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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

大学教授の「その夜、生き延びるための唯一の方法」

村上春樹氏の『夏帆』(単行本の一章に相当)が掲載されていた、『新潮』の2024年6月号を図書館で借りて、目当てだった夏帆を読み終わったので、パラパラと他のページをめくっておりました。

創刊120周年記念特大号ということで、なかなか分厚く、表紙にもかなりの数の作家さんの名前が並んでいました。「創作の小さな真実」と題して、40人以上の作家さんのエッセイが掲載されており、その中に又吉直樹氏の名前があったので、気軽な気持ちで読んでみたのですが、なかなか重たい内容でした。

幼少の頃の自分の創作(工作の類)がゴミとして扱われた経験、中学時代の美術の粘土の創作がクラスメートのいたずらによって破壊された経験、しかも全然面白くもないものに作り替えられていた、という話。

その流れで、ある大学教授が『火花』を酷評した話に話題は移ります。その評論なのか書評なのかがネットで検索しても参照できない状態なので、あくまで又吉さんの言い分なのですが、このようなものだったとのこと。

「火花」という小説の一場面。恋人だった真樹との別れによって自暴自棄に陥った神谷という芸人が、下着を脱ぎ、「若手の、若手の、若手の登竜門!」と言いながら、でんぐり返しで肛門を後輩に見せつけるくだりがあった。敢えてつまらないことをするという芸人としての自傷行為である。しかし、その部分を引用して「大学生レベル」と書き、このようなつまらない芸人の話など読むに値しないと結論付ける評論を目にした。

神谷がおかしくなって、とんでもなくつまらないことをやっているというシーンなので、この行動のレベルの低さを引き合いに出して、小説の価値うんぬんを語るのが間違いであることは、ある程度日本語が読める人ならお気づきのことだと思います。

この神谷の行動を、又吉さんが面白いと思って書いたと、その大学教授が考えているなら、とんでもない誤読です。「読むに値しない」ことを主張するために、作品の一部を引用するとして、このシーンを引用したんじゃ、完全に論理が破綻しております。

・・・なんてことは言わずもがなですが、私はちょっと違うところがひっかかりました。神谷の行動のくだらなさを表現するのに「大学生レベル」という言葉を使うのは、大学生に失礼じゃないか?

自分が教育を行っている対象である教え子たちをそのように見ているのでしょうか? 私が大学生ならそんな教授にものは教わりたくないですし、私が親なら自分の子供の教育をそんな教授に任せたくありません。こういうところで人の本性が透けて出るのだと思います。彼は学生たちに敬意を払っていないばかりか、小ばかにしていることが分かってしまいました。

それはさておき、この論評が発表されたのはかなり前のことだと思います。『火花』が芥川賞を受賞したのは2015年の上半期だったので、論評もそれからほどなく発表されたのではないかと思います。「創作の小さな真実」が2024年に書かれたエッセイだとすると、もう9年近くたっていたはずです。この話を持ち出すということは、又吉さん、かなり根に持ってますね。でも、許すも何も向こうは訂正も謝罪もしていないのでしょうね。

でも、私、ちょっと、もしかしたら、なんて思うことがあるんです。『火花』の私の好きなシーンで、神谷先輩がネットの中傷などについて話している場面で、不当な批評が自分に向けられることが、いかにつらいかという話をしたあとに、でも、書いた側の人間の状況を想像しつつ、話を続けます。

「だけどな、それがそいつの、その夜、生き延びるための唯一の方法なんやったら、やったらいいと思うねん。(略)」

大学教授にだってつらいことはあるでしょう。彼がその夜を生き延びるために、誰かを攻撃する必要があり、それがたまたま又吉さんであったのだとしたら、そっとしておいてあげてもいいのかもしれません。彼も、もう気づいている頃かもしれません。

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