『罪の声』を読んだきっかけは、著者の塩田武士さんがテレ東の「あの本、読みました?」に出演されていたから。その時は、『踊りつかれて』の話がメインで、めちゃくちゃ面白そうだったので、これは読まねばと思い、自治体の図書館のサイトで検索してみたのですが、予約数が多すぎて当分借りられそうにないので、以前の作品である『罪の声』を先に読むことにしました。
『罪の声』については、その番組内で触れていたのか、別の場だったか記憶は曖昧ですが、「グリコ森永事件を題材にしていて、その脅迫メッセージに使われた子供の声が、自分のものだった」という設定で書かれているという前提知識だけで読み始めました。
グリコ森永事件の時、私は10歳くらいだったので記憶は曖昧でした(最近は一週間前の記憶も曖昧ですが)。覚えていたのは、「キツネ目の男」と「毒入り危険。食べたら死ぬで」という関西弁のフレーズ(実際はひらがな)、結局、毒による被害者や死者は出ていないというおぼろげなイメージ。なので、それほど悲惨とか陰惨みたいな印象は持っていませんでした。
本書に現れるエピソードも、基本的にはほとんど著書の創作だろうという認識で、普通の(?)小説として読了。読み終わった後に、文庫本の巻末にある著者からのコメント(「あとがきとは書かれていないけど、そんな感じ」)に、
本作品はフィクションですが、モデルにした「グリコ・森永事件」の発生日時、場所、犯人グループの脅迫・挑戦状の内容、その後の事件報道について、極力史実通りに再現しました。
え?そうなん?(小説の舞台に合わせて関西弁)
wikipediaを見てみて、いろいろ思い出しました。ほんと、記憶というのは当てになりませんね。犯人からの指示に子供の声が録音されたテープが使われたこと、菓子メーカーの社長が誘拐されたこと、身代金の受け渡しに利用されたカップルのことなど、読んでいるときは創作だと思っていた部分が実際の事件に基づいていることに、あとから気づきました。
そうそう、最初は「江崎グリコ社長誘拐事件」だったんですよね。その時点では、あくまで単発の誘拐事件であって、あんな大がかりな一連の事件が続くとは誰も思っていなかった、という始まりでした。記憶が蘇ってきます。
wikipediaの項目名が「寝屋川アベック襲撃事件」というのが時代を感じさせますね。最近「アベック」って聞かないですね。直近で目にしたのはアベックラーメンくらい。
あと、小さい箱入りのお菓子の外側がフィルムで包まれるようになったのもあの事件以後でしたね。以前は箱を開けて、中身を入れ替えて、元に戻すというのが簡単にできました。
死者が出てないという点で、事件に対してあまり暗い・重いイメージは持っていませんでした。なので、この序盤を読んでいるときは、声を使われた子供の苦悩というのも、直接の加害者なわけじゃないし、そんなに深刻に捉えなくてもいいんじゃないか、なんて思っていました。
でも、自分が間接的な加害者であることよりも、自分を利用した直接的な加害者が自分の家族・親戚であることのほうが、悲惨さを引き起こす根本なんだと気づきました。
声を使われた登場人物の一人(曽根俊也)は、加害者(かもしれない)の親族とは若干距離があったため、事件自体を知ることもなく、平穏に暮らしてきた。一方、声を使われた別の子供は、事件の余波をもろに受けて、人生が狂っていく。
もちろんこのあたりのストーリーはフィクションなのですが、事件に関して分かっている部分は極力事実と合わせる、分かっていない部分に創作を加えて、エンタメ作品として仕上げる。事実と創作の境目が曖昧になっていることで、子供を巻き込んでしまった事件の重大さ・深刻さを伝えることにも成功している。なかなか斬新なアプローチだと思います。
次は『踊りつかれて』を読むことを予定しておりますが、予約の順番に、待ちつかれそうです。(買えよ)
2026-03-15追記
やっと順番が回ってきました。
塩田武士著『踊りつかれて』の感想文

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