BSテレ東の「あの本、読みました?」で、作家の羽田圭介さんが谷崎潤一郎を紹介していまして(実は読みやすい&短い!?谷崎潤一郎作品を羽田圭介が熱弁解説)、なかなか面白そうなので読んでみようと思いました。
そういえば、羽田さんの本を読んだことがありません。又吉さんの『火花』と同じタイミングだったせいか、メディアも大きめに取り上げていた印象があり、羽田さんの顔ははっきり、くっきりと思い浮かびます。顔立ちのせいのような気もします。たしか、作品(書籍)がプリントされたTシャツを着てテレビに出てたりもしましたよね。本の装丁はある意味アートなので、Tシャツのプリントにするというのは、それほど不自然ではない気もします。でも、「芥川賞受賞」と書かれた帯まで一緒にプリントされていたりします。そして、ウェブで画像検索してみると、羽田氏がカメラ目線でキリっと決めたTシャツ姿の写真がいっぱいでてきます。Tシャツで自身の書籍をアピールしていたのは『スクラップ・アンド・ビルド』だけじゃないんですね。
羽田さんの本を読んでいないのに、羽田さんの勧める谷崎の本を読むのは、順番がおかしい気がしたので、先に羽田さんの芥川賞受賞作である『スクラップ・アンド・ビルド』を読んでみました。えぇ、あのTシャツの本です。
通勤の朝の電車で読み始めて、昼ご飯(冷凍お弁当)を食べながら読み、帰りの電車でも読み、数ページ残っていたので、寝る前に読んで、読み終わり、もやもやしながら寝ました。さっき、起きました。
主人公の健斗は母親と祖父と同居しています。父は死別。前職を退職していて今は求職中で、家にいる時間は長く、祖父の介護を手伝っています。介護といっても、祖父は努力すれば大抵のことは自分でできる程度の要介護度です。娘(健斗の母)から、かなり邪険な扱いを受けています。
「お母さん、お皿、お願いします」
食べ終えた皿を祖父が差しだすと、母は舌打ちした。
「自分で台所まで運ぶって約束でしょ。ったく甘えんじゃないよ、楽ばっかしてると寝たきりになるよ」
さらに、
「お母さん、薬ばもう飲んだほうがよかね?」
薬の入った袋を掲げながら祖父が母に訊ねた。
「勝手にしなよ、そんなの本当は飲まなくてもいい薬なんだから」
「すみません。健斗、水くれる?」
「健斗に甘えるな! 自分でくみに行け!」
そして、
「じいちゃんは邪魔やけん部屋に戻っちょこうかね」
「いちいち宣言しなくていいんだよ糞ジジイが・・・」
杖をつき暗い廊下へ行く祖父をにらみながら母が言う。
こうやって、母親の言動を(意図的に)切り抜いてみると、虐待か? という感じもしかねないですが、読んでいると不思議と祖父に対する共感や同情は湧いてきません。まあ、引用しなかった部分に書かれている、祖父の言葉とか生活態度を踏まえると、無理もないという気になってきます。
祖父は、不眠や寒さ、鈍る思考、体の痛みなどを理由に、早く死にたいということをしきりに口にします。この言葉を真剣にとらえた健斗は祖父の死期を早めてあげるべく、行動を開始します。
ただ、その手段が興味深いのです。介護職の友人から、
「人間、骨折して身体を動かさなくなると、身体も頭もあっという間にダメになる。(略)過剰な足し算の介護で動きを奪ってぜんぶいっぺんに弱らせることだ。使わない機能は衰えるから」
という話を聞き、実行に移します。
何をやるかというと、かなり熱心に「介護」します。必要なものはさっと用意してあげて、祖父が動かなくもいいようにする。薬や洋服も仕訳けてあげて、頭を使わなくてもよくする、など。はたからみると、ただ単に、優しく介護している人に見えます。こういう点をふまえると、母親のスタンスは被介護者の自立を促す愛情のあるもののようにも見えます。
苦労すれば歩けるであろう被介護者でも、転ばれたらやっかいなので車いすにのせ、食事も運んでやり、なるべく体を使わせないような介護のやり方を、健斗は嫌悪します。やっていることは同じでも、祖父のために死期を早めるという動機なのか、業務上の効率を追い求める動機なのか、という違いを重要視します。逆に、母親の介護のやり方とはまったく対立しますが、祖父のためを思ってという点では一致しており、むしろ理解を示すという、妙な共感の関係が生じます。
もし、直木賞受賞作であれば、このあと、えげつない感じで健斗が目的を達成したり、まさかという出来事がきっかけでどんでん返しが起こったり、なんて展開もあるかもしれませんが、そんな流れにはなりません。異常な感じがするのは健斗の思考の中だけで、表面的に起きている事象は、ごく普通の日常のようにストーリーは流れていきます。
古い建築物を壊して新しいものを作りなおす「スクラップアンドビルド」という言葉が、どうしてこの本のタイトルに使われているのかは読んでのお楽しみ。筋トレしたくなるかも。


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