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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

アングロ・アメリカ百科事典

虚構の過去が現実に侵入してくる『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』

何のきっかけで南米の作家の作品などを読むようになったのか記憶がないのですが、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの本を何冊か持っていて、たまに読み返しています。

私のお気に入りは『伝奇集』という短篇集に入っている『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』という作品です。はっきり言って、ボルヘスはハードルが高いです。『トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス』は文庫本で30ページもないくらいの短い作品ですが、非常に「濃い」です。知らない固有名詞が次々と出てきます。実在するものもあれば、架空のものもあります。南米の作家とか地名は、実在してても、多くの日本人には馴染がないでしょう。ましてや架空の著者や書籍なんかを引用された日にゃあ・・・、という感じなので、まずは細かいことは気にせずに、おおかたこんなんだろうと類推を働かせて、大きな流れを楽しむのがよいと思います。注釈を読んだりして精読するのは、2回目以降で。

語り手の作家が、友人のビオイ=カサレス(実在するアルゼンチンの作家)と夜中に議論しているときに、こんなことがあった、みたいなところから始まります。ビオイ=カサレスはボルヘスの友人らしいので、このあとは語り手のことを「ボルヘス」と呼びます。リアリティが増していいでしょ。

ビオイが「『鏡と交合は人間の数を増殖するがゆえにいまわしい』みたいな言葉を、ウクバールの異端の教祖が言っていたんだよ」と言うと、ボルヘスが「元ネタは?」と聞く。ビオイは「『アングロ・アメリカ百科事典』のウクバールの項に載っているよ」と。

『アングロ・アメリカ百科事典』はメジャーな百科事典なので、議論をしていたボルヘスの別荘に置いてある。それで調べてみると、「ウクバール」なんて項目はない。ビオイは「あれ? おかしいなあ」って感じで、百科事典のあちこちを二人で探すんですが、徒労に終わります。ボルヘスは、ビオイのやつ、話をもっともらしくするために、その場ででっち上げやがったなと、むっとします。

翌日、ビオイから電話がかかってきて、「今、百科事典の第46巻を見てるんだけど、ウクバールの項あるよ」と、昨日の言葉は、正確には、

鏡と父性はいまわしい、宇宙を増殖し、拡散させるからである。

だったよ、と。

ビオイがその46巻を持参して、ボルヘスの46巻と比較すると、いずれも第十版の増刷分なのに、ページ数が微妙に違って、その差分がウクバールの項なわけです。

なんじゃこりゃ? となるわけですが、ふとしたきっかけで、このウクバールを生み出そうとしている企みのことを知ります。架空の国の名前を百科事典に載せるというだけではありません。その国の歴史とか文化とか言語とか科学とか、あらゆるものを整合性のある形で創造しようとしているのです。1人や2人でできることではなく、それを成し遂げんとする秘密結社があり、ウクバールという一国・地域だけでなく、ウクバールを含むトレーンという天体の世界を作りだそうとしています。

これらの架空の世界は緻密に想像されていて、その例が詳しく紹介されています。例えば、トレーンの言語には名詞が存在しません。「月」という名詞が存在しませんが、しいて訳するなら「月する」に該当する動詞があります。なので「月がのぼった」という現象は「上方に月した」と表現される、うんぬん。

この「名詞が存在しない」という言語体系は、トレーンの人が生まれながらにもっている「唯心論」という考え方と関連していて、彼らは「存在」というものを信じていません。それがどういうものであるかを説明するために「九枚の銅貨の詭弁」という例があげられています。

火曜日、Xは人気のない道を横切り、九枚の銅貨を失う。木曜日、Yが道で、水曜日の雨のためにすこし銹びた四枚の銅貨を見つける。金曜日、Zがやはり道で三枚を見つける。金曜日の朝方、Xはわが家の廊下で二枚を見つける。

なんか、算数の文章題みたいですが、特に違和感のない内容だと思います。なくなったけど、あとで見つかったよ、という。ある教祖はこの例え話を使って、「人間には理解できない隠密なかたちにせよ」、銅貨がこの期間、存在していたと考えられるのではないか、と。

(広義の)唯物論者である私たちにとっては当たり前のことなのですが、トレーンの人たちは消滅したものと出現したものを紐づけるという発想がありません。したがって、教祖の論法はそれらしい例を使って「単なる銅貨に存在という神聖なカテゴリーをあてはめようという冒涜的な」詭弁であると。

このような感じで、トレーンの人々の思想・哲学、その議論の変遷、学術に与えた影響などが詳述され、この仮想の世界の持つ存在感が(小説の中でも、読者の中でも)増してきます。

当初の百科事典の改竄くらいの活動なら悪ふざけの範疇のようにも思えますが、やがてトレーンに関する歴史的な遺物や考古資料のような、物理的な「もの」さえ見つかり始めます。そして、学校の歴史の授業にも、それらの虚構が侵入しはじめ・・・

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