いよいよ、ガリヴァー旅行記 最後の第四篇『フウイヌム国渡航記』です。理知的な馬であるフウイヌムと野蛮な人間であるヤフーの国です。フウイヌムが支配していて、ヤフーは家畜です。しかも、下品で粗野でずるいダメダメな家畜扱いです。
ところで、ヤフーといえば、ヤホーですよね。お察しの通り、語源の一つらしいです。
また、ファイロとヤンは自分たちのことを「ならずもの」だと考えているので、「粗野な人」という意味がある「Yahoo」(『ガリヴァー旅行記』に登場する野獣の名前が由来)という言葉を選んだと主張している。
そういえば、放送大学のラジオで「ヨーロッパ文学の読み方―近代篇(’19)」というのをやっていて、その第三回がガリヴァー旅行記でした。
第3回 イギリス(2)
スウィフト『ガリヴァー旅行記』を読む。
【キーワード】
風刺文学、空想旅行記、異文化接触執筆担当講師名:大橋 洋一(東京大学名誉教授)
放送担当講師名:大橋 洋一(東京大学名誉教授)
この講義の中で、この回の担当講師である大橋先生が以下のような話を紹介していました。
ガリヴァー旅行記の翻訳者でもあった中野好夫は、その訳書のあとがきで「ほとんど我々の顔に腐った臓腑を投げつけられる思いのするのは、第三篇ことに第四篇である」と述べ、「訳者としての希望を率直に言うならば、たとえ第一篇、第二篇は読まなくとも、後半の第三篇、第四篇だけはぜひ読んでもらいたいのである」と述べています。
中野好夫氏といえば、「吾輩」訳ですね。講義の中での朗読も、一人称が「吾輩」だったので、中野氏の訳を使っていたのでしょう。なんだか、10万63歳の彼を思い浮かべてしまいます。
私の印象では、4つの篇の中で一番、ガリヴァーがどうかしちゃうのが、このフウイヌム国渡航記という感じでしたね。
他の国に行ったときも、自分たちの世界(ヨーロッパや英国)について、批判的になったり、あるいは弁護的になったり、というのがありました。フウイヌム国でも最初はそんなトーンだったのですが、だんだんとあっち側のスタンスになっていきまして、帰る気なんかなくなって、すっかり住み着くつもりだったのですが、そうはいかなくなります。
以下は、章の最初に記されている、その章の概要からの引用です。
著者、主人より、この国から退去するよう警告を受ける。著者、悲しみのあまり失神するが、結局退去を承諾する。
主人というのは馬です。この主人との対話を通じて、だんだん人間嫌いになっていて、ヨーロッパの人間たちも目の前にいる野蛮なヤフーと変わらない、自分はヤフーだ、他の人間もヤフーだ、そんなところには帰りたくない、という考えを持ち始めます。そんな中、主人からこんな話を聞かされます。
それによると、最近開かれた大会議の席上、ヤフー問題が取り上げられ、いろんな代表者が、要するに野蛮な動物にすぎないのにまるでフウイヌム同様に一匹のヤフー(つまり私のことだ)を家人として養っているのは怪しからん、といって主人を非難したというのである。
追放されたガリヴァーは丸木船でフウイヌムの国を去りますが、イギリスに帰る気はなく、無人島で一生を過ごそうとしているところをポルトガル船に発見され、なかば無理やりヨーロッパに連れ戻されることになります。
親切な船長にも失礼な態度をとり、家族と再会したときも、
だが、家の者たちを見た時、私の心中に忽ち憎悪と嫌悪と軽侮の念だけがこみ上げきたことを、ここに率直に告白しておかなければならない。
(略)
のみならず、自分がヤフー族の一匹の雌と交わってそいつに数匹の子を生ませたことを考え、私はただもう堪え難い恥辱と当惑と恐怖に襲われどおしであった。
後半の部分は、奥さんと子供のことを言っているんですね。ひどい言いようです。そして、お金ができると、2頭の馬を厩舎で飼い、
私の可愛い馬たちは、こちらの言うことがかなり分かるので、毎日少なくとも四時間は、話し合うことにしている。
人間を嫌悪することになった理由はそれなりにあり、思考のプロセスなども書かれているので、気持ちも分からなくもないのですが、イギリスで普通に暮らして待っていた家族からしてみたら、帰ってきたら人間を極度に嫌悪するようになっていて、毎日を馬に話しかけて過ごすようになって、もう完全に狂人です。
各国への渡航のラストをかざり、ガリヴァーの精神状態にとどめをさすのは、やっぱりこのフウイヌム国がふさわしかったのでしょう。巻末の解説によると、執筆されたのは1720年から1725年頃。発表と同時に大きな好評を博したが、その後、スウィフトはいろんな論文や詩を書いて、やがて狂人となって死んでいった、とのこと。


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