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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

40歳の宇野千代と71歳の宇野千代の私小説

宇野千代のデビュー作を含む短編集を読んだ(過去記事へのリンク)ので、引き続き初期の作品を読もうと思い、宇野千代 – Wikipedia を見てみると、

著作
『幸福』(金星堂、1924年)
『白い家と罪』(新潮社、1925年)
『晩唱』(現代短篇小説選集』(文芸日本社、1925年)
 ・・・

どうやら、『幸福』が次に古そうということで、図書館で借りてみると、なんとそれは1972年に出版された別の『幸福』だった(過去記事へのリンク)ということがありました。48年ずれてました。宇野千代のことをいじった小説『葱』の芥川龍之介(過去記事へのリンク)が亡くなったのが35歳だということを思うと、宇野千代のキャリアのなんと長いこと。

1924年の『幸福』を探すべく、川崎市立図書館のサイトで検索してみたときに、それが収められた全集『宇野千代全集 第1巻(中央公論社)』が所蔵されていることがわかりました。時間がなかったのか、その時は予約せずに、後日予約して、届いた本を見てみると『現代日本文学全集 45 岡本かの子・林芙美子・宇野千代集(筑摩書房)』という別の本でした。再度検索しなおして予約したときに、違う本を選んでしまったようです。宇野千代の全集で古いやつ、というアバウトな覚え方で選択したのが災いしたようです。

せっかく借りたので、返す前に1つくらい読んでおこうと思い(全集って読み終わる気がしないくらいギチギチに字が詰まっていたりしますよね)、単行本や文庫に入っていなさそうだった『未練』という短編作品を読んでみましたところ・・・、デジャブ?

前述の1972年の『幸福』に収録されている『この白粉おしろい入れ』に出てくるシーンとそっくりな箇所がありました。

該当箇所は、『未練』(1936年:宇野千代は40歳)の3章と4章(長さ的には「節」くらいだけど、最上位の階層だったので「章」と呼んでおきます)、「新吉」のモデルは画家の東郷青児、「加代子」のモデルは宇野千代です。

それに対応するのは、『この白粉入れ』(1967年:宇野千代は71歳)の7章で、東郷青児は「あの人」として、宇野千代は「私」として登場します。

使っている言葉や言い回しはかなり相違がありますが、ストーリーを構成する部品がほぼ同じです。

加代子(私)は、新吉(あの人)の絵を売るために、一人で大阪のホテルに長期滞在しています。そこで絵を買ってくれる男性と恋愛関係になります。そこに、新吉(あの人)から、急に大阪に来るとの電報を受取り、あせります。

「ゴゴ六ジ、ウメダツク、シンキチ、」 ―『未練』

「ゴゴ四ジツク。ソチラデマテ」 ―『この白粉入れ』

慌てて、大阪の男の痕跡を消したりして、新吉(あの人)と会うのですが、うまく嘘をつけず、いろいろと口走ってしまいます。

「八号が五枚売れたわ。」そう言ってから、加代子はしまったと思った。「誰が買ったんだ?」 ―『未練』

「昨日一ぺんに四枚売れたのよ。(略)」「何をする男だ。」 ―『この白粉入れ』

新吉(あの人)は何か感づきつつも、二人は神戸の画廊を訪ねたあとに、食事に行きます。

国道へ出た自動車の中で、新吉の顔は見えなかった。神戸の画商に預けてある画の売れ具合を訊きがてら、南京街で志那飯を喰おうというのだった。 ―『未練』

しばらく経ってから唐突に、「神戸で飯を食おう、」と言って歩き出しました。神戸にもあの人の絵の預けてある画廊があったのです。私たちは車で神戸まで行きました。 ―『この白粉入れ』

その後、新吉(あの人)は、加代子(私)に靴を買います。

いま画商で受取ったばかりの新しい紙幣を加代子に渡して、靴を買わせた。 ―『未練』

そして、画廊で金を受取ると、あの人は途中でショーウィンドウを見て、私のために新しい靴を買いました。 ―『この白粉入れ』

新吉(あの人)は、加代子(私)の話に男の影を感じたせいか、機嫌が悪くなり、黙ったまま、長い距離を歩くことになり、

「ねえ、」(略)「あたし、足が痛いのよ、」 ―「未練」

「ねえ、お願い。あたし、もう歩けないわ。靴が痛いのよ」 ―『この白粉入れ』

加代子(私)が滞在しているホテルにつくと、新吉(あの人)は不貞の証拠を見つけようと、フロントで帳簿をめくって、男の名前を見つけようとします。

田邊加代子と書いた乱暴な男文字のところまで来ると、ぴたりと眼を据えて、しばらくじっと動かなかった。 ―『未練』

私の筆跡ではなく、確かに男の手だと分かるその人の筆跡で、大きく、乱暴に書いてありました。(略)一分間くらい、あの人は帳簿を持ったままでいました。 ―『この白粉入れ』

二人がぎくしゃくしているときに電報が届き、新吉(あの人)は急遽東京に戻ることになり、その前にビジネスの話をします。

「あと、画は何枚ある?」(略)
「十二号と四号の風景が三枚」とうとう新吉が口を利いたという歓びは、(略)「君は二三日残って、出来次第、電報で連絡をとってくれ。」 ―『未練』

「おい、あと絵は何枚ある。」「六枚あるわ。」「明日にでも売れるね。売れたら電報為替にするんだ。」 ―『この白粉入れ』

他人の小説だったら盗作だとか言われそうなくらい似てますが、本人の48年前の作品ですからね。編集者が慌てて、「先生、それ、もう書いてますよ!」と、ならないのは、私小説だからでしょうか。自分の体験をベースに脚色を加えて作品にしているということになると、1つの体験に別の味付けをして、異なるの作品を作り出すということもあるのでしょう。

高齢の大御所になると、「あ、またこの話書いてる」ってことに編集者が気づくことが、ままあるけど、誰もつっこめないし、出版側も大して気にしてない、なんて話を聞いた記憶があります。でも、誰がどこでしていた話かも覚えていないくらいなので、話半分で。

この二作については、『未練』が出来事からあまり時間が経っていない頃のスナップショット、『この白粉入れ』はもっと長期間にわたる回想という形ですから、全体の構成で言うと全然ちがう構成になっています。

そういえば、『この白粉入れ』には、同じ短編集に収録されている『行く』という掌編のエピソード(千代と同居していた青児の子供と30年ぶりに再会する)も含まれていました。

短めの作品で扱ったエピソードを再利用して、別の長めの作品の部品にして、全体を再構成するというやり方は、宇野千代がよく使う方法なのかもしれません。

コメント

“40歳の宇野千代と71歳の宇野千代の私小説” への1件のフィードバック

  1. […] 私小説といえば、最近読んだ中では、宇野千代の作品が衝撃的でした。30年を経て書かれた別の作品に、ほとんど同じプロット(40歳の宇野千代と71歳の宇野千代の私小説)。これは実体験をほぼそのままベースにしているということなのでしょう。でなければ、ものすごいマンネリです。 […]

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