Audibleは魅力的なサービスです。ぜひ利用したいところですが、経済的な余裕のない私は、図書館で借りたオーディオブック(CD)を聴くのでした。
又吉直樹氏の『火花』を見つけました。『花火』ではないし、出版社は「ぶんじゅくじゅんじゅう」でもありません。たしか、何かの賞をとっていたはずです。名前から言って、直木賞にちがいない、などという冗談は100万回くらい発せられていそうだから、今回は言わない。いや、もう言ってしまっている。
4枚組になっていて、それぞれ別資料扱いになっているため、いっぺんに借りることができません(この図書館では視聴覚資料は1回2点まで)。4枚組って、文庫本よりかさばるじゃないか、何の罰ゲームだよ、mp3かなんかに圧縮して1枚に入れてくれ、と思うようなモノグサな人のためにAudibleのようなサービスがあるんだろうと思うと、文句は言えない。いや、もう言ってしまっている。
朗読しているのは堤真一さんでした。なのでAudible版と同じ音源だと思います。関西弁の台詞がほとんどなので、兵庫県出身の堤さんを起用したのはぴったりだと思います。よそもんが、関西弁つこてるのなんか、聞いてられへんもんなあ。ね? 聞いてられないでしょ。でも、金鳥のCMの長澤まさみさんの関西弁は好きです。ぞんぞんします。ぞんぞんは何弁でしょうか。ここではいい意味です。
そして、新しい発見がありました。『火花』の朗読をスマホに入れて、最寄り駅まで歩いている間に聞いていると、Audibleに毎月1500円払っているような、そんな気分に浸れました。ちょっとつぶやけば、さらに気分は盛り上がります。「人はAudibleを聴くと、通勤時間がお笑いライブ会場になるらしい」とかなんとか。オーディブルの「ブル」とフレンチブルドックの「ブル」がかかっていることに気づいたときには、膝を打ったものです。しょーもなっ、と。
『火花』はすでに1回読んでいました。芥川賞受賞で盛り上がって、その後、ほとぼりが冷めて、図書館でも借りやすくなった頃に。つまり、綾部さんがアメリカに行く、ちょっと前です。
一度読んでも、内容はほとんど忘れていたので、もう一度楽しめました。この調子なら10年ごとに何度でも楽しめそうです。妻も読んだと言っていたので、ちょっと感想を聞いてみたのですが、豊胸のくだりは覚えていないとのこと。「じゃあ、逆に何だったら覚えているの?」と聞きたかったのですが、喧嘩になるといけないので、ぐっと飲み込みました。
読み終わったあとで、 又吉直樹(またよし なおき)-芥川賞受賞作家|芥川賞のすべて・のようなもの を見直すと、また楽しめます。
高樹のぶ子氏の評に
優れたところは他の選者に譲る。私が最後まで×を付けたのは、破天荒で世界をひっくり返す言葉で支えられた神谷の魅力が、後半、言葉とは無縁の豊胸手術に堕し、それと共に本作の魅力も萎んだせいだ。
とあって、そうそう、豊胸のところいるかなあ? と私も感じたのを思い出しました。でも、今思うと、神谷先輩の異常性(変態性)を際立たせるためには、これくらい意味の分からないエピソードを入れておくのもよかったのかもとも思いました。
私が好きだったのは、神谷先輩が徳永(主人公)の髪形や服装をそっくり真似するエピソード。真似しないでくださいよ、というツッコミ待ちではありませんでした。神谷先輩にとっては笑いと直接関係のない髪形や服装は頑張るところではなく、単にかっこいいと思ったからそのまま真似していたという理由が、あとから明かされます。これを例えるのに、定食屋で人が食べているもの見て、おいしそうだから同じものを注文するくらいの感覚、という表現がされていました。「真似するな」とか、「オリジナリティがない」とかそんな風にはならないですよね。神谷先輩にとっては、服装とか髪形はそういうものだったという話。
前述の芥川賞のサイトを見ていて、再発見があったのは、小川洋子氏の評での「天才気取りの詐欺師的理屈屋、神谷の存在」という表現です。私は、「世に受け入れられない天才的な漫才師」みたいな先入観を持って読んでいたので、あー、そうか、本当にしょうもない芸人に心酔してしまった主人公の話、と読めなくもないなあと思いました。
ニュートラルな状態で一度読む、他の人の意見を見る、もう一回読む(聴く)というのは、なかなかおすすめの流れです。


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