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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

タグ: 直木賞

  • 『青天』に春日は登場しません

    アメリカンフットボールに関して私が知っていることといえば、『10ヤードファイト』(1983年 のアイレムのアーケードゲーム、1985年にファミコンにも移植)というゲームを遊んだときに、おぼろげに知ったルールくらいです。

    ルールといっても、攻撃と防御のターン交代がある、攻撃はなるだけ前進する、防御はそれを防ぐという陣取り、攻撃のときに条件(前進する距離)を満たせば攻撃ターンが継続するがそれを満たせないと攻守交替、くらいという非常に漠然としたもの。

    あと、ファミコンのカセットについていたLEDランプは、「一見、おっ!と思うが、よく考えると何の役にも立たないもの」の代名詞として、しばらく小学生のネタにされた、くらいでしょうか。これはアメフトに関する知識ではないですが。

    若林さんが書いた『青天あおてん』にはアメフト用語や略語がバンバン出てきます。アメフトのルールを知らない人にとっては何が何やら分からないはずです。開始3ページ目に「RBランニングバック」という言葉が出てきます。文脈からポジションなのだろうということはわかります。このあとは、「RB」とルビなしで出てくるため、ここで覚えておかないと、頭の中で正しく発音できなくなります。QBがクォーターバックであることは知っていたので、「ほにゃららバック」もしくは「アールビー」と頭の中で発音してました。読めない字があると気になって夜も眠れないという人は、略語が出てくるたびにメモっておいたほうがいいかもしれません。そんなの面倒くさいよー、という人は、こちらのnoteの記事の「アメフト用語解説」の項が便利です。

    『青天(アオテン)』アメフト用語解説 オードリー若林正恭 著

    あ、でも、アメフト用語やらルールやらがわからなくても、『青天』は楽しめます。おそらくほとんどの読者には分からないであろうアメフト用語を、当然のように使っているところが、むしろ『青天』のよさかもしれません。変に説明するとテンポも悪くなりますしね。ちなみに、私は最後まで「アールビー」と呼んでましたし、読んでる途中には検索(またはAIへ聞くこと)もしなかったので、ランニングバックがどんなポジションかもわかりませんでした。でも、『青天』は面白かったです。さすが三十五賞の候補作です。(そう略す?)

    読み進めますと、気になる場面があります。決して、ピンクのあいつを探していたわけではなかったのですが・・・

    狭山が振り返り、サイドラインで待機する
    選手たちに走りながら「レシーブ‼」と叫んで
    指を立てる。
    「トゥーーーーーー‼」

    春日?

    どうやら「トゥー」「トゥース」は選手を集めるときの掛け声らしいです。「To the huddle!」の略だと書いているポストもありました。そういえば「ハドル」も『青天』の頻出用語です。読んでいればだいたい想像がつきますが。

    小説に出てくる高校はよく荒れています。自分が通っていた高校は上品だったのでイメージがわかないのですが、私が通った高校がたまたま平和だっただけで、世の中の多くの高校では床に血だまりができたりしているのでしょうか。ぜひとも全国アンケートを取って確認したいところです。

    つまりスラムダンクの三井的な流れもあります。若者のありあまるエネルギーは、グレるとか、スポーツとか、どこかにぶつけるしかないのでしょうか。勉強にぶつけるとドラゴン桜になるのでしょうか。

    人が何かを決心しスイッチが入ったときに、髪を短くするというのは、やはり必須の通過儀礼なのでしょうか。映画『タクシードライバー』を彷彿とさせます。

    若林は五厘でしたが、デ・ニーロはモヒカンでした。若林が「殺す」と言いながら相手にぶつかって行ったのはアメフトの試合なので合法でしたが、デ・ニーロは本当に殺していたので違法でした。

    今回もなんだか伝わっていないだろうなと思いつつ、断髪はせずに断筆します。いや、断筆はしません。筆をおくだけでした。日本語は難しいです。とにかく読めば、話題づくりのためにノミネートされたんじゃないってことはわかります。

  • 直木賞は無理だが、芥川賞はなんとかなる

    「とれる」とか「とれない」とか、そんな話ではなく、「ノミネート作品が発表された直後に図書館で予約すれば、すぐに借りられるか」という話です。

    今日(2026年6月11日)の午前5時頃、日本文学振興会が芥川賞と直木賞のノミネート作品を発表するポストを投稿してました。

    第175回芥川龍之介賞の候補作は、以下の5作品です。
    小砂川 チト「ゾンビ回収婦」(群像5月号)
    鈴木涼美「悪い血」(文學界6月号)
    仁科斂「丹心」(新潮4月号)
    村司侑 「ソリティアおじさんがいた頃」(文學界5月号)
    八木詠美「アンチ・グッドモーニング」(文藝春季号)

    これは読まねばと思い、でも、もう予約が殺到しているかも、とも思いつつ、自治体の図書館サイトで検索したところ、3誌については他の人の予約はない状態ですぐに借りられ、2誌については貸出中だったものの順番が1位なので2週間以内には借りられる、という状況でした。

    朝5時頃にポストされ、6時過ぎには予約したのが良かったのでしょう。年寄りは有利です。

    「じゃあ、直木賞もいけるか?」と思い検索しましたが、こちらはすでに何十件も予約が入っている状態でした。直木賞はすでに単行本になっているものが対象だから(例外もあるみたいですが。過去記事:向田邦子『思い出トランプ』のイヤ~な気持ちになるところを考察する)、もうすでにそこそこ話題になっちゃってますもんね。

    一方、芥川賞のほうは文芸雑誌には掲載されているが、単行本にはなる前の状態なので、まだ世の中の大多数の人は知らないというものが多いでしょう。だって、文芸誌ってちょっとハードルが高いですよね。小さい字でこれでもかというくらい作品が詰め込まれているし(=コスパはかなり高い)。分厚いから持ち歩いたり、電車で読んだりするのも厳しいし。

    ということで、いち早く芥川賞ノミネート作品を読む方法は、
     ① Xで日本文学振興会のアカウントをフォローする
     ② ポストされたらすぐに図書館サイトで予約する
    でした。しかし、これを実行するためには、
     ⓪ 毎日早起きする、というのが必要です。

    「無ぅ~理ぃ~」というあなたは、単行本が出たら買ってください。

    今ちょっとアマゾンで検索してみたのですが、文芸誌のバックナンバーって在庫がなくなってしまうのか「この本は現在お取り扱いできません。」になっていますね。『文學界』と『文藝』については電子書籍版があるみたいです。

    「電子書籍はいやだ、紙がいい」というあなたは、やっぱり、単行本が出たら買ってください。

    鈴木涼美「悪い血」が掲載されている「文學界」6月号

    村司侑 「ソリティアおじさんがいた頃」が掲載されている「文學界」5月号
    八木詠美「アンチ・グッドモーニング」が掲載されている「文藝」春季号

  • 向田邦子『思い出トランプ』のイヤ~な気持ちになるところを考察する

    BSよしもと の「第一芸人文芸部 俺の推し本。」という番組(2026年5月8日放送)で、エレガント人生の山井さんが、向田邦子の『思い出トランプ』という本を紹介されてました。(Xのポストへのリンク)

    この本って、けっこう昔に出版されてて、私が小学校の低学年くらい時に出たものなんですよね。おまえの歳なんか知らん、という声が聞こえてきそうですが、1980年とかです。なので、40年以上前の本ですね。

    『思い出トランプ』が紹介されていた回の「俺の推し本」の録画を、放送日の翌日に見ました。10年以上前にこの本についてのブログ記事(向田邦子「かわうそ」に出てくる絵画「獺祭図」を求めて)を書いたんですが、まさに同じ日にコメントをもらったたりしたので、何か運命的なものを感じて、図書館で借りて再読してみることにしました。

    いろいろ分かったことがありました。一つは、読んでいなかったということです。どういうことかというと、読んだのではなく、朗読を聞いたのでした。まだAudibleなどは存在しない頃で、朗読が録音されたCDを図書館から借りて聴いたのでした。『かわうそ』『だらだら坂』『大根の月』『花の名前』を聴きました。なので、初めて読む作品も、他にたくさん入っていたんですね。

    あと、直木賞を獲っていたことも知りませんでした。ウィキペディアによると、

    1980年短編連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』(後に作品集『思い出トランプ』に収録)で直木賞を受賞した。

    直木賞は単行本に対して与えられるものだと思ってましたが、こういうパターンもあるんですね。文芸誌に載った複数の作品に対して授賞した、その後、単行本になった、ということですよね。違う場合は『ダウト』!と言ってください。

    番組中で山井さんは、「イヤ~な気持ちになる短編がすごく多くて」と表現されてました。そのように意識はしてなかったのですが、たしかに微妙にイヤ~になのが多い気がします。

    すごい悪人が出てくるとか、殺されるとか、そんな大げさではない、イヤ~な人、イヤ~な状況、イヤ~な出来事、イヤ~な結末。

    以降、ネタバレ含みます。読んだ人と、イヤ~な気持ちを共有したい。

    『かわうそ』に出てくる妻 厚子は、てきとうなウソを言って、セールスを追い払ったりします。

    歌うような口振りで追い払い、奥にいた宅次を振り返って、目だけで笑ってみせた。面白い女と一緒になった、一生退屈しないだろうと宅次は思ったが、その通りだった。

    と、夫に言わしめるような、ある意味 魅力的な奥さんです。 夫に恨みがあるわけでもないし、出し抜いてやろうと思っているふしもなさげです。でも、ナチュラルに嘘をつき、そこは嘘ついちゃダメでしょって場面でも嘘をつき、夫を苦しめていくんですよね。

    最後は体が丈夫な方が勝ちます。健康は大事だということを思いしらされます。宅次は「一生退屈」することはありませんでした。退屈する前に、「写真機のシャッターがおりるように、庭が急に闇になった。」

    『大根の月』は、妻 英子が事故で6歳の息子の指を包丁で切ってしまう話。この状況が嫌なのはしょうがないとしても、その後の、夫や同居している姑の言動がさらにイヤ~な感じを演出します。

    姑の台詞、

    「子供がはしゃいでいるときや愚図っているときは、あたしは絶対に包丁使ったり天ぷら揚げたりはしなかったわね。だから見てごらんなさいよ。出来合いのおかずばっかりだとか、すぐ店屋もの取るとか悪口いわれたって、こうやって、三十いくつまで傷ひとつ、火傷ひとつなく大きく出来たのよ」

    子供が怪我しなかったなんてのは結果論なのに、この事故をきっかけに鬼の首を取ったように、嫁を責めます。

    姑は働いていたこともあり、子供に手作りのものをあまり食べさせなかったというコンプレックスがひそんでいるのがやっかいです。事故の前は控えめに言っていたのが、事故が起きるや、それ見たことかとマウントを取りに来る。イヤ~。

    英子はその後、パートで働き始めて、歓迎会 兼 忘年会で遅く帰って来る日があります。姑は家の鍵を閉め、ベルを押しても呼んでも出てこずに、英子を締め出します。追い出すのではなく、気づかないふりして、締め出します。あら、気づかなったのよ、なんて言いそうです。イヤ~。

    地味にイヤなのが夫の秀一で、姑に英子が責められていてもフォローもしません。締め出し事件のあと、英子は離婚を前提に別居を始めます。数か月後に秀一と会うことになったときに、「戻ってくれ。たのむ」と言われ、迷います。秀一は謝ってもいないし、反省しているような感じでもありません。そもそも、自分にどんな悪い点があったか気づいてもいないかもしれません。家に帰れば、姑がいます。何も問題は解決していないのに、息子と暮らしたいがために家に帰ることになるのでしょうか。決めかねたまま、物語は終わります。イヤ~。

    次は、『花の名前』。結婚前は、「(花の名前などを)ぼくに教えてください」と、かわいげがある夫だったのが、25年も経つと、関係のあった女の名前を妻に言われても、「それがどうした」という感じでふてぶてしく振る舞う。みたいなのが大きな流れなのですが、私としては、口喧嘩で負けそうになったり、何かを教えてもらったりなど、妻に借りがある状態に耐えられないのか、必ずその夜に布団の中で返そうとしてくる夫。しかも、それを手帖てちょうに符牒ふちょうで付けている、というあたりがじわりときます。これはちょっと地味なので、ややイヤ~、ということで。

    『だらだら坂』については、以前読んだとき(いや聴いたとき)とちょっと違う印象を持ちました。中小企業の社長の庄治には、大柄で太めの若い愛人 トミ子がいます。いかにも田舎から出てきたという感じの素朴で控えめなところが気に入っていました。ですが、だんだんと、プチ整形をしたり、化粧をするようになったり、手首が細くなったり、自信がついてきて口数が多くなったり。庄治が魅力だと考えていた部分がどんどんなくなって、離れていくような寂しさ、みたいな印象でした。

    ただ、読み直してみると、前半部がかなり不適切でした。トミ子と知り合ったきっかけは、庄司の会社の事務員の面接を受けに来た、というものでした。トミ子が面接の部屋を出ていくと、面接官たちは、「でか過ぎるよ」、「ありゃ鈍いな。足首見りゃ判るよ」など見た目に関する評価を加えたあと、受け答えも鈍重、学校の成績も良くないし、コネもない、ということであっさり落とします。

    なのに、庄治は名前と連絡先をそっとメモします。細かい経緯は省かれていますが、その後、マンションで囲う愛人という関係になっています。就職できずに困っている娘を、弱みにつけこんで愛人にしたとしか思えません。だいたい、就職面接で得た個人情報を利用しているあたり、完全にアウトです。

    と考えると、この『だらだら坂』に関しては、トミ子が成長して、庄治が作った鳥籠から逃げていく、時代錯誤の社長のおっさんの思惑通りにいかないぞという、むしろイヤ~ではない話なのかもしれません。

  • 『藍を継ぐ海』と『オール讀物』

    芥川賞受賞作を片っ端から読んでみよう企画(『デートピア』と『#拡散希望』)と並行して、直木賞受賞作も1つずつ読んでいこうという企画を、こっそり始めました。

    現時点で一番新しい受賞作品は、第172回(2024年下半期)の『藍を継ぐ海』伊与原新 著です。

    図書館で予約状況を見てみると、数十件の待ち件数。まあ、そうだろうなと思いつつ、これじゃ、次の次の直木賞が発表される時期になっちゃうよと。ふと、図書館システムの検索結果の書籍の内容を見てみると、

    オール読物 2025年3・4月号(直木賞受賞作『藍を継ぐ海』より「藍を継ぐ海」全文掲載)

    というのが並んでいて、予約件数はゼロ。これなら、すぐに借りられます。

    文芸誌か、分厚くてちょっと読みづらいかもしれないけど、読めりゃいいかということで、借りてみました。

    「全文掲載」というフレーズで勘違いしていましたが、短編集の中の1つの短編が「全文掲載」されているだけでした。そりゃそうだよな、単行本まるまる一冊を雑誌に載せるわけないし。

    直木賞受賞作を読むのは初めてです。エンタメ系の作品に与えられる賞だと聞いていたので、爆発したり、毒が盛られたり、すごい悪役か、見たことないようなデキる人が出てくる派手な話を期待していましたが、非常に静かな文学でした。

    芥川賞は純文学作品、直木賞は娯楽作品、というのは、もう当てはまらないのでしょうね。芥川賞は短編か中編の1つの作品が対象、直木賞は長編か短編集などの1冊の書籍が対象、というのは分かりやすい違いですが。

    主な登場人物は、田舎の港町(港もさびれているが)の少女と、元教師のおばあさんと、ウミガメ。ウミガメの生態がさりげなくストーリーに関係したりして、興味がわきます。著者の伊与原さんは研究者出身で、科学的事実を散りばめ方が巧みです。

    もちろん、ちょっとした事件やミステリも含まれてます。なんで、そんなことが? あー、そういうことか、みたいな。短編だし、引っ張りすぎないのがいいですね。

    あと、文芸誌ってものすごい字の量ですね。読み終わる前に二か月たって(次の号の発売になって)しまいそうだなーと思いました。