『LITTLE BEAR』Else Holmelund Minarik (著), Maurice Sendak (イラスト)を読みました。幼稚園から小学校低学年向けくらいの英語の絵本です。
いくつかのお話が入っているのですが、その一つに主人公のLittle Bear(名前はないらしい)が月に行く話があります。
どうやって月に行くかというと、space helmet(箱をさかさまにして、針金をつけたような珍妙なもの)をかぶったLittle Bearが、小さな丘の小さな木の上から目をつぶってジャンプする、という方法です。
転げたあとに、彼は言います。
“Here I am on the moon. The moon looks just like the earth”
木も鳥も地球のとそっくり、なんて言いながら、家に着き、
“Here is a house that looks just like my house. I’ll go in and see what kind of bears live here.”
住んでいるのが熊前提なのが面白いですが、そこに Mother Bearが現れて、このごっこに付き合ってくれます。
“Are you a bear from Earth?”
丘にある木からジャンプしてやってきたというLittle Bearに対して、Mother Bearは、うちのLittle Bearもspace helmetをかぶって地球に行っているところなの、みたいな感じで話にのってくれるという展開。
この展開に既視感があって、そういえば、星新一のショートショートにちょっと類似した話があったなー、と。
小説を読んだこともあるような気がするんですが、たぶん相当前で(学生の頃)で、記憶にあるのはNHKでやっていた「星新一の不思議な不思議な短編ドラマ 『地球から来た男』」の方です。
記憶があやふやだった小説のほうを再確認。自治体の図書館サイトで見てみると、『地球から来た男 (角川文庫)』は貸し出し中。うーん、すぐに借りたい。で、『地球から来た男』を収録した子供向けの『恋がいっぱい (星新一ちょっと長めのショートショート 2)』なら、すぐに借りられたので、こちらを読んでみました。なぜ、『地球から来た男』が「恋」なのかはよく分かりません、今でも。
産業スパイに対する処罰として、ある企業の研究員の手で、テレポーテーション装置により地球外の惑星へと追放された男の話です。
「地球外の惑星」で、われにかえった男は道を歩いていた人が、地球人的な服をつけていること、言葉が通じることに驚きつつ、
「(略)ここはなんという星です」
「地球ですよ」
という会話を経ても、「地球とは”自分たちの住むこの星”という意味ではないか。」という、うまい詭弁をつかって、ここは地球ではないどこかの惑星だと信じ続けます。
持っていた紙幣も使えて、自分の住んでいた都市と同じ名の駅で降り、自分の家と同じ場所に行ってみると、奥さんそっくりの人がいて・・・
つっこみ不在のまま、地球外の惑星での男の人生は続いていきます。
極めつけは、以前は地球で税務署員をやっていて、この星でも税務署員をやっているという、同じ境遇の仲間とばったり出会ってしまうという展開。
行き倒れの現場に、行き倒れの当人を連れて来て、「おいおい、困った人がまた増えちゃったよ」という落語の『粗忽長屋』を彷彿とさせます。
ただ、ちょっと気になるところもあります。この『地球から来た男』、ボケ倒している主人公が繰り広げるコメディと読めばいいのでしょうか。それとも、パラレルワールド的なSFとして読めばいいのでしょうか。まあ、前者でしょうけど。
ちなみにLittle Bearの方はというと、
“Mother Bear, stop fooling.”
と言って、自らのツッコミにより、ボケに終止符を打ちます。

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