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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

向田邦子『思い出トランプ』のイヤ~な気持ちになるところを考察する

BSよしもと の「第一芸人文芸部 俺の推し本。」という番組(2026年5月8日放送)で、エレガント人生の山井さんが、向田邦子の『思い出トランプ』という本を紹介されてました。(Xのポストへのリンク

この本って、けっこう昔に出版されてて、私が小学校の低学年くらい時に出たものなんですよね。おまえの歳なんか知らん、という声が聞こえてきそうですが、1980年とかです。なので、40年以上前の本ですね。

『思い出トランプ』が紹介されていた回の「俺の推し本」の録画を、放送日の翌日に見ました。10年以上前にこの本についてのブログ記事(向田邦子「かわうそ」に出てくる絵画「獺祭図」を求めて)を書いたんですが、まさに同じ日にコメントをもらったたりしたので、何か運命的なものを感じて、図書館で借りて再読してみることにしました。

いろいろ分かったことがありました。一つは、読んでいなかったということです。どういうことかというと、読んだのではなく、朗読を聞いたのでした。まだAudibleなどは存在しない頃で、朗読が録音されたCDを図書館から借りて聴いたのでした。『かわうそ』『だらだら坂』『大根の月』『花の名前』を聴きました。なので、初めて読む作品も、他にたくさん入っていたんですね。

あと、直木賞を獲っていたことも知りませんでした。ウィキペディアによると、

1980年短編連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』(後に作品集『思い出トランプ』に収録)で直木賞を受賞した。

直木賞は単行本に対して与えられるものだと思ってましたが、こういうパターンもあるんですね。文芸誌に載った複数の作品に対して授賞した、その後、単行本になった、ということですよね。違う場合は『ダウト』!と言ってください。

番組中で山井さんは、「イヤ~な気持ちになる短編がすごく多くて」と表現されてました。そのように意識はしてなかったのですが、たしかに微妙にイヤ~になのが多い気がします。

すごい悪人が出てくるとか、殺されるとか、そんな大げさではない、イヤ~な人、イヤ~な状況、イヤ~な出来事、イヤ~な結末。

以降、ネタバレ含みます。読んだ人と、イヤ~な気持ちを共有したい。

『かわうそ』に出てくる妻 厚子は、てきとうなウソを言って、セールスを追い払ったりします。

歌うような口振りで追い払い、奥にいた宅次を振り返って、目だけで笑ってみせた。面白い女と一緒になった、一生退屈しないだろうと宅次は思ったが、その通りだった。

と、夫に言わしめるような、ある意味 魅力的な奥さんです。 夫に恨みがあるわけでもないし、出し抜いてやろうと思っているふしもなさげです。でも、ナチュラルに嘘をつき、そこは嘘ついちゃダメでしょって場面でも嘘をつき、夫を苦しめていくんですよね。

最後は体が丈夫な方が勝ちます。健康は大事だということを思いしらされます。宅次は「一生退屈」することはありませんでした。退屈する前に、「写真機のシャッターがおりるように、庭が急に闇になった。」

『大根の月』は、妻 英子が事故で6歳の息子の指を包丁で切ってしまう話。この状況が嫌なのはしょうがないとしても、その後の、夫や同居している姑の言動がさらにイヤ~な感じを演出します。

姑の台詞、

「子供がはしゃいでいるときや愚図っているときは、あたしは絶対に包丁使ったり天ぷら揚げたりはしなかったわね。だから見てごらんなさいよ。出来合いのおかずばっかりだとか、すぐ店屋もの取るとか悪口いわれたって、こうやって、三十いくつまで傷ひとつ、火傷ひとつなく大きく出来たのよ」

子供が怪我しなかったなんてのは結果論なのに、この事故をきっかけに鬼の首を取ったように、嫁を責めます。

姑は働いていたこともあり、子供に手作りのものをあまり食べさせなかったというコンプレックスがひそんでいるのがやっかいです。事故の前は控えめに言っていたのが、事故が起きるや、それ見たことかとマウントを取りに来る。イヤ~。

英子はその後、パートで働き始めて、歓迎会 兼 忘年会で遅く帰って来る日があります。姑は家の鍵を閉め、ベルを押しても呼んでも出てこずに、英子を締め出します。追い出すのではなく、気づかないふりして、締め出します。あら、気づかなったのよ、なんて言いそうです。イヤ~。

地味にイヤなのが夫の秀一で、姑に英子が責められていてもフォローもしません。締め出し事件のあと、英子は離婚を前提に別居を始めます。数か月後に秀一と会うことになったときに、「戻ってくれ。たのむ」と言われ、迷います。秀一は謝ってもいないし、反省しているような感じでもありません。そもそも、自分にどんな悪い点があったか気づいてもいないかもしれません。家に帰れば、姑がいます。何も問題は解決していないのに、息子と暮らしたいがために家に帰ることになるのでしょうか。決めかねたまま、物語は終わります。イヤ~。

次は、『花の名前』。結婚前は、「(花の名前などを)ぼくに教えてください」と、かわいげがある夫だったのが、25年も経つと、関係のあった女の名前を妻に言われても、「それがどうした」という感じでふてぶてしく振る舞う。みたいなのが大きな流れなのですが、私としては、口喧嘩で負けそうになったり、何かを教えてもらったりなど、妻に借りがある状態に耐えられないのか、必ずその夜に布団の中で返そうとしてくる夫。しかも、それを手帖てちょう符牒ふちょうで付けている、というあたりがじわりときます。これはちょっと地味なので、ややイヤ~、ということで。

『だらだら坂』については、以前読んだとき(いや聴いたとき)とちょっと違う印象を持ちました。中小企業の社長の庄治には、大柄で太めの若い愛人 トミ子がいます。いかにも田舎から出てきたという感じの素朴で控えめなところが気に入っていました。ですが、だんだんと、プチ整形をしたり、化粧をするようになったり、手首が細くなったり、自信がついてきて口数が多くなったり。庄治が魅力だと考えていた部分がどんどんなくなって、離れていくような寂しさ、みたいな印象でした。

ただ、読み直してみると、前半部がかなり不適切でした。トミ子と知り合ったきっかけは、庄司の会社の事務員の面接を受けに来た、というものでした。トミ子が面接の部屋を出ていくと、面接官たちは、「でか過ぎるよ」、「ありゃ鈍いな。足首見りゃ判るよ」など見た目に関する評価を加えたあと、受け答えも鈍重、学校の成績も良くないし、コネもない、ということであっさり落とします。

なのに、庄治は名前と連絡先をそっとメモします。細かい経緯は省かれていますが、その後、マンションで囲う愛人という関係になっています。就職できずに困っている娘を、弱みにつけこんで愛人にしたとしか思えません。だいたい、就職面接で得た個人情報を利用しているあたり、完全にアウトです。

と考えると、この『だらだら坂』に関しては、トミ子が成長して、庄治が作った鳥籠から逃げていく、時代錯誤の社長のおっさんの思惑通りにいかないぞという、むしろイヤ~ではない話なのかもしれません。

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