こちらの過去記事を書いたときは、短編集の1作目(表題作の『幸福』)だけを読んだ状態で、最近やっと全部読み終わったので、追加の記事です。
書籍の情報はアマゾンあたりで見れば、表紙画像や収録作など、けっこうなものが参照できると思っていたのですが、絶版の本は例外ですね。
この1972年の『幸福』については、アマゾンの商品ページはあるものの、情報が少なくて収録作も分かりません。でも、表紙画像があるのはうれしいところ。わざわざ「1972年」と書いたのは、ウィキペディアが正しければ、同じ『幸福』というタイトルの短編集が1924年に金星堂という出版社から出ているからです。こちらはさすがに古すぎて、検索しても収録作の情報も出てきません。
なので、1972年のものについては、収録作などを書き留めておこうと思いました。
巻末の初出一覧です。
収録作品発表誌一覧
幸福 新潮 昭和45年4月号
(第十回女流文学賞受賞作品)水の音 新潮 昭和44年8月号
貞潔 海 昭和44年11月号
この白粉入れ 新潮 昭和42年1月号
野火 海 昭和46年2月号
行く 群像 昭和36年5月号
いま見るとき 文学界 昭和47年10月号
では、それぞれメモ。
『幸福』
語り手は「一枝」。年齢は「七十をとうに越している」。夫の名前は出てこない。作中では「良人」と記載されている(振り仮名なし)が、若い人はこういう名前かと思ってしまいそう。夫は戦争に行き、帰ってくる。一枝は十一軒目の家に住んでいる。
『水の音』
ごく短い作品。「今年の暮で、私は七十二歳になる」。野兎の「ピヨン吉」を飼う話。
『貞潔』
妻は「信子」、夫は「哲二」。哲二は画家(モデルはたぶん東郷青児)。絵を売るための苦悩。信子は破産した不倫相手のために、家からあり金全部(小切手)を持ち出す。
『この白粉入れ』
他の作品につけられてたふりがなによると、白粉と読むと思われる。語り手の愛人は「あの人」。新しく建てた家に、語り手は、あの人とその正妻と同居している。正妻の子が「一馬」。あの人は、かつて心中しようとして失敗した別の女性と、その後、結婚する。二人の子が「あけみ」、歌手の卵。語り手の出版記念の会で、あけみに歌ってもらう。
嘘みたいな「設定」だと思ったのですが、かなり実話がベースになっているようです。(参考:[山口県岩国市]NPO宇野千代生家 宇野千代の人生と文学 二番目に好きだった男)
あの人は東郷青児、妻は盈子、二人の子は たまみ、がモデルになっているらしいです。
『野火』
「ハッパ」(発破のこと)の事故で両足を失った人の話を聞き、かつて恋愛関係(ちょっと微妙だが)にあった男も同様の事故に合い、手紙が何度か来たことを思い出す。
『行く』
短い作品。『この白粉入れ』に出ていた一馬と同じ設定の「正夫」が訪ねてくる話。『この白粉入れ』にも同様のエピソードがある。『行く』のほうが古いので、この掌編のエピソードをふくらまして『この白粉入れ』に盛り込んだのでしょうか。
次が最後。
『いま見るとき』
妻は「信子」、夫は「(佐伯)啓吉」(モデルはやっぱり東郷青児)、夫の愛人「八重」。信子は二人の関係を知っているが、見逃しているような微妙な状況。すごいシーンあります。信子と啓吉の会話。
「待って、ここへ八重を連れて来て、」「八重を、八重を連れて来て、どうするんだ。」「あたしの見てる前で八重を抱いて、」「何だって、」「八重を抱いて。啓吉さん、あなた、いつでも、あたしの知らない間に八重にしてたことを、いま私の見てる前でして、」何を言っているのか信子にも分らなかった。
よし、このシーン、朝ドラ『ブラッサム』でやりましょう。
この後を引用すると、グーグルにアダルトサイト認定されてしまいそうなので、やめときます。
そしてこの作品、すごくいやな終わり方をします。
「アメリカ兵の車だから、賠償金はとれないわよ。ヘーイ、レッツゴー、」八重はその出来事を路上に残したまま、つれと一緒に行って了った。
この直前に起きた出来事の重大さと、八重の「レッツゴー」という軽い言葉のギャップが、いやーな後味を残します。
宇野千代の初期の作品(過去記事)は、自身をモデルにしたけっこう重たいものが多かったので、その時期を朝ドラのエピソードにするのは厳しそうだなと思ってました。
その後、作風が変わってすっかり明るい作品になったりするのかと思ったら、70代頃に出した短編集もなかなかハードな私小説でした。朝ドラが昼ドラのようになってしまわないか心配です。


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