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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

宇野千代『三千代の嫁入』、『ランプ明るく』、そして「吟味る」

宇野千代の初期の作品を収めた短編集を、『脂粉の顔』(過去記事)、『墓を発く』(過去記事)、『巷の雑音』(過去記事)と読み進み、次は『三千代の嫁入』です。

まず、入院先から父親が帰ってきます。治ったわけではなく、帰ってからも寝込んでいる状態。この父親がどのように描写されているかというと、
「前よりももっと気短かになった」、
「病気のせいで、父は人の気を洗い立て過ぎる」(他人の考えていることを気にしすぎる、暴き立てるのような意味だと解釈)、
「三千代は昔からの習慣通り、自分の考えをのべる事なしに」、
「三千代の父は、娘を厳格に教育するというよりも、偏頗へんぱな自分の好みから、どこへも外へ出した事がなかった」
のような感じです。「偏頗」とは、考えが偏っている、みたいな意味です。

「厳格な父親」というと、厳しいけれど、言動に筋が通っているようなお父さんをイメージしますが、三千代の父はかなり偏った考えを持っていて、それを家族に押し付けている感じです。

男や父親が今よりも「強かった」時代です。家庭を完全に支配し、暗い影を落としています。このような家庭環境が続いたせいで、

三千代も、ずっと子供のころには外へ出たいと思ったが、そのうちに、外へは出られないものと思うようになり、次第に外を忘れるようになった。そして、見知らぬ人や家に対して、かすかな敵意を抱くようになった。

のような状態です。最初は、反発、逃避しようとするが、しだいに諦めに変わり、最後には感化され、同調するようになる。ある種のマインドコントロールといえるかもしれません。

この父親から、親戚の家(夫は従兄、義父・義母は伯父・伯母にあたる)へ嫁入りするように言われ、例によって口答えすることもなく、嫁入りします。その家庭では、皆が普通にしゃべっており、好きな時に好きなことをし、食事のときには団らんがあります。私たちが思い描く「普通」の家庭です。

かくして、三千代は父親から解放され、明るい結婚生活を送るのでした・・・とは、ならないのが、宇野千代です。

結局、三千代は嫁入り先から、父親のいる実家へ帰ってきてしまいます。伯父さん、伯母さんも好人物として描かれているので、なんで?という感じもしますが、それなりの理由もあったりします。

ただ、仕方なく父親のもとへ戻るという感じでもなく、吸い寄せられるように家へ帰っていく様子が印象的です。あえて、奈落へ落ちていくような。

そこで小説は終わった。と思ったら、次の『ランプ明るく』はその続きなんですね。脱稿日は、『三千代の嫁入』が1925年1月13日、『ランプ明るく』は1925年2月26日となっているので、約ひと月半後に書き上げたことになります。

父親はさらに弱っていて、死を意識し始めたせいか、すっかり大人しくなっています。三千代の母親(若い継母)も、なんだか解放されたような振る舞いを始めます。

これでようやく、ランプが明るくなるのかというと、そんなことはなく、父親は最後の力を振り絞って、三千代や母親たちに「復讐」を試みます。

この父親がよく使う言葉に「吟味るな!」というものがあります。本文には、「人前を繕うな、という意味だった」とあります。人目を気にしすぎたり、見栄を張るのはよくないですが、この父親の基準が実に偏っていて、掃除をして家の中をきれいにしたり、ランプのホヤ(火屋:ガラスのカバーのところ)のススを払うことさえ、「吟味る」に相当するらしいのです。そのために、ランプを明るくすることさえできないという状況が、タイトルの『ランプ明るく』へと繋がるわけです。

この「吟味る」をウェブで検索しても、ほとんどでてきません。古文書みたいなのがヒットしますが、PDFだったりして(無償枠では)ファイル内をテキスト検索できず、本当に「吟味ったり」「吟味らなかったり」「吟味られたり」しているのかどうか分かりませんでした。

唯一、現代の人で「吟味る」を普通に使っている人がいました。写真を見ると堅気とは思えない人相の人だったので、リンクとか張ると殴られるんじゃないかと思いましたが、よく見るとプロレスラーのかたでした。なので、リングで張られるかもしれません。

この柄は好きだけど、、、いらない!! | 石井智宏オフィシャルブログ「石井智宏日記」Powered by Ameba

使われ方は・・・

吟味るなよ!!

お、お父さん? 他にも、「吟味り」という名詞形も用例採取できました。おそらくすでに、現在では使われなくなった言葉だと思われますので、「最も新しい時代の使用例」として歴史的な価値があると思われます。(参考過去記事:「俗語」と「流行語」の違い

巻末の解説を読んで驚いたのですが、この三千代の結婚&出戻りのエピソードは本人の経験に基づいているんですね。

私はここで、「三千代」が「千代」から取った名前であることに気づきました。我ながら鈍すぎます。

以下、《解説》宇野千代の生と文学 より

十四歳の玖珂くが郡立岩国高等学校女学校(現・岩国高等学校)二年生の時、千代は父親の命によって、生母の姉の長男藤村亮一のもとに嫁がされる。それらの日々は『三千代の嫁入』『ランプ明るく』に詳細に描かれるが、『追憶の父』とともに、千代は父親を書き尽くした。

十四歳のときに、特に交流が深かったわけでもない親戚の家に、何の前触れもなく嫁がされるという、現代では考えられないエピソードです。これはきっとNHKの朝ドラ『ブラッサム』に盛り込まれると、予言しておきましょう。

そして、「はて?」(『虎に翼』)や、「たまるかー」(『あんぱん』)のように、「吟味るな!」をNHKが流行語にしようと、お父さんに連発させるが、やっぱり流行らないという予想もしておきましょう。

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