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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

『猿の戴冠式』と人形とゾンビ

アイキャッチ画像はボノボ(Greg Hume – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15057912による)

以前、自分に課しましたルール(過去記事:2026年上半期の芥川賞を予想・・・はせずに、賞を新設する)にしたがって、小砂川チトさんの作品を片っ端から読んでいます。「片っ端」と言っても小砂川さんはこの前まで新人だった若手なので、問題なく遂行できそうです。これが北方謙三さんだったりすると、大量のストックを読んでいる間に、どんどん在庫が追加されていく感じがして、読み終わる気がしません。こっちが読むスピードより、あっちが書くスピードが速いという、無間地獄になってしまうかもしれません。

今回は『猿の戴冠式』を読みました。単行本の表紙は『家庭用安心坑夫』と同じ、榎本マリコさんです。顔のないあの絵です。本の表紙の絵に顔がないというのは、なかなか良いのではないかと思います。というのも、良くも悪くも『成瀬』の顔は表紙のあの顔を想像してしまって、それはそれでいいんですが、なんかちょっと想像の可能性が限定されてしまうというか、もうあれで固定されてしまうというか。

時系列に並べると、『家庭用安心坑夫』、『猿の戴冠式』、『ゾンビ回収婦』という順です。一作目が芥川賞ノミネート、二作目もノミネート、三作目に受賞って、ホップ・ステップ・ジャンプみたいですごいですね。一作目でいきなり受賞という方もいますが、受賞するとその後はノミネートされなくなるので、それはそれでインパクトは弱め。あえて、泳がせ、泳がせ、のあとの必殺技みたいな感じは伝説チックです。

三作読んでみますと、共通点というか、主題というか、重点施策というか、そんなものが見えてきました。

まず、主人公がテンパっています。主人公が順風満帆では文学になりにくいので(それはそれでエンタメにはなるけど)、大抵の小説の主人公は課題や葛藤を抱えているものですが、小砂川さんの小説の主人公には痛々しいくらいの焦燥感があります。

この主人公の感覚がいまいちわからないという読者もいるかもしれません。自信満々に何かを提案してくる人とか。自己肯定感のかたまりみたいな人とか。でも、どちらかというと、そうでない人、なんらかの部分でこれらの主人公と共通点がある人の方が多数派なのではという気もします。「そんなこと、電話かけて、直接聞いちゃえばいいやん」っていう感覚は、おじさんになってからやっと身につけられました。一線を越えてしまえばこんなに楽なことはないのですが、意外にこれが苦手という人は多い気がします。人それぞれ、意外なものが怖かったりするものです。まんじゅうとか。

このような主人公の焦燥感は、『家庭用安心坑夫』ではこうでなければいけない、こうしなければいけないという強迫観念、『ゾンビ回収婦』では仕事を評価してほしいという承認欲求でした。『猿の戴冠式』では、「抑えがたい失敗欲」というものが登場します。

失敗するかもという恐れが、こういう失敗の仕方があるという妄想に変わり、そうやって何もかもがダメになってしまうことが起きるはずだという確信に変わり、むしろそのほうが楽なのでは、というところまでこじれていく。この感覚、分かる人には分かると思います。そんな非合理が自分の中にあることに気づかされる感覚が快感です。

そして、三作品の共通点と言えば、人間ではない存在との心の交流でしょうか。それを主人公は渇望するんですが、そんなに簡単にいかないというか、そもそも無理というか、その対象が人形(『家庭用安心坑夫』)だったり、ゾンビ(というかAIかも)だったり。

『猿の戴冠式』での相手は猿なので、今回は可能性が高そうです。ただ、「うまくいった」ということと、「うまくいったと思い込む」ことには、それほど差がないのかもしれません。

さて、収拾がつこうがつくまいが、そろそろお開きの時間です。実は隠された法則性を見つけてしまいました。

小砂川さんの最新作は、『すばる』2026年7月号に掲載されている『犬たちの頭痛』です。

『家庭用安心坑夫』→『猿の戴冠式』→『ゾンビ回収婦』→『犬たちの頭痛』

脳トレでしょうか。次はキジが出てきて、最後に桃太郎が出てくるかもしれません。夫婦といえば、円満、茶碗、漫才、別姓・・・。夫婦仲、犬猿の仲・・・。

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