カフカの『審判』と『城』は読んだことがありました。ただ、かなり昔で、図書館で借りたものをざっと1回読んだだけなので、ちょっと記憶はあやふやです。
『審判』は、主人公のヨーゼフ・Kが理由も分らぬまま裁判にかけられるという話です。何が法に触れたのかもわからず、逮捕されるわけでもなく、呼び出しに応じて裁判に行っても、それが裁判なのかどうかもよくわからない場で裁かれて、最後はドラマティックな形で刑が執行されてしまうという変な話です。
『城』もまた変な話で、測量士のKが城に雇われるのですが、仕事を始めるどころか、城にたどりつけもしない。道に迷うとか、そんな単純な話ではなく、関係者らしき人にたらい回しにされるというか、論理が通っているんだかいないんだかみたいな人たちの、のらりくらりとした会話に翻弄されるというか、ずっとじれったい感じが続きます。
で、ちょっと前に、『審判』と『城』と並んで、『アメリカ』という作品が、カフカの長編の三部作と呼ばれていることを知り、今回この『アメリカ』を読もうと思った次第です。
ちなみに、最初に『アメリカ (Amerika)』というタイトルで出版されたのですが、Wikipediaによると、
カフカの草稿自体には作品タイトルはなく、ブロートは生前のカフカが「アメリカ小説」と表現していたことに基いてこのタイトルをつけ、これが長い間これが作品名として流通していた。しかしその後、カフカが『失踪者』のタイトルを予定していたことが日記から判明し、1983年の批判版全集以降は主に『失踪者』のタイトルが用いられるようになった。
とのこと。でも、私が購入した角川文庫版は「アメリカ」のままとなっております。
どんな話だろうと、裏表紙を見ると、こんな感じで紹介されています。
年上の女に誘惑され愛されたばかりに、両親にやっかいばらいにされたカール少年は故国ドイツを追われアメリカに渡った。やっとのことでニューヨークの伯父にめぐりあい、面倒をみてもらえるようになったのもつかの間、何とも不可解な理由で伯父の家からも追い出される。追放されつづけるカール少年は放浪の旅に出るが・・・。
軽妙に描かれるカフカ的冒険小説。
たぶんですが、ほとんど人、特にカフカを読んだことない人が、この文章から想像するものとは、全然違うのではないかと思います。
「何とも不可解な理由で伯父の家からも追い出される」というのはその通りなのですが、伯父とのめぐりあいのくだりも不可解です。「冒険小説」というイメージともだいぶ違うような・・・。でも、「カフカ的」と付いているから、これがカフカ的な冒険小説なのかも。
世の中の多くの小説の「不可解」は、理解して楽しむための「不可解」だと思うんですよね。伏線があったり、種明かしがあったり、あるいは不可解が壮大すぎてそれ自体が楽しめるような。
そうしてやらないと、不可解なものは、違和感を与えるだけですから、そんな小説は一般受けしないでしょう。新人だったら、編集者に直されちゃいます。だから、あまり存在しないんじゃないかと思います。
カフカの不可解は、そんな大げさなものではなく、普通の人間との普通のやりとりの中で生まれてきます。出てくる登場人物かどこか変で、ロジックが少し変だったり、職務が少し変だったりします。でもオカルトやSFみたいな大げさな話ではなく、ただ単に登場人物のモノの感じ方や論理や表現の仕方が、ちょっとずれている(ような気がする)。でも、決して狂人ではない。そんな人たちと交渉しなきゃいけない立場の主人公はすっかり疲弊してしまう。でも、主人公さえも、そのちょっと変な登場人物の一人であったりして、読んでいるほうは、「いったい私は何を読まされているんだ?」みたいな気分になります。
第八章の「オクラホマの野外劇場」なんか最たるものでした。職を探しているカールは、オクラホマの劇場の座員募集のポスターを見かけて、志願すべく会場に向かいます。
会場についても、誰が採用の係員なのかよくわからなかったり、それらしい人にあたっても誰が意思決定者なのか判然としなかったり、どういう基準で選考しているかもふわふわしていたり、そもそもカールはどういう職種で雇われるのかも二転三転します。そもそも、オクラホマの劇場がどういう組織で、どういうビジネスをやっているのかも、もやもやしたままです。もやもやしたまま、どうやら採用されたらしいカールは列車に乗せられて・・・
はっきりとオチのついた小説が好きで、もやもやとした気分にさせられるのが嫌いな方には、カフカはお勧めしません。でも、あなたがそのような種類の人間かどうかについては、私の関与するところではなく、私の権限が及ばない類のものであることを、まずはあなたに伝えておかねばなりますまい。

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