷い込んだ可能性も!?:やりすぎ都市伝説 | テレ東・BSテレ東の読んで見て感じるメディア テレ東プラス

    簡単に言うと、「ふだんの散歩区域を歩いてい」て(下北沢あたりらしい)、「ふと知らない横丁を通り抜けた」ら、「道に迷って」しまって、「樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで、ふと賑やかな往来へ出」ます。その町がきれいなのに感動して、

    かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことがなかった。一体こんな町が、東京の何所どこにあったのだろう。

    みたいに思います。でも、その後、

    気が付いて見れば、それは私のよく知ってる、近所のつまらない、ありふれた郊外の町なのである。

    番組では、このあたりを引用して、朔太郎がパラレルワールドに迷い込んだのかも、みたいな話をしていました。

    ただ、借りた文庫本で読んでみると、種明かしがありました。

    そしてこの魔法のような不思議の変化は、単に私が道に迷って、方位を錯覚したことにだけ原因している。いつもは町の南はずれにあるポストが、反対の入り口である北に見えた。いつもは左側にある街路の町家が、逆に右側の方へ移ってしまった。そしてただこの変化が、すべての町を珍しく新しい物に見せたのだった。

    あれ? 今こっちの方角向いていたんだ、みたいな状態のときに、いつもは見ない方向から、知っている場所を見ると、あれ初めて来たところかな? みたいなことありますよね。あー、この道、ここに出るんだー、とか。

    私は駅前にコンビニが2軒あると長い間思い込んでいたら、実は入り口が2つある、1軒のコンビニだったということがあります。おっと、それは違う話でした。

    話を戻します。なのでこの時点では、何かすごい不思議なことが起きたみたいな大袈裟な話というよりは、散歩あるあるみたいな感じです。ただ、このあと「北越地方のKという温泉に滞留していた」ときに、もっとすごい展開になるんですけどね。

    ヒントは「ある動物が出てきます」。きゃー、言っちゃった。

    っていうか、皆さん忘れちゃダメですよ、これ小説ですから。朔太郎が体験した話というわけではないですからね。明治・大正あたりの一人称小説って、著者が普通に作家として登場したり、実際に作家本人に起きたイベントをネタにしていたり、知人の作家が出てきたりして、フィクションなんだか、ノンフィクションなんだか分からないことありますが、『猫町』は朔太郎が書いた数少ない「小説」とされています。

    ネタバレですが、このあと北越地方のKでは、ある動物の「大集団がうようよと歩いているのだ」的なシーンが出てきます。きっと、幻想的あるいは怪奇的な感じを演出していると思うのですが、私の脳内では『ねこねこ日本史』とか『にゃんこ大戦争』が浮かび上がってきて、文学を鑑賞する邪魔をします。

    えーと、何の話でしたっけ。あ、そうだ、これ言っとかなきゃ。

    信じるか信じないかはあなた次第です(ビシッ)

  • テレビ番組は面白くない人たちが作っている

    『漫才過剰考察』(髙比良くるま著)は、予約がたくさん入ってて借りるのに半年くらいかかったので、記事を1つだけ(『漫才過剰考察』に『ザ・カセットテープ・ミュージック』を見る)では、なんだかもったいないので、再びだらだらと・・・

    本の後半に掲載されていた粗品さんとの対談のところ。霜降り明星がM-1で優勝して、テレビのレギュラーが増えた時期の話。テレビ番組の作り手に対して、粗品さんがとっていた態度についてのなかなか尖ったエピソード

    粗品 (略)おもんないと思ったら「おもんない」って言いまくってた。「こういう企画やろうと思ってるんです」って持ってこられるものに対して「なんやねん、これ」「キモいねん」って。日テレの番組で錦鯉さんが老人ホームに行ってネタするVTRがあって、でも老人たちがウケてないねん。そのウケてない様子をバーンとカット割ってテロップで「・・・」チーン、みたいなVで。

    くるま 日テレだなぁ(笑)。

    既視感・・・。すべっている場面や失敗している場面を切り取って、「チ~ン」みたいな鐘の効果音。いかにもな、ベタな編集。笑いで勝負している芸人がすべっている場面を強調するという失礼さ。そうやって犠牲を払ってまで作ったVTRの仕上がりが大して面白いものでもなかったとしたら・・・、ねえ?

    ちょっと言い過ぎとも思える粗品さんの発言も、芸人たちからしたら、「よくぞ、言ってくれた」なのかも。

    くるま それでいうと、僕、フジテレビで6年バイトしてて、粗品さんがテレビに出始めて感じた面白くなさにそこで気づいちゃったんだと思います。その時期にテレビの仕組み的なものを学んで「これは出てる人だけが面白いんだ」って理解しました。だからはっきり言って、つくってる人が面白くないというのは僕も思ってますよ。

    芸人二人でボロクソに言っています。でも、この発言を読んで、あらためてテレビを見ていると、確かにねー、という感じもします。これって表には出にくいんですよね。だって、つまらない台本を書いても、(お二人の話が正しいなら)演者が面白くしてしまうんですから。なので、面白い番組があったとして、構成作家の手柄なのか、演者の手柄なのかは分かりにくい。そして、つまらない番組があったら、それは誰のせいなのか?

    でも、これが分かりやすいケースもあります。めざましテレビを見ておりました。タレントがレポートしていることもありますが、局アナがレポートすることもありますよね。普通にやればいいのですが、やっぱり笑いの要素を入れたいのでしょうか、VTRの冒頭で、叫ばされたり、歌わされたり、変なことをさせられているのをよく見かけます。アナウンサーはたぶん、たぶんですが、台本の通りにやるんですよね、たぶんね。なので、台本通りがどんなものであるかが、ここで分かると。で、見ている方が恥ずかしくなるようなのが多い。やっている方も恥ずかしいかもしれません。でも、見ている方もなかなかですよ。これ朝の番組で、朝食食べたり、出かける準備とかしながら、てきとうに見ているから耐えられますが、じーっと見てたら、けっこう厳しいですよ。

    こういう台本を渡されて、そのままじゃ、すべるのが目に見えているから、芸人はうまく、面白くアレンジしてやっているんですかね。

    「チコちゃん」なんかも、大学の先生とかに変なことやらせて、ウケればいいですけど、しょせん素人ですから、変な空気になったりする。でも、大丈夫。スタジオの岡村さんがコメントとかで、さっと笑いに変えてくれるから。

    「ケンミンSHOW」なんかも、出たがりの素人を使って番組を成立させようとしてますが、演出のパターンもベタだし、前述の「チ~ン」的なものが盛りだくさんですね。真面目に見ちゃダメなんですよ。片手間に見てちょうどいいくらいで、真剣にみると疲れちゃいます。

    でも、それでいいんじゃないかと思います。というか、そういうバラエティ番組を見ている層のほとんどって、そんなに鋭い笑いなんか求めてなくて、どこかで見たような予定調和の笑いで十分で、なんだか楽しくワイワイやっていますよ感が出てれば満足なんですよね。

    つまり、地上波のゴールデンの番組に粗品は不要です!(私は今、粗品さんを絶賛しているということが、賢明な読者には伝わっていると思います)

    なんかの小説で、登場人物が構成作家で、会話している相手に「業界の人ですか、すごいですねー」みたいなこと言われるんだけど、「台本書いたところで、そんなの誰も見やしない」と、構成作家の悲哀みたいなものを語っていました。まあ、フィクションですけど。

    ところで、M-1グランプリの笑神籤えみくじって必要ですか? 直前に順番が決まる仕組みがほしいとしても、アスリートをゲストに呼んで、時間取って、引かせるのはいらないと思いますけどね。ああいうのは誰が決めているんでしょうか、プロデューサーでしょうか、ディレクターでしょうか、構成作家なんでしょうか。

  • 『漫才過剰考察』に『ザ・カセットテープ・ミュージック』を見る

    令和ロマンの髙比良くるまさんが書いた『漫才過剰考察』を読みました。読む人を選びそうな本です。まず、M-1グランプリを見たことがない、これからも見るつもりがない、という人は読まないほうがいいでしょう。

    令和ロマンが1回目に優勝した2023年のM-1見ましたか? 2023年の優勝の経緯について語られていた箇所からの引用です。

    令和ロマンからシシガシラさや香カベポスターまでなんとしゃべくり漫才4連発。

    そしてマユリカヤーレンズ真空ジェシカと漫才コントが3連発。

    最後にダンビラムーチョくらげモグライダーのシステム系漫才3連発。

    ここに出てきた10組のコンビ名、すべて知っていて、顔が思い浮かぶという方: 合格です。読んでよし。

    この年のM-1の放送を見たけど、2、3組だけ顔と名前が一致しないぞという方: 私と一緒です。読んで勉強してください。

    この年のM-1の放送を見たけど、1組も覚えていないぞという方: たぶん見てません、、、、、。もしくは、物忘れ外来へ。(こんなこと書くと最近は怒られるのでしょうか)

    ちなみに引用した箇所は、同系統の漫才が続いてしまい、いかに笑神籤えみくじの順番が失敗の年だったか、ということへの言及でした。

    M-1に限らず、芸人の名前、ネタの内容、どのような意味があり、どう影響を与えたか、みたいな話が結構出てきます。この時に、芸人の名前も代表的なネタも全く思い浮かばないという状況だと、さすがに読んでて面白くないと思います。

    私の場合、割合で言うと、芸人さんもネタもピンとくる50%、おぼろげに分かる40%、ちょっと何言ってるか分からない10%、中道改革連合を支持する0%という感じでした。

    理想的には、よく知らない芸人さんやネタが出てきたときに動画で確認しながら読めると、定年後のよい暇つぶしになると思いました。まだ定年してないですけど。

    髙比良くるま氏はかなりの「分析おたく」だと感じました。芸人さんだったら、笑いの流れとかセオリーとか型を意識しているの当然だとは思うのですが、彼の場合もっとメタな時代の流れ、会場や客層の与える影響などを考察して、それに対策を立ててM-1に臨み、そして実績をあげてきたというすごみがあります。

    彼の文章には仮説がたくさん散りばめられています。これが原因でこういう結果になったのではないかとか、こうすればこうなるはずだ、のような。人間(芸人も客も)がやることですから、そんなに単純にはいかないでしょうし、すべてが正しいかもわかりませんが、だとしても仮説を立てないことには、議論も深まらないし、対策も立てられないので、これは非常に大切なことだと思います。

    演者だけでなく、見る側も対策を立てるべきです。なぜ笑えなかったのか、なぜすべらせてしまったのか、これをよく考えてM-1視聴に臨まなくてはいけません。予選や過去ネタで勉強するのも一つですが、知っていればいいというものでもありません。ネタバレが大爆笑の邪魔をしているかもしれないなら、予選は一切見ないなどの対策の可能性もあります。余計なノイズに邪魔されたくないなら、録画して、CMもスキップ、審査もスキップして見ると集中できます。ただ主催者には嫌がられそうです。観客側の対策は、より高難度なのかもしれません。

    さて、この「ものごとを過剰に考察する」感覚、なんだか既視感と思ったら、「ザ・カセットテープ・ミュージック」(BS12の伝説の番組。「伝説」は私認定)でした。音楽とお笑いとジャンルは違えど、マキタスポーツ氏、スージー鈴木氏と共通するにおいを感じました。加齢臭です。ちがいます。考察に対する情熱です。

    昔の曲を振り返ったりする番組が好きでよく見るんですが、地上波でやっているやつって、司会やゲストが「この曲が好き」だの「歌詞が魅力的」だのと賑やかにやっているんですが、考察はしていないんですよね。

    ザ・カセットテープ・ミュージックでは、なぜ売れたのか、なぜこのメロディーに惹かれるのか、なぜこの時代にこのジャンルがヒットしたのかなどを、コード進行、洋楽や他ジャンルからの影響、歌い手だけでなく、作曲・作詞家、ときには編曲家での切り口など、いろんな角度で仮説を立て、考察するんです。だから面白い。

    お笑いも分析的な視点で見ると、また違った楽しみ方ができるのではないかと思います。「面白かった」とか、「いまいちウケてなかった」とか、そんな結果だけじゃなくて、なぜ面白かったのか、なぜすべったのか、どうすればより爆笑を引き出せたのか、そういう部分に注目することで、新たな魅力が出てきます。

    どこかのテレビ局でやってくれないでしょうか。何組かのネタを紹介して、VTRを見たあとに、それを解説する。時代背景や客層の変化、上沼恵美子(注:淡路島の所有者)の表情などにも触れながら、大切なポイントはリプレイで振り返り、笑いの構造と原理を理解する。お笑い好きも、かけ出しお笑い芸人も、お笑いを目指している学生も見るんじゃないかと思います。放送大学あたりやれないでしょうか。担当講師はもちろん髙比良くるま先生で。


    2026年3月29日 追記
    もう一つ書きました。
    テレビ番組は面白くない人たちが作っている


  • 映画『初恋のきた道』とマドロスえいじの「マニアックものまね」

    今回見た映画は、『初恋のきた道』(チャン・イーモウ監督)です。BSトゥエルビでやってました。タイトルは知っているけど見たことない映画の一つでした。こういう渋い映画のチョイス好きです。

    そして、『初恋のきた道』といえば、発音するときにちょっと緊張してしまう女優ナンバーワン(私調べ)のチャン・ツィイーです。「ツィイー」と口にするたびに、自分の発音は合っているのだろうかと心配になります。だいたい、ちっちゃい母音のあとに大きい母音なんて発音は、「ぁあああ、なんてことを!」みたいなときにしか出てきません。(私調べ)

    チャン・ツィイーさん本人が「みなさんこんばんは、チャン・ツィイーです」とあいさつしている動画があったので、これを見て、練習して、コンプレックスを克服していただければと思います。すっかり大人になっていてびっくりしました。

    この映画を見たいと思っていた理由の1つとして、ウクレレえいじさんの「マニアックものまね」があります。皆さんもちろんご存じだと思います。万が一知らない人のために、どんなものかお見せしたいところなのですが、なかなかいい素材が見つかりません。

    YouTubeで見つけました。なんと音声だけです。そして、このものまねには台詞がありません。

    ♪マニアックでごめんね、微妙でごめんね♪
    映画『初恋のきた道より』チャン・ツィイー。

    (無音)

    (お客さんの笑い声)

    という、一瞬ネットの接続が切れたのか?と思ってしまうようなコンテンツとなっております。アップした人は不安にならなかったのでしょうか。Spotifyにも同様のコンテンツが登録されています。アップした人は・・・(同上)

    ・・・と思っていましたところ、わたくしの録画ライブラリーの中に、ウクレレえいじ 改め マドロスえいじが、このものまねを披露しているものがありました。誰もが知っている大人気番組「みうらじゅんのザ・チープ」です。万が一知らない人は、こちらのサイトを見てみてください。

    「みうらじゅんのザ・チープ」特設サイト | 衛星劇場

    万人をターゲットにしたがゆえに、エッジがなまくらになった地上波の番組に飽きた人におすすめです。「みうらじゅんのザ・チープ」は、「作る側も見る側も老人の番組」である「老老番組」と銘打たれています。あなたにぴったりです。

    この番組で、なぜ「マドロスえいじ」を名乗っているかについては、みうらじゅん氏の自身のマイブーム(©みうらじゅん)が「マドロス」に向いたときに、「ウクレレえいじ氏が1年間マドロスえいじとして活動する」という旨の契約をかわしたという話をどこかで聞いたような記憶があるのですが、わたくしも老いるショック(©みうらじゅん)の年頃なので、定かではありません。うそだったらごめんなさい。

    どんなものまねなのか、どうしても伝えたいので、キャプチャ画像を貼らせていただきます。十分に宣伝しましたので、フェアユースということでご容赦を。法廷でお会いしたくはありません。

    ちょっと、はにかんだような仕草を見せます
    くるっと回ります
    笑顔でしめます

    そろそろウクレレえいじ氏に興味がが湧いてきたことと思います。そんな方は以下のサイトをチェックしてみてください。

    ウクレレえいじ | 芸人紹介 | 一般社団法人落語協会

    輝かしい受賞歴です。

    2008(平成20)年
    『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 第13回大会』 優勝

    2015(平成27)年
    『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 第21回大会』 準優勝

    2024(令和6)年
    『第27回みうらじゅん賞』 受賞

    そして、なんと2006年にはみうらじゅん氏により「人間僕宝」に認定されています。映画『国宝』公開の19年前に、すでに「僕宝」となっていたのです。

    そんなウクレレえいじ氏を生で見たい方は、以下をチェックしてみてください。

    「居島一平の 別冊お笑いウイークエンダー」vol.6

    高円寺で電撃復活したライブ
     今回テーマは「あの芸人、実はこんな本を読んでいた」
    各人それぞれ偏愛する著者、ジャンルにまつわるエピソード、
    胸熱で語り倒します。

     於・本の長屋 本店・本屋の実験室(コクテイル書房左隣)

    出演者 居島一平 / しゃばぞう / 倉富益二郎 / ウクレレえいじ
    開催日 2026年04月17日(金)
    会場  本店・本屋の実験室(東京都)

    えーと、何の話でしたっけ? そうだ『初恋のきた道』でした。

    チャン・ツィイーがくるっと回るような、ウクレレえいじ氏のものまねのシーンを見つけることはできませんでした。満員電車の中で見ていたので見逃してしまった可能性もあります。もしかしたら、テレビ放送版でカットされていたのかもしれません。

    「みうらじゅんのザ・チープ」第1回の「マドロスえいじの一発芸口座」で、志村喬(映画『七人の侍』の侍のリーダー役)のものまねを披露したマドロスえいじ 助教授(番組での設定)は、

    本当はあんなに大袈裟にやっていないんです

    と、「マニアックものまね」の基本は「作品イメージに合わせデフォルメする」ことだと語っておられました。

    稲城市立図書館にはDVDが所蔵されていたので、問題のシーンの元ネタはどこなのか、再度ノーカット版で確認したいと思います。『初恋のきた道』を見倒したという方で、心当たりがある場合はご一報を。

  • 『物語の技法』より「信用できない語り手」について

    『私労働小説』を読んだ数日後、「文体のどういう部分が小説っぽさやエッセイっぽさを醸し出すんだろう?」なんて考えてたときに、たまたまついていたテレビで『相棒』をやっていて、こんな本が出てきました。

    書籍『物語の技法』の表紙(相棒 season24 第13話「信用できない語り手」より)
    書籍『物語の技法』の「信用できない語り手」の章(相棒 season24 第13話「信用できない語り手」より)

    浦神鹿(毎熊克哉)「たった今、『信用できない語り手』いう技法を読んでいたところです」

    右京(水谷豊)「『信用できない語り手』ですか」

    浦「知ってます?」

    右京「一応は。自分自身も登場人物の一人である語り手。本来は読者にとって真実をかたるはずの存在が、信用できないという論理的矛盾。きわめて実験的な手法とされています」

    どういうストーリーにするかではなく、語り方にフォーカスして、その技法について書かれた本『物語の技法』。これは面白そうだ、読んでみようと思い、自治体の図書館のサイトで検索するもヒットせず。所蔵していないのかな。

    アマゾンで探してみてもヒットせず。もしかして、架空の本??? 凝ったことするなあ、ボルヘスみたい

    ちなみに画像は、TVerからキャプチャさせていただきました。(この「させていただく」は正しい使い方、のはず)

    TVer 好きです。TVerがあるから、録画忘れがあるんじゃないかと不安で眠れない日々から解放され、平穏な生活が送れます。水谷さん 好きです。暇があれば『カリフォルニア・コネクション』を口ずさんでいます。

    で、話を戻して、この『物語の技法』、すっかり架空の書籍だと思い込んでいたのですが、先日、日本一大きいという前橋のBOOK OFFで見つけたんです。海外文学のコーナーの近くに置かれていたんですが、値札が付いていません。店員さんに聞いて店内システムで調べてもらいました。でも、この本は取り扱っていないとのこと。誰かが持ち込んで、勝手に置いていったのでしょうか。私は手掛かりをつかむために、千代田区にある国立国会図書館に向かいました。そして・・・

    以上、信用できない語り手、でした。