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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

カテゴリー: 映画・ドラマ

  • 宇野千代のデビュー作『脂粉の顔』と当時のモラル

    数日前(2026年3月30日)に新しい朝ドラの『風、薫る』が始まりました。『明治のナイチンゲール 大関和物語』(田中ひかる著)を原案としているそうで、その本を読んでみようかとも思いましたが、もう始まってしまったこのタイミングではちょっと遅い。先取り先取りでやっていきたいということで、『風、薫る』の次である2026年度後期『ブラッサム』のモデルである作家 宇野千代の作品を読むことにしました。ドラマが始まる頃には、こんな感想文を書いたこともすっかり忘れているかもしれません。

    読んだのは宇野千代のデビュー作『脂粉の顔』(1920年)です。いきなりタイトルに知らない単語が入っています。脱脂粉、、乳の略かもと思ったあなた、全然ちがいます。どうやら、化粧、おしろいのことみたいです。

    主人公のおすみは「カフェの給仕女」であると最初の行に書いてあります。ここで、喫茶店のようなカフェを想像して読み進めてしまうと、イメージが食い違ってきてしまいます。当時の「カフェ」については、ウィキペディアを読むと雰囲気が分かると思います。

    カフェー (風俗営業) – Wikipedia

    カフェーは、日本で20世紀前半に流行した飲食店・風俗営業の一業態。古くは特殊喫茶、社交喫茶という言い方もあった。

    女給という職業は単なるホールスタッフではなく、「接客業」であったということです。ただ、Wikipediaによれば、この接客サービスが露骨になっていったのはもう少し後の時期らしいです。ただ、カフェは喫茶店ではなく、お酒を飲む夜のお店であることは押さえておきたいところ。(そしてこんな喫茶があるから、そうではない普通の喫茶を「純喫茶」と言うんだ、という豆知識までつきます)

    なので、「瑞西スイス人のフバーから」、「突然流暢な日本語で」

    「一体貴女あなたは、一ヶ月に何程なにほどかかります?」

    なんて不躾ぶしつけな言葉が飛んできても、それほど不自然な流れではないことになります。

    これって、例えば大学を出たばかりの今の若者が読んでも分かるんですかね。つまり、一通り学校教育は受けてきていれば、この台詞を見て、この外国人の男性が何を尋ねようとしているのかピンとくるものなのでしょうかね? 学校で教わることはなさそうだとしても、今までに見たドラマとか映画とかで想像つくもんですかね。

    まあ、つまりこの台詞は、

    生活費がどれくらいかを聞いています。

    ・・・なんてことではなく、毎月の給金はいくら払えばいいですか? ということですね。さて、何に対する対価でしょうか? まあ、普通は妾になることへの報酬ですよね。昔は「女を囲う」なんて言葉がありました。常識の変化って怖いですね。

    金銭的に余裕のある男が、正妻がいるにも関わらず、別宅や離れを用意して、金銭を払うことを条件に、そこに別の女性を住まわせるということが、普通に許されていた時代があったんですね。

    近所の人から「あのエロじじい」とは言われるでしょうが、違法でもないし、世間から糾弾されるわけでもないという。そういう時代背景があっての、ハウ マッチ アー ユーであると。

    でも、ちょっと違うのはフバーはお澄を妾にしようというのではなかったところですね。ここがこの短編小説のポイントになるのだと思います。フバーの意図が、正直よく分からないのです。

    お澄はあまり深く考えなかったのか、

    (略)とにかく、まとまった金の六十円は有難い事に違いなかった。(略)さりとてこのままフバーの妾にせられるのでもなさそうだし、何しろ歴然はっきりした条件のない曖昧な境遇に置かれるというだけで遊んで暮らせるのは実にい、と思った。

    くらいの感じで、フバーからの呼び出しに応じます。それは速達で届いた手紙で伝えられた「午後から目黒の大競馬を見物しよう」というものでした。

    なんで目黒に競馬場なんかあるんだ?というかたはWikipediaを見てください。1907年から1933年の間は目黒に競馬場があり、その後、府中の東京競馬場に移転したそうです。

    (ちなみに7ページほどの短い作品で、このあと、どんどんネタバレしていくので、読むつもりのある人は、こんなブログ記事など読む前に、まず作品をお読みください)

    お澄は、フバーと競馬を見に行き、ちょっと嫌な目に合います。まあ、このへんが純文学作品という感じで、すごく劇的なことが起こるわけではないんですよね。大したことではないよう、でも、なんかいやーな気分になるような、考えようによっては、ものすごいトラウマにもなるような、そんな体験なんですよね。

    待ち合わせ場所に行ってみると、フバー以外に「見知らぬ娘」がいるんです。お澄はこの「美しい連れ」に対して、服装や容姿の点で引け目を感じてしまいます。しかもこの3人での行動は終始、その娘のペースで進み、フバーがどういうつもりでお澄を呼んだのかもはっきりしないだけでなく、フバーは途中からお澄を避けるような態度さえ取り始めます。

    翌日、お澄はフバーに電話をかけ、お礼などを伝えるも、気乗りのしない反応をされ、その日の夕方、さっそくフバーから絶交状が届く。

    1日競馬見物に付き合っただけで六十円(大卒の初任給くらいだそうで)を手に入れたものの、

    あるむしゃくしゃしたかすが胸の中へたまって何時いつまでも取れなかった。

    という終わり方をします。

    お澄や前述の娘の年齢については書かれておらず、容姿についてもそれほど詳しくは触れられていません。その娘についてはほとんど情報がありません。でも、お澄よりワンランク上 感があるんですよね。金銭的にも裕福だったり、高い教育を受けていたり、ちやほやと扱われることに慣れているような、そんな感じ。「娘」と表現しているあたりを見ても、年齢もお澄より若いのでしょう。

    お澄はカフェではそれなりの人気があり(書いてないけどそんな気がする)、フバーにも見初められ(たと思い)、六十円という好条件を提示され、いったんは気分が高揚したはずです。競馬場では、その娘からも、フバーからも軽んじられ、いてもいなくても一緒のような態度を取られる。一気に奈落に落とされるような感じでしょうか。しかも、そもそも男性が金銭で女性を自由にするという理不尽な社会情勢もあれば、六十円という微妙な金額の金が、より侮辱された感を醸しだすような気もします。そんな、はした金でいいように扱われる自分、みたいな。

    20代前半の宇野千代が、この『脂粉の顔』を書きあげ、時事新報(日刊の新聞)の懸賞短編小説に一等で当選し、彼女は作家としてデビューする、というスタートになるわけです。

    そして、これが、朝の連続テレビ小説『ブラッサム』の第一話のあらすじです。まあ、嘘なんですが。


    2026年4月12日追記
    新人作家の登竜門と言われていた『中央公論』に掲載されることなった二作目です。その後、立て続けに六作が中央公論に掲載されることになります。
    宇野千代の二作目『墓を発く』

  • 短編映画『モーメント』(2019年 カナダ)

    ヒーローものとヒューマンドラマを合わせたような感じでしょうか。架空の物理法則の制限の中で、解決策を見つけ出そうとするあたりSFっぽくもあります。

    ヒーローは黒人の兄妹。活動は超能力(?)を使って遠隔で行われ、リビングのテレビの前で二人並んで座った状態で行われます。はたから見るとぼーっとしているように見えます。活動するときのコスチュームもアイマスクのようなものをつけるだけ。(そして、たぶん不要)

    主役の女性のピンチに、この二人のヒーローが現れ、時間を止めて助けようとします(実際は、時間が止まっているのではなく、思考が高速化し、時間が止まっているように見えるだけ、みたいな設定)。

    幽体離脱みたいに抜け出して、思考&コミュニケーションができますが、物理的に影響を与えることはできません。実世界とは切り離されていますので、時間が止まっている(ように見える)ときに、逃げたり、悪者を殴ったり、何か物を準備したりもできません。

    できるのは、「作戦を立てる」ことだけです。この制約が実にうまく機能しています。

    時間が止まっている状態で、あたりを移動することもできるので、ああやって、こうやって、とプランを練ることはできますが、再び時間が動き出した時には、「頭の中の作戦」以外には、何ら状況が好転していないというのが面白いです。

    このシステム的な面白さに加え、主役の女性の生い立ち、家族との関係、クソ彼氏などの要素も絡めたドラマ要素も詰め込まれています。

    これでなんと、上映時間 22分。短編映画はいいですね。サブスクでも見られるみたいですが、倹約家のあなたは(私もですが)、BS12の『土曜しょ~と劇場』を録画予約しておけばOKです。再放送されるかもしれません。されないかもしれません。その場合は、別の短編映画をお楽しみください。

  • 映画『心の旅』と好かれる親父

    映画『心の旅』見ました。邦題がどうも好きになれませんで。『心の旅』と言えば、チューリップのほうですよね。1991年の映画なのですが、邦題の検討のときに、チューリップの曲名とかぶるからやめとこう、とはならなかったのでしょうか。

    原題は『Regarding Henry』なので、直訳すると「ヘンリーについて」「ヘンリーに関する(出来事・物語)」くらい意味なのでしょうが、そう考えると「心の旅」はちょっとクサい感じもします。

    ウィキペディアには、

    Rotten Tomatoesによれば、批評家の一致した見解は「ハリソン・フォードはシリアスな役どころを掘り下げる機会を最大限に活用しているが、『心の旅』は安っぽい感傷と陳腐な決まり文句によって台無しにされている。 」であり、30件の評論のうち高評価は43%にあたる13件で、平均点は10点満点中5.3点となっている。

    なんて書いてありますが、私はそんなに悪くないと思いましたけどね。映画の評価(特に点数的なもの)をWikipediaに載せるってちょっと微妙じゃないですか? Rotten Tomatesというのは映画レビューのサイトです。○○によれば、って書いてあるから、最初はよく読まずに人名か何かかと思ったら、「腐ったトマト」(というサイト名)じゃないですか。今見たら高評価の割合は増えてて、49%になっていました。

    後半ヘンリーがいい人になりすぎるって感はありました。過去の不公正な裁判の自省とそれに対する行動、夫婦仲の問題、子供との関係なんかも。後半に向けて、映画はそれなりにドラマティックにしなきゃいけないと思いますので、出来すぎた感じはありますよね。

    『アルジャーノンに花束を』を読んだとき(過去記事:『アルジャーノンに花束を』はSFだったんですね)にも感じた、高い知性を手に入れたがゆえに失うもの、知性を失ったがゆえに手に入れたもの、みたいなテーマがあると思います。

    ヘンリーは有能な弁護士で、完全な勝ち組です。お金もあるし、会社での地位もある。なので、髪形もオールバックです。(それは関係ない)

    事件に巻き込まれた後は、脳に障害が残って、ちょっと子供っぽいところが出てきたり、ものごとをストレートに考えるようになったり、変なプライドや思い上がりみたいなものがなくなったり。すっかり性格が変わります。あと、オールバックでもなくなります。(そこはあまり大事じゃない)

    それが人生にとって大切なものは何か、みたいな後半の言動にもつながりますが、私は前半のちょっとした変化のところが好きでした。

    会社で秘書の話をちゃんと聞くようになったり(事件前は自分の伝えたいこと優先の露骨な上下関係)、自宅の高級アパートのドアマンに挨拶して驚かれたり。

    小学生くらいの娘との関係も事件前は説教臭くて、一方的。娘のほうはあきらめてて反論もしない状態でした。

    娘が朝食のときにオレンジジュースをこぼすシーンがあって、変な空気になるんですね。以前だったら説教が始まる場面。でも、性格が変わったヘンリーは、自分もよくこぼすよ、みたいな感じで、わざとこぼして見せたりします。

    脳の後遺症のせいで、うまく読み書きできないヘンリーに娘が字を教えるシーンは好きですね。嫌われる親父と好かれる親父のエッセンスがこの映画にはつまっています。

    ちょっとした金や社会的地位を手に入れて、すっかり思いあがっている、あなたにおすすめの映画です。(なんちゅう言い草)

  • 『国宝』を撮る25年前の李相日監督の映画も紹介『12歳からの映画ガイド』

    12歳からの映画ガイド』佐藤忠男著、タイトルだけ見て、借りて読みました。まさか50を過ぎたおっさんが読むとは著者も思っていなかったでしょう。

    若い人に向けた口調で、語りかけるように映画が解説されています。小中高生でも読めるように振り仮名も多めです。4ページが1つの単位になっていて、前半3ページで必見の1本、残り1ページに追加の3本、という形で紹介されています。

    紹介されている作品は邦画・洋画、時代問わず、かなり多岐にわたっています。1920年代の無声映画もあれば、2000年代の映画(本書が出版されたのは2007年)もあります。洋画もアメリカやヨーロッパだけでなく、インド、トルコ、イランなど多彩です。「12歳からの~」というタイトルではありますが、子供向けの映画はほとんどなく、12歳の少年少女がこの本を片手に次に見る映画を選んでる姿はあまり想像できません。『桐島、部活やめるってよ』の前田涼也や武文のような映画マニア青年なら、はまりそうですが。

    読み進めていると、『あおChongチョン』という作品の紹介があり、監督名を見ると、「李相日」。って、あの『国宝』の! 本文を読んで、またびっくり。

    この本を書いている私、著者の佐藤忠男はいま日本映画学校という学校の校長をしている。(略)

    「青~Chong」という映画は李相日リ・サンイルという学生が自分で脚本を書き、監督もして作った劇映画である。彼は日本で生まれた在日三世で、高校は朝鮮高校に行った。この映画はその経験をもとにしてストーリーが作られている。非常に出来が良かったので映画祭などでたくさんの賞をとり、映画館でも上映され、外国でも上映された。そしていまではDVDで売り出されている。

    日本映画学校といえば、今の日本映画大学ですね。卒業生は、ウッチャンナンチャン、出川哲郎、バカリズム、狩野英孝、ニッチェなどなど。つまりNSCみたいなもんです。ちがいます。監督、脚本家、俳優なども多数輩出しております。

    著者についても前提知識がなかったので、そんな映画教育界のドンみたいな人なのかー、と驚きました。あー、だから若い人に向けた本書を書いたのね。納得です。

    話は変わって、重箱の隅をつつくようですが、みんな大好き『ニュー・シネマ・パラダイス』の紹介ところで、

    どんな田舎にも映画館があった頃のイタリアの田舎町の話。男の子のアルフレードは映画が大好きで、もう映画館に入りびたる日々だった。

    アルフレードは、映写技師のおじさんのほうっ!

    まあ、男の子ではあるし(最近の「女子」の広義化に準じる)、映画館に入りびたってはいるけど(仕事)。

    男の子の名前は「トト」ですね。愛称ですが。

    ということで、改定増補版が出る場合は上記の修正よろしくお願いします。あと、『国宝』も追加しときましょう。

  • 映画『初恋のきた道』とマドロスえいじの「マニアックものまね」

    今回見た映画は、『初恋のきた道』(チャン・イーモウ監督)です。BSトゥエルビでやってました。タイトルは知っているけど見たことない映画の一つでした。こういう渋い映画のチョイス好きです。

    そして、『初恋のきた道』といえば、発音するときにちょっと緊張してしまう女優ナンバーワン(私調べ)のチャン・ツィイーです。「ツィイー」と口にするたびに、自分の発音は合っているのだろうかと心配になります。だいたい、ちっちゃい母音のあとに大きい母音なんて発音は、「ぁあああ、なんてことを!」みたいなときにしか出てきません。(私調べ)

    チャン・ツィイーさん本人が「みなさんこんばんは、チャン・ツィイーです」とあいさつしている動画があったので、これを見て、練習して、コンプレックスを克服していただければと思います。すっかり大人になっていてびっくりしました。

    この映画を見たいと思っていた理由の1つとして、ウクレレえいじさんの「マニアックものまね」があります。皆さんもちろんご存じだと思います。万が一知らない人のために、どんなものかお見せしたいところなのですが、なかなかいい素材が見つかりません。

    YouTubeで見つけました。なんと音声だけです。そして、このものまねには台詞がありません。

    ♪マニアックでごめんね、微妙でごめんね♪
    映画『初恋のきた道より』チャン・ツィイー。

    (無音)

    (お客さんの笑い声)

    という、一瞬ネットの接続が切れたのか?と思ってしまうようなコンテンツとなっております。アップした人は不安にならなかったのでしょうか。Spotifyにも同様のコンテンツが登録されています。アップした人は・・・(同上)

    ・・・と思っていましたところ、わたくしの録画ライブラリーの中に、ウクレレえいじ 改め マドロスえいじが、このものまねを披露しているものがありました。誰もが知っている大人気番組「みうらじゅんのザ・チープ」です。万が一知らない人は、こちらのサイトを見てみてください。

    「みうらじゅんのザ・チープ」特設サイト | 衛星劇場

    万人をターゲットにしたがゆえに、エッジがなまくらになった地上波の番組に飽きた人におすすめです。「みうらじゅんのザ・チープ」は、「作る側も見る側も老人の番組」である「老老番組」と銘打たれています。あなたにぴったりです。

    この番組で、なぜ「マドロスえいじ」を名乗っているかについては、みうらじゅん氏の自身のマイブーム(©みうらじゅん)が「マドロス」に向いたときに、「ウクレレえいじ氏が1年間マドロスえいじとして活動する」という旨の契約をかわしたという話をどこかで聞いたような記憶があるのですが、わたくしも老いるショック(©みうらじゅん)の年頃なので、定かではありません。うそだったらごめんなさい。

    どんなものまねなのか、どうしても伝えたいので、キャプチャ画像を貼らせていただきます。十分に宣伝しましたので、フェアユースということでご容赦を。法廷でお会いしたくはありません。

    ちょっと、はにかんだような仕草を見せます
    くるっと回ります
    笑顔でしめます

    そろそろウクレレえいじ氏に興味がが湧いてきたことと思います。そんな方は以下のサイトをチェックしてみてください。

    ウクレレえいじ | 芸人紹介 | 一般社団法人落語協会

    輝かしい受賞歴です。

    2008(平成20)年
    『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 第13回大会』 優勝

    2015(平成27)年
    『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 第21回大会』 準優勝

    2024(令和6)年
    『第27回みうらじゅん賞』 受賞

    そして、なんと2006年にはみうらじゅん氏により「人間僕宝」に認定されています。映画『国宝』公開の19年前に、すでに「僕宝」となっていたのです。

    そんなウクレレえいじ氏を生で見たい方は、以下をチェックしてみてください。

    「居島一平の 別冊お笑いウイークエンダー」vol.6

    高円寺で電撃復活したライブ
     今回テーマは「あの芸人、実はこんな本を読んでいた」
    各人それぞれ偏愛する著者、ジャンルにまつわるエピソード、
    胸熱で語り倒します。

     於・本の長屋 本店・本屋の実験室(コクテイル書房左隣)

    出演者 居島一平 / しゃばぞう / 倉富益二郎 / ウクレレえいじ
    開催日 2026年04月17日(金)
    会場  本店・本屋の実験室(東京都)

    えーと、何の話でしたっけ? そうだ『初恋のきた道』でした。

    チャン・ツィイーがくるっと回るような、ウクレレえいじ氏のものまねのシーンを見つけることはできませんでした。満員電車の中で見ていたので見逃してしまった可能性もあります。もしかしたら、テレビ放送版でカットされていたのかもしれません。

    「みうらじゅんのザ・チープ」第1回の「マドロスえいじの一発芸口座」で、志村喬(映画『七人の侍』の侍のリーダー役)のものまねを披露したマドロスえいじ 助教授(番組での設定)は、

    本当はあんなに大袈裟にやっていないんです

    と、「マニアックものまね」の基本は「作品イメージに合わせデフォルメする」ことだと語っておられました。

    稲城市立図書館にはDVDが所蔵されていたので、問題のシーンの元ネタはどこなのか、再度ノーカット版で確認したいと思います。『初恋のきた道』を見倒したという方で、心当たりがある場合はご一報を。

  • 『最高の人生の見つけ方』は、大金持ちの側の視点で見る

    夏休みの宿題で読書感想文を書かなければいけない。指定図書を読んでみて、まあ面白かったのだが、感銘を受けたというほどでもなく、この本で感想文を書くのは難しい。かといって、今から別の本を読むのも大変だし、次に読んだ本で書けるとも限らないし、きりがない。とにかく、最初に読んだ本に対して、あーだこーだ書いて、「感想文」ということにしよう。・・・という感じです、今回は。

    見た映画は『最高の人生の見つけ方』です。監督のロブ・ライナーが死亡し、殺人事件である可能性が高いというニュースを見たのがきっかけです。

    ニュースを見たから、映画を見たくなったというわけではなく、実はすでに稲城市立図書館の予約かご(これから借りたいものリストみたいなもの)には入れていたんですよね。でも、なぜ入れたかが思い出せない。重要な事実は、ミステリーでは隠されるものです。しかし、この事実は最後まで判明しないので、ミステリーとして成立しません。なので、この私の文章のジャンルは、つまり「とりとめのない話」です。

    モーガン・フリーマンは大抵、いい人です。『ドライビング Miss デイジー』では運転手で、いい人でした。『セブン(SE7EN)』では殺人犯を追う刑事で、いい人でした。『ショーシャンクの空に』では殺人犯だったのに、いい人でした。さて、本作ではどうでしょうか。愚問ですね。

    あらすじは、ウィキペディアででも見てください。

    見ましたか? 見た前提で書きます。

    なんか都合が良すぎるというか、余命宣告されること以外は、相当ラッキーな感じでした。

    金で買える極端なものを享受しつつ、金では買えないちょっとしたものもあわせて描くという感じでしょうか。あと、余命6か月なわりには、二人とお元気で。

    さて、お金持ちのおじさんと、お金持ちでないおじさんが出てきます。モーガン・フリーマンはどちらでしょうか? そうですね、もちろん、お金持ちでないほうです。絶対にそうなのです。

    お金持ちのほうの人相が悪いなあと思ったいたら、この人でした。

    当時はアル中の作家でしたが、いつのまにか大金持ちになっていました。

    モーガン・フリーマンは病院でシャイニングと知り合い、意気投合して、金に糸目をつけない豪遊ができるわけです。でも、世の中の余命宣告される人たちには、そんな人はあまりいないので、なんだか、できすぎた話だなあ、と思ってしまいます。

    でも、シャイニング(あ、金持ちのエドワードのことですよ)の側からみると、独り身の因業野郎で死んでいくところだったのに、モーガン・フリーマン(そう、カーターのことですよ)と出会ったことで、人生の意味を見つめなおすことができた、ということでしょうか。そう見ると、「できすぎた話」感はちょっと薄れるかもしれません。

    あなたも私も「最高の人生」を見つけることができるかもしれません。ただ、いかんせん、あなたも私も大金持ちではないので、感情移入できないところが難点なのかもしれません。

    で、さっき知ったのですが、日本でのリメイク作品があるんですね。吉永小百合と天海祐希が主演の『最高の人生の見つけ方』です。

    はい、特に「見たい!」ということはないです。ねぇ?

    と思いきや監督の名前を見ると、『ジョゼ』の犬堂一心 監督じゃないですか。ちょっと見たくなりました。(過去記事: 『ジョゼと虎と魚たち』主に小説、少し映画

    アマゾンの説明を見ると、元のやつと話が全然違いそうな予感です。犬堂版を見たうえで、「タイトル以外の共通点を見いだせなかった」などと暴言を吐いてみたいです。

    私のBucket List(=死ぬまでにやりたいことリスト)に追加しておきます。

    • ・・・
    • 犬堂版も見る
    • 暴言を吐く

    いつも吐いているので、1つは消しておきました。

  • 『アルジャーノンに花束を』はSFだったんですね

    アルジャーノンに花束を』(ダニエル・キイス著)を読んだのはたぶん二回目です。家の本棚にずいぶん前からありました。かなり古い文庫本です。帯には「待望のテレビドラマ化」と書いてあります。2015年の山下智久主演の方じゃないですよ。2002年のユースケ・サンタマリア主演の方です。遠矢エリナ先生役(原作のアリス・キニアン先生に対応)は菅野美穂です。

    自分は帯はすぐに捨てちゃうのですが、こういうのを懐かしむためにもとっておいてもいいですね。ちなみにこの本は妻が買ったものなので、帯が残っていました。

    読んだのはドラマ化されていた当時(20年以上前)だと思います。なので、正直なところ読んだのかどうかも覚えていません。ただ、覚えているのは、治療によって手に入れた知性を、結局は失ってしまう悲しさ、みたいなイメージでした。でも、違いました。もちろんその要素もあるのですが、むしろ逆に賢くなってしまうことで失ってしまうもの悲しさの方に、より焦点が当てられていたように思います。

    そのことは、冒頭につけられていた「日本語版文庫への序文」という7ページほどの文章にも表現されていました。著者のダニエル・キイス氏が書き留めていたアイデアには、こんなことが書いてありました。

    「ぼくの教養は、ぼくとぼくの愛するひとたち――ぼくの両親――のあいだにくさびをうちこむ」

    主人公のチャーリィ・ゴードンは知能は低いものの穏やかな性格で、自分の周りにはやさしい人達や友達やがいて、自分のことを好きなのだと信じています。それはある部分は正しく、ある部分は正しくなくて、職場のパン屋には意地悪をする人がいたり、チャーリィを酒場に誘うある同僚も、チャーリィと仲良くしたいわけではなく、単に馬鹿なことをさせて笑いものにするのが目的だったりします。ただ、真面目に仕事をするチャーリィを好ましく思う同僚も多く、パン屋での仕事はそれなりに回っている状態でした。

    前述の性質たちの悪い同僚から守ってくれるようなベテランの店員ギンピイというのもいるのですが、知能の高くなったチャーリィはギンピイとの関係もぎくしゃくします。

    ギンピイは得意客へパンを売るときに、料金を安くする代わりにその差額をキックバックさせるという、ちょっとした不正をやっていました。そのことに気づいたチャーリィはやめさせようと忠告するのですが、そのことでギンピイの反感を買います。

    実際のところ、ギンピイだけでなく、ほとんどの従業員が賢くなりすぎたチャーリィを歓迎していなかっただけでなく、店主のドナーも、チャーリィと他の従業員の関係に苦慮しており、結局パン屋を追い出されることになります。守るべき弱い存在であったチャーリィが、そのような存在でなくなったことで、周りの態度が変化してしまいます。

    弱い存在を守るべきだというのは、ほとんどの人が同意できるところだと思います。でも、賢くて強い立場にある人に対してはどうすべきなのか。彼が説く正論が、自分にとって不都合な場合、徒党を組んで排斥するようなことが許されるのか。強いものが相手なら、そういうことをやってしまいがちなのでは、というあたりもちょっと考えさせられます。

    この文庫、SFに強い早川書房から出ているんですよね。1枚目のページの裏の、

    日本語版翻訳権独占
     早 川 書 房

    というのを見ると、おー、SFみたいと思いました。

    そして、読んでみるとSFでした。さっき引用したアイデアメモの続きの部分ですが、

    そしてもう一行。
    「万が一人間の知能を増大させることができたとしたら、いったいどうなるだろう?」

    もし技術的に○○が可能だったら、どうなるだろう?みたいなのはSFチックな発想ですね。

    チャーリィはちょっと賢いというレベルではなく、様々な分野の学問に通じるようになり、言語もすぐに身に着けるので、論文も原著のまま読んだりもできます。専門家と話しても、相手が結局ある一分野のことにしか詳しくない(まあ、普通そうですよね)ということに失望します。話も合わないないし、言い負かされたくない研究者たちはチャーリィのことを腫れものにでも触るように扱いだします。

    チャーリィの体験は極端ですが、ほとんどの人が似たような体験をしているのでは、という気もします。

    子供の頃は賢い子だとちやほやされても、それこそ周りの大人よりも賢くなって、意見でも言い出したら、どういう反応をされるか。

    会社の新人なんかも、何も分からないで謙虚な頃は可愛がってもらえます。でも、実力をつけて、先輩の立場を脅かし始めると、逆に足引っ張られたりとか。見たことはないですけど、なんか漫画とかドラマでありそう。

    物を知るにつれて、すごいと思っていたものが大したものではなかったことに気づいて、自分の有能感を強く感じるようになったり、とか。でも、それもけっこう勘違いだったり、とか。

    自分がチャーリィだったらという読み方もできるし、自分がチャーリィの周りの人間だったらという読み方もできます。それから、後半、チャーリィが知能を失っていく過程は、年を取って認知能力が衰えてきたときの(というかすでに自覚症状がありますが)、予習になると思いました。きっとこういう感じを味わうんだろうな、とか。

    2026年3月26日追記
    なんだか共通するテーマを感じました。
    映画『心の旅』と好かれる親父

  • 映画『うぬぼれ』(2013英)と『悪魔』(2021英)

    BS12(トウェルビ)の「土曜しょ~と劇場」という番組があって、短篇映画を放送しています。たまっていた録画の中から『うぬぼれ』(Oliver Goodrum監督)という短篇映画を見ました。

    タイトルだけ見ると、美少年が出てくるフランスあたりの映画かと思ったのですが、全然違う重たいテーマの映画でした。

    知的障碍をもつ娘 タイラー(高校生くらい?)と、母親 アンジェラは二人で暮らしています。マイケルという少年が率いる地元のグループが、なぜかこの母娘に執拗に嫌がらせをしてくる。警察に相談しても動いてくれず、教会の神父に相談するも何の助けにもならず、追い詰められていくという話です。

    不良少年にちょっかい出されたくらいで警察が動いてくれないというのは、まだ分かりますが、そんなレベルではないんですよね。最初は、道ですれ違うときに、絡んでくるくらいだったのですが、その後、車に卵をぶつけてきたり、家や車に落書きしたり、アンジェラに向かって真っ赤な塗料を投げつけたり、タイラーが一人のときに林に連れ込んでナイフで髪を切ったり、しかもその時に故意ではなかったのだが、タイラーの頭に怪我までさせたりしてます。

    アンジェラから事情を聴いているピーター巡査は、母娘の力になりたいと思っているものの、上司にほっておくように命令され、動けないという状況。上司は「証拠無しに子供を犯罪者にするのか?」というスタンス。

    最後は自宅ドアに火炎瓶をぶつけられ、警察に電話をかけるのですが、「対応しかねます」との返答。

    いやいやいやいや、落書きやら怪我やら明らかな被害が残っているんだから、ちょっと調べれば証拠だって目撃者だって出てくるでしょう。さすがに、こんな脚本じゃ、リアリティがないよ。不良少年の動機も弱いし、なかなか動かない警察っていっても、動かな過ぎて、いかにも無理やり極端な悪役を作ろうとしているんじゃないの?

    ・・・なんて思っていたら、映画の終盤で、

    まじですか。

    外国の話とはいえ、警察がそこまで当てにならないなんてことがあるのだろうか。どこの国の映画だったっけ?と思って、巻き戻して(「早戻し」なんて言葉はしっくりこない)見てみると、2013年のイギリス映画。これが「小さな政府」ってことなのだろうか。(参考:過去記事 『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

    ちなみに、『うぬぼれ』というタイトルは、先述の神父が教会で説教を行っているときに(その場には、タイラーとアンジェラ、マイケル、ピーター巡査もいる)、神父が使った「This is vanity.」というフレーズからとったもの。「うぬぼれ」とか、「虚栄心」とか、「虚飾」とかそんな意味らしいです。旧約聖書の言葉を引用したらしい。(虚飾 – Wikipedia

    神父はマイケルに向けて、メッセージを届けようとしているようにも見えるのですが、届くわけもなく。

    そして、むしろアンジェラの頭の中で、以下のフレーズがぐるぐる回り始めます。

    「そして神のそばで、本当の平穏を手に入れることができるのです。自惚れを犠牲に」

    「・・・痛みはなく、真の平穏が待っている・・・」

    この「うぬぼれ」ではマイケルは、単なる悪役という位置づけに思えますが、2021年にその後の彼を主役にした『悪魔』という映画が作られます。どんな話なのかは、また別の機会に。

    ちなみに、BS12の土曜しょ~と劇場は、たまに再放送もやっているので、録画予約しておけば、この2作、また放送されるかもしれません。いえいえ、中の人ではございません。

  • あるイタリア系アメリカ人の更生

    彼はベトナム戦争から帰還し、タクシーの運転手をやっていました。そのときに、ちょっとした事件を起こしますが、社会からそれほど爪はじきになるということはありませんでした。

    しかしその後、彼はすっかり裏社会に入り込み、マフィアのボスになりました。野球が好きだった彼はチームプレイを愛する一方、へまをしたやつは許さないという冷酷な人間になりました。

    晩年、妻に先立たれた彼は、あるベンチャー企業で実習生として働くようになりました。今までの経験を活かし、若き女性経営者の心の支えになるような立派な人になりました。

    一時期は踏み外しかけたこともありましたが、すっかり更生し、平穏な人生を送ることができるようになったので、よかったなあと思いました。(おわり)

    何の話だって? ロバート・デ・ニーロの半生ですが。

    タクシードライバー』(1976年)からの、『アンタッチャブル』(1987年)を経ての、『マイ・インターン』(2015年)です。マイ・インターンを見ていて、ベンがニコッとしたとき表情が、カポネがニヤッとしたときのことを彷彿とさせ、バットで殴られるんじゃないか、とドキドキするようなことはないと思いますので、ご安心を。

    これらの作品で、私が覚えた英語フレーズは

    You talkin’ to me?

    です。さて、どの作品でしょう?

    ちゃんと書くと “Are you talking to me?” でしょうか。「あなたは私に向かって話しているのですか?」という意味です。

    街で絡まれたときなどに使ってみてください。「え、俺か? 俺に言っているのか? 他には誰もいないようだが・・・ 本当に俺に向かって言っているのか?」などと、ちょっとくどめに確認をしたあとに、袖口に忍ばせたピストルをさっと出し、相手をバンッ・・・

    みたいな冗談は最近受け入れらないので、なんだか窮屈です。

  • 『物語の技法』より「信用できない語り手」について

    『私労働小説』を読んだ数日後、「文体のどういう部分が小説っぽさやエッセイっぽさを醸し出すんだろう?」なんて考えてたときに、たまたまついていたテレビで『相棒』をやっていて、こんな本が出てきました。

    書籍『物語の技法』の表紙(相棒 season24 第13話「信用できない語り手」より)
    書籍『物語の技法』の「信用できない語り手」の章(相棒 season24 第13話「信用できない語り手」より)

    浦神鹿(毎熊克哉)「たった今、『信用できない語り手』いう技法を読んでいたところです」

    右京(水谷豊)「『信用できない語り手』ですか」

    浦「知ってます?」

    右京「一応は。自分自身も登場人物の一人である語り手。本来は読者にとって真実をかたるはずの存在が、信用できないという論理的矛盾。きわめて実験的な手法とされています」

    どういうストーリーにするかではなく、語り方にフォーカスして、その技法について書かれた本『物語の技法』。これは面白そうだ、読んでみようと思い、自治体の図書館のサイトで検索するもヒットせず。所蔵していないのかな。

    アマゾンで探してみてもヒットせず。もしかして、架空の本??? 凝ったことするなあ、ボルヘスみたい

    ちなみに画像は、TVerからキャプチャさせていただきました。(この「させていただく」は正しい使い方、のはず)

    TVer 好きです。TVerがあるから、録画忘れがあるんじゃないかと不安で眠れない日々から解放され、平穏な生活が送れます。水谷さん 好きです。暇があればカリフォルニア・コネクションを口ずさんでいます。

    で、話を戻して、この『物語の技法』、すっかり架空の書籍だと思い込んでいたのですが、先日、日本一大きいという前橋のBOOK OFFで見つけたんです。海外文学のコーナーの近くに置かれていたんですが、値札が付いていません。店員さんに聞いて店内システムで調べてもらいました。でも、この本は取り扱っていないとのこと。誰かが持ち込んで、勝手に置いていったのでしょうか。私は手掛かりをつかむために、千代田区にある国立国会図書館に向かいました。そして・・・

    以上、信用できない語り手、でした。