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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

タグ: 昭和

  • 40歳の宇野千代と71歳の宇野千代の私小説

    宇野千代のデビュー作を含む短編集を読んだ(過去記事へのリンク)ので、引き続き初期の作品を読もうと思い、宇野千代 – Wikipedia を見てみると、

    著作
    『幸福』(金星堂、1924年)
    『白い家と罪』(新潮社、1925年)
    『晩唱』(現代短篇小説選集』(文芸日本社、1925年)
     ・・・

    どうやら、『幸福』が次に古そうということで、図書館で借りてみると、なんとそれは1972年に出版された別の『幸福』だった(過去記事へのリンク)ということがありました。48年ずれてました。宇野千代のことをいじった小説『葱』の芥川龍之介(過去記事へのリンク)が亡くなったのが35歳だということを思うと、宇野千代のキャリアのなんと長いこと。

    1924年の『幸福』を探すべく、川崎市立図書館のサイトで検索してみたときに、それが収められた全集『宇野千代全集 第1巻(中央公論社)』が所蔵されていることがわかりました。時間がなかったのか、その時は予約せずに、後日予約して、届いた本を見てみると『現代日本文学全集 45 岡本かの子・林芙美子・宇野千代集(筑摩書房)』という別の本でした。再度検索しなおして予約したときに、違う本を選んでしまったようです。宇野千代の全集で古いやつ、というアバウトな覚え方で選択したのが災いしたようです。

    せっかく借りたので、返す前に1つくらい読んでおこうと思い(全集って読み終わる気がしないくらいギチギチに字が詰まっていたりしますよね)、単行本や文庫に入っていなさそうだった『未練』という短編作品を読んでみましたところ・・・、デジャブ?

    前述の1972年の『幸福』に収録されている『この白粉おしろい入れ』に出てくるシーンとそっくりな箇所がありました。

    該当箇所は、『未練』(1936年:宇野千代は40歳)の3章と4章(長さ的には「節」くらいだけど、最上位の階層だったので「章」と呼んでおきます)、「新吉」のモデルは画家の東郷青児、「加代子」のモデルは宇野千代です。

    それに対応するのは、『この白粉入れ』(1967年:宇野千代は71歳)の7章で、東郷青児は「あの人」として、宇野千代は「私」として登場します。

    使っている言葉や言い回しはかなり相違がありますが、ストーリーを構成する部品がほぼ同じです。

    加代子(私)は、新吉(あの人)の絵を売るために、一人で大阪のホテルに長期滞在しています。そこで絵を買ってくれる男性と恋愛関係になります。そこに、新吉(あの人)から、急に大阪に来るとの電報を受取り、あせります。

    「ゴゴ六ジ、ウメダツク、シンキチ、」 ―『未練』

    「ゴゴ四ジツク。ソチラデマテ」 ―『この白粉入れ』

    慌てて、大阪の男の痕跡を消したりして、新吉(あの人)と会うのですが、うまく嘘をつけず、いろいろと口走ってしまいます。

    「八号が五枚売れたわ。」そう言ってから、加代子はしまったと思った。「誰が買ったんだ?」 ―『未練』

    「昨日一ぺんに四枚売れたのよ。(略)」「何をする男だ。」 ―『この白粉入れ』

    新吉(あの人)は何か感づきつつも、二人は神戸の画廊を訪ねたあとに、食事に行きます。

    国道へ出た自動車の中で、新吉の顔は見えなかった。神戸の画商に預けてある画の売れ具合を訊きがてら、南京街で志那飯を喰おうというのだった。 ―『未練』

    しばらく経ってから唐突に、「神戸で飯を食おう、」と言って歩き出しました。神戸にもあの人の絵の預けてある画廊があったのです。私たちは車で神戸まで行きました。 ―『この白粉入れ』

    その後、新吉(あの人)は、加代子(私)に靴を買います。

    いま画商で受取ったばかりの新しい紙幣を加代子に渡して、靴を買わせた。 ―『未練』

    そして、画廊で金を受取ると、あの人は途中でショーウィンドウを見て、私のために新しい靴を買いました。 ―『この白粉入れ』

    新吉(あの人)は、加代子(私)の話に男の影を感じたせいか、機嫌が悪くなり、黙ったまま、長い距離を歩くことになり、

    「ねえ、」(略)「あたし、足が痛いのよ、」 ―「未練」

    「ねえ、お願い。あたし、もう歩けないわ。靴が痛いのよ」 ―『この白粉入れ』

    加代子(私)が滞在しているホテルにつくと、新吉(あの人)は不貞の証拠を見つけようと、フロントで帳簿をめくって、男の名前を見つけようとします。

    田邊加代子と書いた乱暴な男文字のところまで来ると、ぴたりと眼を据えて、しばらくじっと動かなかった。 ―『未練』

    私の筆跡ではなく、確かに男の手だと分かるその人の筆跡で、大きく、乱暴に書いてありました。(略)一分間くらい、あの人は帳簿を持ったままでいました。 ―『この白粉入れ』

    二人がぎくしゃくしているときに電報が届き、新吉(あの人)は急遽東京に戻ることになり、その前にビジネスの話をします。

    「あと、画は何枚ある?」(略)
    「十二号と四号の風景が三枚」とうとう新吉が口を利いたという歓びは、(略)「君は二三日残って、出来次第、電報で連絡をとってくれ。」 ―『未練』

    「おい、あと絵は何枚ある。」「六枚あるわ。」「明日にでも売れるね。売れたら電報為替にするんだ。」 ―『この白粉入れ』

    他人の小説だったら盗作だとか言われそうなくらい似てますが、本人の48年前の作品ですからね。編集者が慌てて、「先生、それ、もう書いてますよ!」と、ならないのは、私小説だからでしょうか。自分の体験をベースに脚色を加えて作品にしているということになると、1つの体験に別の味付けをして、異なるの作品を作り出すということもあるのでしょう。

    高齢の大御所になると、「あ、またこの話書いてる」ってことに編集者が気づくことが、ままあるけど、誰もつっこめないし、出版側も大して気にしてない、なんて話を聞いた記憶があります。でも、誰がどこでしていた話かも覚えていないくらいなので、話半分で。

    この二作については、『未練』が出来事からあまり時間が経っていない頃のスナップショット、『この白粉入れ』はもっと長期間にわたる回想という形ですから、全体の構成で言うと全然ちがう構成になっています。

    そういえば、『この白粉入れ』には、同じ短編集に収録されている『行く』という掌編のエピソード(千代と同居していた青児の子供と30年ぶりに再会する)も含まれていました。

    短めの作品で扱ったエピソードを再利用して、別の長めの作品の部品にして、全体を再構成するというやり方は、宇野千代がよく使う方法なのかもしれません。

  • 日記は究極の信頼できない語り手 谷崎潤一郎『鍵』

    前回(死期を早めてあげるための介護とは?『スクラップ・アンド・ビルド』)からの続きです。簡単に書くと、BSテレ東の「あの本、読みました?」で、作家の羽田圭介さんが谷崎潤一郎を紹介していたので(実は読みやすい&短い!?谷崎潤一郎作品を羽田圭介が熱弁解説)、まずは羽田さんの『スクラップ・アンド・ビルド』を読み終わりまして、感想文も書きまして、今回やっと羽田さんがおすすめしていた谷崎潤一郎の『鍵』を読みました。

    番組中では「短くて読みやすい」作品として紹介されていました。168ページとのことでしたが、私の手元の番組と同じ新潮文庫版では、本文が書かれているのはP8~P173なので166ページ(引いたあとに1足すのを忘れずに)です。この2ページのズレは何でしょうか。タイトルページを入れると167ページになりますが、あと1ページ足りません。最終ページの裏側(白紙)を足せば168ページとなり数は合いますが、そんな数え方をするのでしょうか? と思って、検索してみると、出版業界? 印刷業界? 界隈ではそういう数え方をするようです。勉強になりました。どうでもいい話で10行近く使いました。

    168ページというと、私の中では「ちょっと長い短編」くらいの感じなのですが、ウィキペディアには

    『鍵』(かぎ)は、谷崎潤一郎の長編小説。

    と書かれていて、ジャンルも「長編小説」となっています。「ちょっと短い長編小説」ということでしょうか。「素敵な粗品」みたいなもんでしょうか。でも、普通の小説のように台詞の掛け合いによる改行がないので、字はぎっしり詰まっている感じがします。分量から言って、長編ということで。

    168ページなので短いというのはいいとして、「読みやすい」には物言いです。夫と妻の日記が交互に繰り返されるのですが、夫の日記は漢字カタカナまじりで書かれています。ツマリ、夫ノ日記ハ漢字カタカナマジリデ書カレテイマス。読みにくいです。でも、その読みにくくさが、最終的に快感に変わるのかもしれません。谷崎なので。

    本文は、夫と妻の日記のみです。ナレーションみたいな語り手とか、風景の描写とかそういうのはありません。交換日記というわけではなく、それぞれ別の日記です。家に置いているので、相手にこっそり読まれている可能性もありますが、それもはっきりしません。

    夫は50代、妻は40代、娘が一人という家族構成で、ここに娘の結婚相手にどうかと親は思っているけど、娘はあまり乗り気ではないという男「木村」が加わり、この4人が主な登場人物です。

    ストレートに書くと大人サイトだとグーグルに判断されたりして、ただでさえ低い検索順位が、さらに低くなりそうなので、なるべく遠回しに書きます。夫は夜になると最近ちょっと元気がなくて、でも妻は旺盛なので、なかなかサティスファイさせることができません。夫は嫉妬をするとエンジンがかかる(エンジンにはピストンがつきもの)タイプで、木村と妻が怪しいんじゃないか思うほど、パフォーマンスがあがってタスクを完遂できるという、ちょっと普通でないタイプなのです。

    で、そのことを日記に書きます。妻が盗み見をしているという想定で書きますが、本当に盗み見ているかは不明です。また、盗み見をしている想定で書いている、ということも日記に書いてます。

    妻は最近日記をつけはじめたのですが、これも途中から夫に盗み見られている可能性について、日記に言及するようになります。夫は自分が夫の日記を盗み見していると思っているようだが、そんなことはない、ということを日記の上で力説し、それが夫に盗み読まれることを想定しています。

    双方が盗み見ていれば、口ではいいにくいことをお互いの日記に書いて相手に知らせる交換日記のように機能しそうですが、相手が見ているかどうかは判然としないまま、物語が進んでいきます。

    夫が自分の性癖を日記に書く、盗み見た妻は、木村との関係をほのめかすことにより夫を嫉妬させ、嫉妬はブースター(発射だけにね)となり結果的に満足を得る。妻を満足させることは夫の希望であるので、妻は不倫のふり(あるいは本当に・・・)をすることで、主人の意に忠実な妻である、みたいな構図が成り立ちますが、各人の動機が本当にそうなのかははっきりしないのです。

    このような誰がどういうつもりで何をしているかが分からないような小説にするための仕掛けとして、日記という形式がとてもうまく機能しています。

    あるタイプの小説は、登場人物Aの心情も登場人物Bの心情も語るような神様のような視点の語り手がいたりしますよね。ここで語られる内容は通常は真実として扱われます。

    「夫は妻の日記を読むようなことはしなかった。」と台詞ではなく、地の文で出てきたら、そうだということになります。

    「『俺は君の日記を読むようなことはしないよ』」という台詞が出てきたのなら、それは嘘かもしれません。

    一人称の小説で、「私は妻の日記を読むようなことはしなかった。」という形で地の文で出てきたらどうでしょうか。これは真実だと考えるのが自然でしょう。誰かに聞かせているわけではない心情に嘘が入ると、話がややこしくなります。認識の違いとか、あやふやな記憶みたいな形でひっくり返すこともできますが、通常は本当のことしか語りません。

    で、日記はどうでしょうか。日記に嘘を書くという現象はありえないことではないです。そこに、相手の盗み見を想定すると、嘘を入れる動機も十分に存在することになります。つまり『鍵』に出てくる日記に書かれていることは、どこまで真実なのかが最後まで分からない、という構造になっています。

    中盤になってくると、日記に以前こう書いたが、実はそれは嘘で、本当はこうだった、みたいなのも出てきます。でも、それも日記に書かれているので、それが本当だという保証もありません。

    ただ、日記に書かれている内容が真実度を増すこともあります。盗み読まれる可能性がなくなれば、嘘を書く動機はなくなります。そして後半、そうなります。じゃあ、盗み読む人はもういないのか? いえ、最後まで日記を盗み読みしている人はいなくなりません。そう、それは・・・・・・おまえだっ!(もうすぐ稲川淳二の季節ですね)

    つまり、それは読者ということだったりします。

  • 向田邦子『思い出トランプ』のイヤ~な気持ちになるところを考察する

    BSよしもと の「第一芸人文芸部 俺の推し本。」という番組(2026年5月8日放送)で、エレガント人生の山井さんが、向田邦子の『思い出トランプ』という本を紹介されてました。(Xのポストへのリンク

    この本って、けっこう昔に出版されてて、私が小学校の低学年くらい時に出たものなんですよね。おまえの歳なんか知らん、という声が聞こえてきそうですが、1980年とかです。なので、40年以上前の本ですね。

    『思い出トランプ』が紹介されていた回の「俺の推し本」の録画を、放送日の翌日に見ました。10年以上前にこの本についてのブログ記事(向田邦子「かわうそ」に出てくる絵画「獺祭図」を求めて)を書いたんですが、まさに同じ日にコメントをもらったたりしたので、何か運命的なものを感じて、図書館で借りて再読してみることにしました。

    いろいろ分かったことがありました。一つは、読んでいなかったということです。どういうことかというと、読んだのではなく、朗読を聞いたのでした。まだAudibleなどは存在しない頃で、朗読が録音されたCDを図書館から借りて聴いたのでした。『かわうそ』『だらだら坂』『大根の月』『花の名前』を聴きました。なので、初めて読む作品も、他にたくさん入っていたんですね。

    あと、直木賞を獲っていたことも知りませんでした。ウィキペディアによると、

    1980年短編連作『花の名前』『かわうそ』『犬小屋』(後に作品集『思い出トランプ』に収録)で直木賞を受賞した。

    直木賞は単行本に対して与えられるものだと思ってましたが、こういうパターンもあるんですね。文芸誌に載った複数の作品に対して授賞した、その後、単行本になった、ということですよね。違う場合は『ダウト』!と言ってください。

    番組中で山井さんは、「イヤ~な気持ちになる短編がすごく多くて」と表現されてました。そのように意識はしてなかったのですが、たしかに微妙にイヤ~になのが多い気がします。

    すごい悪人が出てくるとか、殺されるとか、そんな大げさではない、イヤ~な人、イヤ~な状況、イヤ~な出来事、イヤ~な結末。

    以降、ネタバレ含みます。読んだ人と、イヤ~な気持ちを共有したい。

    『かわうそ』に出てくる妻 厚子は、てきとうなウソを言って、セールスを追い払ったりします。

    歌うような口振りで追い払い、奥にいた宅次を振り返って、目だけで笑ってみせた。面白い女と一緒になった、一生退屈しないだろうと宅次は思ったが、その通りだった。

    と、夫に言わしめるような、ある意味 魅力的な奥さんです。 夫に恨みがあるわけでもないし、出し抜いてやろうと思っているふしもなさげです。でも、ナチュラルに嘘をつき、そこは嘘ついちゃダメでしょって場面でも嘘をつき、夫を苦しめていくんですよね。

    最後は体が丈夫な方が勝ちます。健康は大事だということを思いしらされます。宅次は「一生退屈」することはありませんでした。退屈する前に、「写真機のシャッターがおりるように、庭が急に闇になった。」

    『大根の月』は、妻 英子が事故で6歳の息子の指を包丁で切ってしまう話。この状況が嫌なのはしょうがないとしても、その後の、夫や同居している姑の言動がさらにイヤ~な感じを演出します。

    姑の台詞、

    「子供がはしゃいでいるときや愚図っているときは、あたしは絶対に包丁使ったり天ぷら揚げたりはしなかったわね。だから見てごらんなさいよ。出来合いのおかずばっかりだとか、すぐ店屋もの取るとか悪口いわれたって、こうやって、三十いくつまで傷ひとつ、火傷ひとつなく大きく出来たのよ」

    子供が怪我しなかったなんてのは結果論なのに、この事故をきっかけに鬼の首を取ったように、嫁を責めます。

    姑は働いていたこともあり、子供に手作りのものをあまり食べさせなかったというコンプレックスがひそんでいるのがやっかいです。事故の前は控えめに言っていたのが、事故が起きるや、それ見たことかとマウントを取りに来る。イヤ~。

    英子はその後、パートで働き始めて、歓迎会 兼 忘年会で遅く帰って来る日があります。姑は家の鍵を閉め、ベルを押しても呼んでも出てこずに、英子を締め出します。追い出すのではなく、気づかないふりして、締め出します。あら、気づかなったのよ、なんて言いそうです。イヤ~。

    地味にイヤなのが夫の秀一で、姑に英子が責められていてもフォローもしません。締め出し事件のあと、英子は離婚を前提に別居を始めます。数か月後に秀一と会うことになったときに、「戻ってくれ。たのむ」と言われ、迷います。秀一は謝ってもいないし、反省しているような感じでもありません。そもそも、自分にどんな悪い点があったか気づいてもいないかもしれません。家に帰れば、姑がいます。何も問題は解決していないのに、息子と暮らしたいがために家に帰ることになるのでしょうか。決めかねたまま、物語は終わります。イヤ~。

    次は、『花の名前』。結婚前は、「(花の名前などを)ぼくに教えてください」と、かわいげがある夫だったのが、25年も経つと、関係のあった女の名前を妻に言われても、「それがどうした」という感じでふてぶてしく振る舞う。みたいなのが大きな流れなのですが、私としては、口喧嘩で負けそうになったり、何かを教えてもらったりなど、妻に借りがある状態に耐えられないのか、必ずその夜に布団の中で返そうとしてくる夫。しかも、それを手帖てちょう符牒ふちょうで付けている、というあたりがじわりときます。これはちょっと地味なので、ややイヤ~、ということで。

    『だらだら坂』については、以前読んだとき(いや聴いたとき)とちょっと違う印象を持ちました。中小企業の社長の庄治には、大柄で太めの若い愛人 トミ子がいます。いかにも田舎から出てきたという感じの素朴で控えめなところが気に入っていました。ですが、だんだんと、プチ整形をしたり、化粧をするようになったり、手首が細くなったり、自信がついてきて口数が多くなったり。庄治が魅力だと考えていた部分がどんどんなくなって、離れていくような寂しさ、みたいな印象でした。

    ただ、読み直してみると、前半部がかなり不適切でした。トミ子と知り合ったきっかけは、庄司の会社の事務員の面接を受けに来た、というものでした。トミ子が面接の部屋を出ていくと、面接官たちは、「でか過ぎるよ」、「ありゃ鈍いな。足首見りゃ判るよ」など見た目に関する評価を加えたあと、受け答えも鈍重、学校の成績も良くないし、コネもない、ということであっさり落とします。

    なのに、庄治は名前と連絡先をそっとメモします。細かい経緯は省かれていますが、その後、マンションで囲う愛人という関係になっています。就職できずに困っている娘を、弱みにつけこんで愛人にしたとしか思えません。だいたい、就職面接で得た個人情報を利用しているあたり、完全にアウトです。

    と考えると、この『だらだら坂』に関しては、トミ子が成長して、庄治が作った鳥籠から逃げていく、時代錯誤の社長のおっさんの思惑通りにいかないぞという、むしろイヤ~ではない話なのかもしれません。

  • 宇野千代の短編集『幸福』(1972年)が重たすぎる

    こちらの過去記事を書いたときは、短編集の1作目(表題作の『幸福』)だけを読んだ状態で、最近やっと全部読み終わったので、追加の記事です。

    書籍の情報はアマゾンあたりで見れば、表紙画像や収録作など、けっこうなものが参照できると思っていたのですが、絶版の本は例外ですね。

    この1972年の『幸福』については、アマゾンの商品ページはあるものの、情報が少なくて収録作も分かりません。でも、表紙画像があるのはうれしいところ。わざわざ「1972年」と書いたのは、ウィキペディアが正しければ、同じ『幸福』というタイトルの短編集が1924年に金星堂という出版社から出ているからです。こちらはさすがに古すぎて、検索しても収録作の情報も出てきません。

    なので、1972年のものについては、収録作などを書き留めておこうと思いました。

    巻末の初出一覧です。

    収録作品発表誌一覧

    幸福      新潮  昭和45年4月号
    (第十回女流文学賞受賞作品)

    水の音     新潮  昭和44年8月号

    貞潔      海   昭和44年11月号

    この白粉入れ  新潮  昭和42年1月号

    野火      海   昭和46年2月号

    行く      群像  昭和36年5月号

    いま見るとき  文学界 昭和47年10月号

    では、それぞれメモ。

    『幸福』
     語り手は「一枝」。年齢は「七十をとうに越している」。夫の名前は出てこない。作中では「良人おっと」と記載されている(振り仮名なし)が、若い人はこういう名前かと思ってしまいそう。夫は戦争に行き、帰ってくる。一枝は十一軒目の家に住んでいる。

    『水の音』
     ごく短い作品。「今年の暮で、私は七十二歳になる」。野兎の「ピヨン吉」を飼う話。

    『貞潔』
     妻は「信子」、夫は「哲二」。哲二は画家(モデルはたぶん東郷青児)。絵を売るための苦悩。信子は破産した不倫相手のために、家からあり金全部(小切手)を持ち出す。

    『この白粉入れ』
     他の作品につけられてたふりがなによると、白粉おしろいと読むと思われる。語り手の愛人は「あの人」。新しく建てた家に、語り手は、あの人とその正妻と同居している。正妻の子が「一馬」。あの人は、かつて心中しようとして失敗した別の女性と、その後、結婚する。二人の子が「あけみ」、歌手の卵。語り手の出版記念の会で、あけみに歌ってもらう。
     嘘みたいな「設定」だと思ったのですが、かなり実話がベースになっているようです。(参考:[山口県岩国市]NPO宇野千代生家 宇野千代の人生と文学 二番目に好きだった男
     あの人は東郷青児、妻は盈子、二人の子は たまみ、がモデルになっているらしいです。

    『野火』
     「ハッパ」(発破のこと)の事故で両足を失った人の話を聞き、かつて恋愛関係(ちょっと微妙だが)にあった男も同様の事故に合い、手紙が何度か来たことを思い出す。

    『行く』
     短い作品。『この白粉入れ』に出ていた一馬と同じ設定の「正夫」が訪ねてくる話。『この白粉入れ』にも同様のエピソードがある。『行く』のほうが古いので、この掌編のエピソードをふくらまして『この白粉入れ』に盛り込んだのでしょうか。

    次が最後。

    『いま見るとき』
     妻は「信子」、夫は「(佐伯)啓吉」(モデルはやっぱり東郷青児)、夫の愛人「八重」。信子は二人の関係を知っているが、見逃しているような微妙な状況。すごいシーンあります。信子と啓吉の会話。

    「待って、ここへ八重を連れて来て、」「八重を、八重を連れて来て、どうするんだ。」「あたしの見てる前で八重を抱いて、」「何だって、」「八重を抱いて。啓吉さん、あなた、いつでも、あたしの知らない間に八重にしてたことを、いま私の見てる前でして、」何を言っているのか信子にも分らなかった。

    よし、このシーン、朝ドラ『ブラッサム』でやりましょう。

    この後を引用すると、グーグルにアダルトサイト認定されてしまいそうなので、やめときます。

    そしてこの作品、すごくいやな終わり方をします。

    「アメリカ兵の車だから、賠償金はとれないわよ。ヘーイ、レッツゴー、」八重はその出来事を路上に残したまま、つれと一緒に行ってしまった。

    この直前に起きた出来事の重大さと、八重の「レッツゴー」という軽い言葉のギャップが、いやーな後味を残します。

    宇野千代の初期の作品(過去記事)は、自身をモデルにしたけっこう重たいものが多かったので、その時期を朝ドラのエピソードにするのは厳しそうだなと思ってました。

    その後、作風が変わってすっかり明るい作品になったりするのかと思ったら、70代頃に出した短編集もなかなかハードな私小説でした。朝ドラが昼ドラのようになってしまわないか心配です。

  • 宇野千代の二つの『幸福』

    宇野千代のデビュー作『脂粉の顔』を読んだので(過去記事)、次もなるべく初期の作品を読んでみようと、ウィキペディアの著作の欄を見てみると、年代が一番古いものだと、

    『幸福』(金星堂、1924年)

    というものがありました。自治体の図書館で検索すると

    『幸福』 宇野 千代/著 — 文芸春秋 — 1976 —

    というのがあったので、これだろうと思い、借りてみました。なかなか年季の入った単行本でタイトルは『幸』です。表題作『幸福』の冒頭を引用すると、

    いつでも一枝は風呂から上ると、ちよつとの間、鏡の前󠄁に立つて、自分の裸のからだを見る。タオルをてて、少し腰をひねるやうに曲げて立つてゐる。ぽつんとあからんだ肌をしてゐる。「似てる。」と思ふ。

    出た!「やうに」、「思ふ」。それ以外もなかなかの歴史的仮名遣いです。「前」の字の「月」のところがちょっと違うところにも気付いてほしい。昔は、お空の月と肉月は違う書き方をしていたんですね。ためになったねー。

    「ゐ」なんか、最近は

    るるるるる
    るるるるる
    るるるゐる
    るるるるる

    こういう、速く見つけるクイズ(?)とかでしか見ないですね。

    ちなみに、お若いあなたのために、上記には振り仮名を振りましたが、オリジナルの本文には振り仮名はありません。ちょっとハードルが高い。

    巻末付近の発行日や価格が書かれているところも、

    定價 七百八十圓

    となっています。分かるとは思いますが一応、「定価 七百八十円」の旧字です。「圓」の字といえば、「三遊亭圓生 」を思い出しますね。

    でも、ふと思ったんですね。発行の日付は「昭和四十七年十一月」となっています。「知らんがな」と思われそうですが、私が生まれる直前です。私が育ったころには、旧仮名遣いは、もはや使われていませんでした。じゃあ生まれた頃はまだ旧仮名遣いが一般的だったのでしょうか?

    なんでも答えてくれるあいつに聞いてみると、その頃はもう旧仮名遣いは使われていないとのこと。「でも『定價 七百八十圓』とか書いてあるよ?」と聞くと、昔 出版したやつの復刻版とかじゃないか、なんてことを言う。ほんとだろうか。

    初出一覧みたいなのがあったので見てみると、

    收錄作品發表誌一覧

      幸福 新潮 昭和45年4月號
      (第十回女流文學賞受賞作品)

    とあります。

    あれ? そういえば、ウィキペディアに載っていた『幸福』には、「1924年」(=大正13年)と書いてあったけど、発表日付の昭和45年は1970年です。よく見たら全然違うじゃん。別物?

    確かに、借りてきた『幸福』の主人公 一枝は「七十歳をとうに越してゐる」女性という設定です。1897年生まれの宇野千代は、1970年には70歳過ぎたくらいの歳ですから、自身がモデルだとすると、ぴったり一致します。

    11軒の家を建てた話とか、離婚している点など、ウィキペディアに載っている宇野千代のエピソードと一致する話も、小説に盛り込まれています。

    私が借りてきたのは70歳過ぎの頃の『幸福』でした。それでは、ウィキペディアに載っていた27歳の頃の『幸福』はどこにあるのでしょうか? こうして、私は今日も幸福を探し求めているのです。

    さて、恒例の朝ドラ「ブラッサム」予想です。

    とても信じられないことであるが、一枝は若いときから今日までに、家を十一軒建てた。

    これは脚本家がドラマに盛り込みたくなるやうな話ぢゃあないかと思ふのですが、いかがでしょうか。


    2026年8月27日 追記
    初期のほうの『幸福』も全集で読みました。振り仮名が少なくて、大変でしたが、いちいち調べているとリズムが損なわれるのでフィーリングで読みきりました。
    宇野千代の初期の方の短篇『幸福』を読む


  • 『教養主義の没落』と岩波文庫

    『教養主義の没落』(竹内洋 著)を読んだきっかけは、BSテレ東の「あの本、読みました?」という番組で、米津玄師さんがインタビューでこの本に触れたところ、20年以上前の本にも関わらず売上がすごく伸びた、みたいな取り上げ方をしていたから。米津さんインタビュー→ファンが反応→その反応にネットが反応→テレ東が反応→私が反応、という、又聞きの又聞きの周回遅れみたいな状況。

    実は私は、この没落した教養主義の片鱗をちょっとだけ感じた世代でした。私が約35年前に出た高校は旧制中学が前身とかで、古風なしきたりが残っていました。旧制中学というのは、小学6年のあとの5年間なので、中学と高校が混ざったようなものでしょうか。知らんけど。

    古風なしきたりというのは、「ファイアーストーム」と呼ばれていて、毎年、校庭の真ん中にでっかいキャンプファイヤーみたいなを焚いて、その周りで寮歌や逍遥歌を歌ったり、走り回ったりするというもので、この準備のために歌を覚えたり、走り回る陣形を練習したりと結構大変な一大イベントでした。

    寮に入っているわけでもないのに(私の出た高校に寮はありません)、「寮歌」ってなんだと思うでしょうが、私も当時そう思っていました。どうやら、そのイベントは旧制中学や旧制高校の流れを組むものだったみたいです。寮歌も旧制第一高等学校の寮歌(「嗚呼玉杯に花うけて」)などでした。

    あ、でも高校生活自体は普通でした。このイベントだけなんだか妙にレトロでバンカラで。このイベントに参加する(義務があり、権利がある)のって男子だけだったんですよね。今だったら、問題になりそうな。

    で、その後進学した大学も、いわゆる旧帝大ってやつで、決して裕福ではない家庭で育った私は学生寮に入りまして、そこにも旧制高校の片鱗が残っていました。入寮の最初のイベントで、寮歌の類を覚えさせられます。で、飲み会のあとのもりあがったところでみんなで合唱したりします。居酒屋でもやったりしてので、たぶん迷惑だったでしょう。

    で、この本を読んでいて懐かしかったのが

    寮やクラスコンパでは「アインス、ツヴァイ、ドライ」の掛声で旧制高校の寮歌が歌われた。

    ドイツ語で1,2,3なのですが、よくこれやってました。他にも、

    エッセン(食事)やゲル(お金)、メッチェン(若い女性)などの旧制高校生用語も使われていた。

    これらもドイツ語ですね。英語じゃなくて、ドイツ語ってあたりが旧制っぽいです。私の世代はこれらの言葉を使ったりはしませんでしたが、寮の食堂のホールに「エッセン」という名前がついていて、なんか旧制高校生用語のなごりなんだろうなと。

    旧帝大の学部別の統計データは興味深かったですね。出身や経済状況や読む本や趣味など。〇〇大学の学生はこんな感じとか、〇〇学部はこんな感じとか、そんなステレオタイプを話をネタにしたことがある人も多いと思いますが、それを本書では真面目に論じてました。

    帝大だけじゃなくて、私立の大学や、当時多数派だった高卒相当(今の高校とは微妙に違うみたいですが)などとの比較が出てくると、もう次はNHKの「100分で名著」でもやっていたピエール・ブルデューと絡めた考察ですね。こういう考察に興味を持つハビトゥスと、そうではないハビトゥスがあるよなー、というのが私の考察です。

    あと、取り上げれられている話題としては岩波文庫のエピソードが面白かったです。私の岩波文庫との出会いは高校生の頃。世界史の先生が「読むなら岩波文庫を読みなさい。角川文庫とかじゃなくて(笑)」みたいな、ことを言ったんですよね。たしかに角川文庫はエンタメ系が多くて、岩波文庫は古典や学術系が多いけど、なんか岩波なら何でも良い、間違いない、みたいな言いっぷりが、教養主義っぽい。

    かく言う私も、電車でスマホをいじるよりも、読書をするほうが、そしてそれは岩波文庫であるほうが、かっこいいと思うハビトゥス(使い方合ってる?)を持っています。

    そう、教養主義者は少数派にはなりましたが、没落はしていません。いつの日か復権を果たし、主流派になることを目指すための秘密結社も、すでに・・・。信じるか信じないかはあなた次第です。

      

    ・・・信じないでください。