私の感想文ルール: 一つ、本と関係ないことを書いてもよい
私が小学生だった頃(40年以上前)、クラスに村田さんという女子がいて、彼女は読書感想文でよく賞をもらっていた。授業中にみんなの前で、賞を獲った感想文を読み上げたことがあったのだが、それを聞いた私は、「全然、本と関係のない話ばっかりじゃん」と思った。いや、訂正します。「全然、本と関係のなか話ばっかりばい」でした。佐賀出身なんで。
小学2年生の頃、母が新しい職場(寮母)に就くことになった。職場に先輩のおばさんがいて、50代くらいだったろうか。非常に化粧が濃く、派手な身なりをしていた。私は何かの機会、おばさんや母や他の寮母さんがいる前で、そのおばさんの年齢を聞いて、「え?! お母さんよりも若いと思ってた」と言ったのを覚えている。
母はそのとき30代だった。そのおばさんの方が若く見えるはずはない。だが、お世辞で言ったのではなく、本気でそう思っていた。「派手な格好をしている人は若い」というロジックだったのだろう。もしくは「年齢」という概念をよく理解していなかったのかもしれない。(小2で?)
とにかく、母とおばさんの映像を今 思いうかべると、どう考えても母の方が若い。そのおばさんの皺だらけの顔は今でも覚えている。母は化粧っけのないほうだった。思えば、私はその時初めて、「化粧の濃いおばさん」という存在をリアルに見て、世の中のおばさんやおばあちゃんは濃い化粧などするわけがないという固定観念との矛盾で、頭が混乱していたのかもしれない。
そう、村田さんの感想文はこんな感じだった。「いったい、何の話やねん」とつっこみたくなるような。いや、訂正します。「いったい、何の話ば しよーとやろうか」でした。
つまり、『老女マノン』を読んで、このエピソードを思い出したということでした。共通点は「化粧の濃いおばさん」くらいですが。
『老女マノン』は、小説として面白い構造になっています。
主人公の「私」は、「まだ三十二にもなっていない」女性です。長期滞在していた「伊豆の山間にある或る小さな温泉場」で「小母さん」を見かけます。
最初に見かけたときは
そのほっそりした腰つきと、吾妻下駄をつっかけにした素足の白粉 でも刷いたような仄白さとが遠くまで眼に続く。あれはきっと、昨日東京から来たという長唄の師匠ででもあるのかも知れない、私はそう思ったのであった。
と、どちらかというとポジティブな描写です。
しかし、後日、すれ違いさまにもっと近くで見かけたとき、「私の眼からは忽ちにあの後姿の色っぽい水々しさが消えてしま」い、
年齢は五十を越えていようかと思われるその醜く老った濃い脂粉の顔の中に、熟んだ桑苺の実のような口紅の真赤さが、それはあまりに似合わしくないというよりも、見る人の心を寒くさせる。
と、かなり辛辣な表現に変化しています。桑苺というのは桑の実のことで、未熟なときは赤くてきれいなのですが、熟れると黒くなって、見た目はいまいちになります。この、色の変化を小母さんと重ね合わせたのかとも思いましたが、「熟んだ桑苺の実のような口紅の真赤さ」という表現とは、ちょっと矛盾しますね。
「私」は、なぜか、この小母さんは自分の姿であるという感覚にとらわれ始めます。将来こんな感じになるんだろうな、という微かなものではなく、もっと強い一体感のようなものです。
いまや私は二人の過去がまるで一つのもののように似通っていることを、迷信のように信じ始めた。そうなのだ。だから私はその小母さんの話を、まるで私自身のことででもあるかのように私の言葉で書いて見る。
そして、小母さんから聞いた話は、語り手が小母さんにスイッチした状態で展開します。
その語りの中で、自分(小母さん)をモデルした小説がある作家によって書かれていて、それは、デートの途中に女性が八百屋の店先で安いネギを見つけ買う、それを見た男性が興ざめする、みたいな話なんですね。
この、ネギを買った話を小説のネタにされたという部分が、事実に基づいていて、宇野千代が今東光(小説家)と歩いているときの出来事を芥川龍之介が聞き、小説にしたという話を小母さんの話の中に入れ込んでいるんですね。アンサーソングならぬアンサーノベルでしょうか。
その小説は『葱』という作品で、もしかしたら全集などには入っているのかもしれませんが、ちょっと探した感じだと、単行本や文庫本には収録されていなさそうです。でも、青空文庫(芥川龍之介『葱』)で読むことができます。
耳にした、人の恥ずかしいエピソードをネタに小説を書く作家、小説に書かれたことを、ネタとして小説に盛り込む作家。実体験と創作がない交ぜになっている、当時の作家像が垣間見られる、二作品でした。


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