私の読書感想文ルール: 一つ、それぞれの「篇」について書いてもよい
平井 正穂訳のガリヴァー旅行記を読んでいるんですが、
- 第一篇 リリパット国渡航記
- 第二篇 ブロブディンナグ渡航記
- 第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記
- 第四篇 フウイヌム国渡航記
となっていて、今回は第三篇のラピュータ他です。つまりラピュ他です。各篇 盛りだくさん過ぎて、ガリヴァー旅行記の感想文と言っても、どの国のどの話を取り上げるのかが難しいところ。だったら、各篇ごとに書いてもいいじゃないかというわけです。
第一篇は 小人国(過去記事)、第二篇は巨人国(過去記事)、一つ飛ばして、第四篇は、知的な馬「フウイヌム」が支配し、野蛮な人間「ヤフー」を家畜として扱っているような国。
一、二、四は出てくる「国民」のクセが強めで比較的分かりやすいです。でも、第三篇は一言では言いにくい。5個も国が出てきます。おまけに日本まで出てきます。以前1回は読んだはずですが、ガリバーの日本訪問についてはまったく記憶がなく、今回読んでみて納得しました。ほとんど通過しただけで、事件らしい事件もおきず、変な国民性や風習などもあらわれませんでした。踏み絵がちょっとネタになっていたくらい。
第三篇に出てくる「ラピュータ」といえば、あの宮崎駿の『天空の城 ラピュタ』の名前の由来になったものですが、ウィキペディアに書いてあるように、
劇中に空飛ぶ島の物語を空想した人物としてスウィフトの名前も出てくるが、名前の借用以外は『ガリヴァー旅行記』との関連はない。
のだそうです。たしかに、読んでみても、それらしいものは見つかりませんでした。シータも、ドーラも、「バルス!」も出てきませんでした。
空飛ぶ島のラピュータに住んでいる支配者層が治めている地上の国が「バルニバービ」です。このバルニバービでは研究が盛んで、様々なものが研究されているんですが、トンデモ研究というか、ポンコツ博士というか、そんなんばっかり。しょうもないアイデアとか新しいものには飛びつき、伝統的なものを迫害し排除するようなバルニバービの国民性が、スウィフトがいろいろと風刺を乗せたかったとこなんだろうなと思いました。けっこう長々と書いてあったし。
数々の変な研究が出てきます。例えば、
研究所に着任以来この老人は、人糞をもとの食料に還元する実験を自分の仕事としてきた。人糞をそれぞれの成分に分解し、胆嚢からえた色素を除き、臭気を蒸発させ、唾液を掬いとるのがその仕事だそうであった。彼は、毎週、ブリストル大樽くらいの大きさの容器になみなみと入れられた人糞の配給を、研究所から受けていた。
「食料に還元」できたとて、ですよ。還元したあと、どうするんでしょうか。私はこれ以上考えたくはありません。
他にも、胡瓜から太陽光線を抽出する研究とか、家を屋根から作り始め最後に土台を作るという施工法を開発したという建築家とか、盲人に手触りと嗅覚で色を調合させる研究とか、畑に豚の好物を埋めて、それを掘り起こさせることで耕す労力を軽減する研究(埋めるのは耕すより労力がかかるというオチ)とか。
ただそんな中に、蚕の代わりにクモを使うという研究があって、
やがて、彼は、蜘蛛という家の内で飼える昆虫がこんなに沢山いるのに、世間の人々が蚕を飼うといった誤ちを永い間犯してきたことは残念だ、と言った。蜘蛛は紡ぐのもうまいが織るのもうまい、だから蚕よりも遥かに優れている、とのことであった。
これに関しては、とんちんかんな研究というよりは、むしろいい線をついてきているような気がしています。というのも、『カラー図解 アメリカ版 新・大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学』をちょっと前に読んだときに、P134「生命を研究する:クモの糸を作る」に、以下のような記述を見つけまして、
クモの糸は知られる限り最も強い素材の1つであるが、大量に得ることはきわめて困難である。産業界の生物学者は遺伝子エンジニアリングを用いてそのタンパク繊維を作っている。彼らは蚕(衣類で用いられる絹糸を作る昆虫の幼生)に、強力なクモの糸―絹糸の複合繊維を作らせるのである。
(略)
クモの糸はその二次構造のおかげで大変強いタンパク質ベースの資材である。人間が利用するためには、この繊維を大量に獲得することが望ましい。クモは巣を張るために糸を紡ぎ出すが、その量は人間が利用するのには不十分である。蚕は衣類で用いられる絹糸を豊富に産生するが、絹糸はクモの糸に比べてはるかに弱い。ワイオミング大学のランディ・ルイスによって率いられる科学者の国際チームは、クモの糸―絹糸の複合繊維を大量に作らせるべく蚕に遺伝子操作を加えた。それからこれらの繊維の性質を試験し、本来のクモの糸の性質と比較した。
クモの糸は強く、用途によっては非常に有用だが、いかんせん量がとれない。蚕はたくさんの糸を産生することができるので、遺伝子操作でクモの糸と同じ材質の糸を作り出す蚕をつくればいいのではないか、という発想です。
ガリヴァー旅行記は芥川龍之介の愛読書の一つだったようですが、『河童』だけでなく、『蜘蛛の糸』(青空文庫へのリンク)も、この旅行記から着想を得た、なんてことはさすがにないでしょうね。
でも、クモの糸の丈夫さを、この小説以上に語っているものはないんじゃないですかね。だって、犍陀多の重さだけでなく、
罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。
・・・なんてことになっています。一時的(犍陀多が独占欲を出すまで)とはいえ、すごい人数の重量を支えていたのですから。
話をガリヴァーに戻しまして・・・
スウィフトはきっと、クモの糸を絹の代わりに使うなんてのは、実現しないことだと思って、数々のトンデモ研究の中にこれを入れたのでしょう。まさか300年後に彼が考えたのと同じような着想の研究が実用化されることになろうとは、夢にも思っていなかったでしょう。
300年も経てば何が起こるか分かりません。ということは、もしかして、「人糞」のほうも、そのうち・・・


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