BookBookerBookest

勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

投稿者: 管理人

  • 『国宝』を撮る25年前の李相日監督の映画も紹介『12歳からの映画ガイド』

    『12歳からの映画ガイド』佐藤忠男著、タイトルだけ見て、借りて読みました。まさか50歳を過ぎたおっさんが読むとは著者も思っていなかったでしょう。

    若い人に向けた口調で、語りかけるように映画が解説されています。小中高生でも読めるように振り仮名も多めです。4ページが1つの単位になっていて、前半3ページで必見の1本、残り1ページに追加の3本、という形で紹介されています。

    紹介されている作品は邦画・洋画、時代問わず、かなり多岐にわたっています。1920年代の無声映画もあれば、2000年代の映画(本書が出版されたのは2007年)もあります。洋画もアメリカやヨーロッパだけでなく、インド、トルコ、イランなど多彩です。「12歳からの~」というタイトルではありますが、子供向けの映画はほとんどなく、12歳の少年少女がこの本を片手に次に見る映画を選んでる姿はあまり想像できません。『桐島、部活やめるってよ』の前田涼也や武文のような映画マニア青年なら、ありそうですが。

    読み進めていると、『あおChongチョン』という作品の紹介があり、監督名を見ると、「李相日」。って、あの『国宝』の! 本文を読んで、またびっくり。

    この本を書いている私、著者の佐藤忠男はいま日本映画学校という学校の校長をしている。(略)

    「青~Chong」という映画は李相日リ・サンイルという学生が自分で脚本を書き、監督もして作った劇映画である。彼は日本で生まれた在日三世で、高校は朝鮮高校に行った。この映画はその経験をもとにしてストーリーが作られている。非常に出来が良かったので映画祭などでたくさんの賞をとり、映画館でも上映され、外国でも上映された。そしていまではDVDで売り出されている。

    日本映画学校といえば、今の日本映画大学ですね。卒業生は、ウッチャンナンチャン、出川哲郎、バカリズム、狩野英孝、ニッチェなどなど。つまりNSCみたいなもんです。・・・ちがいました。監督、脚本家、俳優なども多数輩出しております。

    著者についても前提知識がなかったので、そんな映画教育界のドンみたいな人なのかー、と驚きました。あー、だから若い人に向けた本書を書いたのね。納得です。

    話は変わって、重箱の隅をつつくようですが、みんな大好き『ニュー・シネマ・パラダイス』の紹介ところで、

    どんな田舎にも映画館があった頃のイタリアの田舎町の話。男の子のアルフレードは映画が大好きで、もう映画館に入りびたる日々だった。

    いやいや、「アルフレード」は、映写技師のおじさんのほうっ!

    まあ、男の子ではあるし(最近の「女子」の広義化に準じる)、映画館に入りびたってはいるけど(仕事で)。

    男の子の名前は「トト」ですね。愛称ですが。

    ということで、改定増補版が出る場合は上記の修正よろしくお願いします。あと、『国宝』の紹介も追加しときましょう。

  • 『漫才過剰考察』に『ザ・カセットテープ・ミュージック』を見る

    令和ロマンの髙比良くるまさんが書いた『漫才過剰考察』を読みました。読む人を選びそうな本です。まず、M-1グランプリを見たことがない、これからも見るつもりがない、という人は読まないほうがいいでしょう。

    令和ロマンが1回目に優勝した2023年のM-1見ましたか? 2023年の優勝の経緯について語られていた箇所からの引用です。

    令和ロマンからシシガシラさや香カベポスターまでなんとしゃべくり漫才4連発。

    そしてマユリカヤーレンズ真空ジェシカと漫才コントが3連発。

    最後にダンビラムーチョくらげモグライダーのシステム系漫才3連発。

    ここに出てきた10組のコンビ名、すべて知っていて、顔が思い浮かぶという方: 合格です。読んでよし。

    この年のM-1の放送を見たけど、2、3組だけ顔と名前が一致しないぞという方: 私と一緒です。読んで勉強してください。

    この年のM-1の放送を見たけど、1組も覚えていないぞという方: たぶん見てません、、、、、。もしくは、物忘れ外来へ。(こんなこと書くと最近は怒られるのでしょうか)

    ちなみに引用した箇所は、同系統の漫才が続いてしまい、いかに笑神籤えみくじの順番が失敗の年だったか、ということへの言及でした。

    M-1に限らず、芸人の名前、ネタの内容、どのような意味があり、どう影響を与えたか、みたいな話が結構出てきます。この時に、芸人の名前も代表的なネタも全く思い浮かばないという状況だと、さすがに読んでて面白くないと思います。

    私の場合、割合で言うと、芸人さんもネタもピンとくる50%、おぼろげに分かる40%、ちょっと何言ってるか分からない10%、中道改革連合を支持する0%という感じでした。

    理想的には、よく知らない芸人さんやネタが出てきたときに動画で確認しながら読めると、定年後のよい暇つぶしになると思いました。まだ定年してないですけど。

    髙比良くるま氏はかなりの「分析おたく」だと感じました。芸人さんだったら、笑いの流れとかセオリーとか型を意識しているの当然だとは思うのですが、彼の場合もっとメタな時代の流れ、会場や客層の与える影響などを考察して、それに対策を立ててM-1に臨み、そして実績をあげてきたというすごみがあります。

    彼の文章には仮説がたくさん散りばめられています。これが原因でこういう結果になったのではないかとか、こうすればこうなるはずだ、のような。人間(芸人も客も)がやることですから、そんなに単純にはいかないでしょうし、すべてが正しいかもわかりませんが、だとしても仮説を立てないことには、議論も深まらないし、対策も立てられないので、これは非常に大切なことだと思います。

    演者だけでなく、見る側も対策を立てるべきです。なぜ笑えなかったのか、なぜすべらせてしまったのか、これをよく考えてM-1視聴に臨まなくてはいけません。予選や過去ネタで勉強するのも一つですが、知っていればいいというものでもありません。ネタバレが大爆笑の邪魔をしているかもしれないなら、予選は一切見ないなどの対策の可能性もあります。余計なノイズに邪魔されたくないなら、録画して、CMもスキップ、審査もスキップして見ると集中できます。ただ主催者には嫌がられそうです。観客側の対策は、より高難度なのかもしれません。

    さて、この「ものごとを過剰に考察する」感覚、なんだか既視感と思ったら、「ザ・カセットテープ・ミュージック」(BS12の伝説の番組。「伝説」は私認定)でした。音楽とお笑いとジャンルは違えど、マキタスポーツ氏、スージー鈴木氏と共通するにおいを感じました。加齢臭です。ちがいます。考察に対する情熱です。

    昔の曲を振り返ったりする番組が好きでよく見るんですが、地上波でやっているやつって、司会やゲストが「この曲が好き」だの「歌詞が魅力的」だのと賑やかにやっているんですが、考察はしていないんですよね。

    ザ・カセットテープ・ミュージックでは、なぜ売れたのか、なぜこのメロディーに惹かれるのか、なぜこの時代にこのジャンルがヒットしたのかなどを、コード進行、洋楽や他ジャンルからの影響、歌い手だけでなく、作曲・作詞家、ときには編曲家での切り口など、いろんな角度で仮説を立て、考察するんです。だから面白い。

    お笑いも分析的な視点で見ると、また違った楽しみ方ができるのではないかと思います。「面白かった」とか、「いまいちウケてなかった」とか、そんな結果だけじゃなくて、なぜ面白かったのか、なぜすべったのか、どうすればより爆笑を引き出せたのか、そういう部分に注目することで、新たな魅力が出てきます。

    どこかのテレビ局でやってくれないでしょうか。何組かのネタを紹介して、VTRを見たあとに、それを解説する。時代背景や客層の変化、上沼恵美子(注:淡路島の所有者)の表情などにも触れながら、大切なポイントはリプレイで振り返り、笑いの構造と原理を理解する。お笑い好きも、かけ出しお笑い芸人も、お笑いを目指している学生も見るんじゃないかと思います。放送大学あたりやれないでしょうか。担当講師はもちろん髙比良くるま先生で。


    2026年3月29日 追記
    もう一つ書きました。
    テレビ番組は面白くない人たちが作っている


  • 塩田武士著『踊りつかれて』の感想文

    社会性のある小説とエンタメ小説が両立するんだなあという印象です。『踊りつかれて』(塩田武士 著)の内容を全く知らない状態で、この記事を読むことになる人は皆無だろうと思い、アマゾンの商品紹介に書いてあるような内容は省略します。これ読むだけで、ぐっと引き付けられます。

    「宣戦布告」によって個人情報を晒された「被害者(兼加害者)」、彼らの個人情報を晒した「被告人(兼被害者)」がどうなっていくのか、何が正しいことなのか、ということは、まず最初に興味が湧くところで、私がこの本を読みたいと思ったのも、そこがきっかけです。予約待ちが長かったために(『踊りつかれて』の前に『罪の声』)、期待はかなり高まっておりました。

    平穏な暮らしをしていた「一般人」が、過去の軽はずみな言動によって、加害者から被害者に立場が逆転する。自分が安全圏からやらかしていたことの重大さを思い知らされ、そして新たな生贄である彼らを攻撃する、さらなる加害者の登場。

    ネットによる情報の発信、受信、便乗がどんな結果をもたらすか。SNSを使い始める前の教科書にしてもいいくらい。読んでて重たい気分になるのは、小説の中の出来事が全くの空想から生まれたものではなく、現実で起きてもおかしくないこと、すでに起きていることなのではないか、そのような現状に対する著者のメッセージがひしひしと伝わってくるからです。

    巻末に列挙されている参考文献を見れば、この小説がノンフィクションをベースにしたフィクションであることが分かるでしょう。

    小説内では違う名前になっていますが、「ザ・ベストテン」「夜のヒットスタジオ」世代の人にとっては、そうそう、こんな感じだったとか、そんな裏側があったのか、などとちょっと違った楽しみ方もできます。もちろん、フィクションとノンフィクションの境目は意識しなきゃいけませんが。

    あと、『FOCUS』『FRIDAY』『FLASH』など写真週刊誌の全盛期の時代感覚とか。今の常識では信じられないようなことがまかり通っていました。当時のことを知らない人は 写真週刊誌 – Wikipedia を読んでみてください。自殺したタレントの遺体の写真を載せた出版社もありました。感覚がおかしくなっていたんでしょうか。さすがに、それはナシだろうって世の中の流れもあったけど、出版社が過当競争で舞い上がってしまうほど、写真週刊誌は売れていたし、当初は読者も「一般人」の権利だと考え、それを楽しんでいたんですよね。

    ネットが出てきて人が邪悪になったんじゃなくて、昔からだったんですよ。大っぴらにならなかっただけで。ネットによって、いろんな面が見えやすくなった。あと、簡単に引き金を引けるようになってしまった。こんなにも簡単に人を罵ることができるようになるとは。でも、そのような現状を憂う「正しい人」のような顔もできなくなってしまいます。この本を読めば。

    小説中で、被告人は告訴人(捏造情報をばらまいていた人)を強く断罪するわけではなく、何があったのかを感情を抑えて丁寧に伝えようとします。インターネットを介した情報被害について、どのような手段があるか問われたときのやりとりですが、自戒の意味を込めて、そこを引用して終わります。

    情報の正確性、表現が過剰でないかなどを意識してブレーキを踏んでほしいという内容を伝えたあとに、こう語ります。

    「既に炎上している事柄に便乗しそうになったときにも、ブレーキは必要です。『憂晴うさばらしに人を利用していないか』『追い込まれる実在の人間を想像できているか』と自問してほしい」

  • 登場人物を固有名詞で呼ばない『サイレントシンガー』

    全くの前提知識なしで読みました。小川 洋子さんの『サイレントシンガー』。普通、本を読むときって、「読みたい!」と思ってから入手するものなので、前提知識なしで読むことはほとんどないと思います。私の場合、妻が図書館で借りた本を、何のフィルターも加えずに読むことによって、これを実現しています。そうです、私は内容を確認せずに「日替わり定食」注文できるタイプです。

    ドヴォルザークの「家路」がけっこう重要なポイント(別にミステリーじゃないけど)になっています。読み始めてすぐ「家路」と聞いて、ドヴォルザーク交響曲第9番の第二楽章のあれが出てこなくて、知らない曲なのかもと思っていました。話が進んで、どこかで(役所の人が依頼するところだったか)、「ドヴォルザーク」という名前が出てきて、あれかー、と。

    というのも、自分が知っている歌詞と違ったんですよね。私の中で、ドヴォル9-2と言えば、♪遠き山に日は落ちて♪ なんですよね。

    遠き山に日は落ちて 歌詞 – 歌ネット

    歌詞がウェブで確認できるって便利ですね。「明星」とか「平凡」の歌本って今もあるんでしょうか。

    作品中では違う歌詞があてられていたので、ピンとこなかったのですが、あの歌詞は別の作詞家によるものなのでしょうか? 小川洋子さんのオリジナルでしょうか?

    「調べれば?」という声が天から聞こえたので、調べてみますと、私が知っていた「遠き山に 日は落ちて・・・」は堀内敬三氏が作詞したもので(前記のリンク)、『サイレントシンガー』に出てきた「響きわたる 鐘の音に・・・」は野上彰氏が作詞したものでした。Wikipediaに書いてありました

    歌詞は↓こちらにありました。

    家路 Goin’ Home 歌詞の意味 和訳 原曲 ドヴォルザーク

    前者は学校で習った記憶があるので知っていたのですが、後者を含め多数の日本語の歌詞がつけられていること(Wikipedia参照)は知りませんでした。(調査&感想 おわり)

    『サイレントシンガー』のタイトルの通り、主人公のリリカは歌うことを生活の糧の一部としています。歌うのに「サイレント」とはどういうことでしょうか? 声を出さないわけではないですよ。それは読んでのお楽しみ。

    これを読んで、誰にも意識されない歌声に思いをはせるようになりました。そもそも「聴く」ことが主目的にはなりえないシチュエーションだったり、歌は聞いていても、誰が歌っているかには注意が払われない用途だとか。

    着ぐるみの中の人を連想しましたね。ディズニーランドではしゃいでいるひとは、キャラクターの中の人のことは、もちろん考えないですよね。考えないのが正しい楽しみ方です。だから、リリカの歌が、リリカのことを全く意識しない人たちに消費されていくのも、それは正しい利用のされ方であると。じゃあ一体、リリカは誰に向けて歌おうとしているのか、というあたりは読みどころです。

    読んでいて気づいたのが、出てくる人名が極端に少ないということです。人が出てこないという意味ではなく、固有名詞として出てこないというところです。

    「リリカ」以外では、出てこなかった気がします。「おばあさん」「老介護人」「毛刈り担当さん」。アカシアの野辺の人たちについては名前を知らないという可能性もあります。いや、名前に意味はないということかもしれません。

    でも、そこそこ親しくなる、しかも野辺の人ではない「料金係さん」の名前が出てこないあたりを考えると、かなり意図的なのだと思います。この、すべての人を役割で呼ぶという、現実味のない表現が、この小説のふわっとした雰囲気を醸し出しているのかもしれません。

    あ、でも、固有名詞が出てくるキャラクターもいました。忘れてました。

    ためらっているリリカにはお構いなしに、先生は続けた。

    「歌うアシカ。名前はジョーよ」

    それは水族館のアシカショーで、歌を披露する仕事だった

    アシカは歌えないので、ジョーは歌っている仕草だけを芸として披露し、リリカが歌をあてるという仕事です。

    そして、今気づきました。これってもしかして、「あしたのジョー」とかかっているのでしょうか。どうでもいいことですが、なんだか無性に誰かに言いたいです。でも、もしそうだとしても、私は沈黙を守ろうと思います。

  • 映画『初恋のきた道』とマドロスえいじの「マニアックものまね」

    今回見た映画は、『初恋のきた道』(チャン・イーモウ監督)です。BSトゥエルビでやってました。タイトルは知っているけど見たことない映画の一つでした。こういう渋い映画のチョイス好きです。

    そして、『初恋のきた道』といえば、発音するときにちょっと緊張してしまう女優ナンバーワン(私調べ)のチャン・ツィイーです。「ツィイー」と口にするたびに、自分の発音は合っているのだろうかと心配になります。だいたい、ちっちゃい母音のあとに大きい母音なんて発音は、「ぁあああ、なんてことを!」みたいなときにしか出てきません。(私調べ)

    チャン・ツィイーさん本人が「みなさんこんばんは、チャン・ツィイーです」とあいさつしている動画があったので、これを見て、練習して、コンプレックスを克服していただければと思います。すっかり大人になっていてびっくりしました。

    この映画を見たいと思っていた理由の1つとして、ウクレレえいじさんの「マニアックものまね」があります。皆さんもちろんご存じだと思います。万が一知らない人のために、どんなものかお見せしたいところなのですが、なかなかいい素材が見つかりません。

    YouTubeで見つけました。なんと音声だけです。そして、このものまねには台詞がありません。

    ♪マニアックでごめんね、微妙でごめんね♪
    映画『初恋のきた道より』チャン・ツィイー。

    (無音)

    (お客さんの笑い声)

    という、一瞬ネットの接続が切れたのか?と思ってしまうようなコンテンツとなっております。アップした人は不安にならなかったのでしょうか。Spotifyにも同様のコンテンツが登録されています。アップした人は・・・(同上)

    ・・・と思っていましたところ、わたくしの録画ライブラリーの中に、ウクレレえいじ 改め マドロスえいじが、このものまねを披露しているものがありました。誰もが知っている大人気番組「みうらじゅんのザ・チープ」です。万が一知らない人は、こちらのサイトを見てみてください。

    「みうらじゅんのザ・チープ」特設サイト | 衛星劇場

    万人をターゲットにしたがゆえに、エッジがなまくらになった地上波の番組に飽きた人におすすめです。「みうらじゅんのザ・チープ」は、「作る側も見る側も老人の番組」である「老老番組」と銘打たれています。あなたにぴったりです。

    この番組で、なぜ「マドロスえいじ」を名乗っているかについては、みうらじゅん氏の自身のマイブーム(©みうらじゅん)が「マドロス」に向いたときに、「ウクレレえいじ氏が1年間マドロスえいじとして活動する」という旨の契約をかわしたという話をどこかで聞いたような記憶があるのですが、わたくしも老いるショック(©みうらじゅん)の年頃なので、定かではありません。うそだったらごめんなさい。

    どんなものまねなのか、どうしても伝えたいので、キャプチャ画像を貼らせていただきます。十分に宣伝しましたので、フェアユースということでご容赦を。法廷でお会いしたくはありません。

    ちょっと、はにかんだような仕草を見せます
    くるっと回ります
    笑顔でしめます

    そろそろウクレレえいじ氏に興味がが湧いてきたことと思います。そんな方は以下のサイトをチェックしてみてください。

    ウクレレえいじ | 芸人紹介 | 一般社団法人落語協会

    輝かしい受賞歴です。

    2008(平成20)年
    『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 第13回大会』 優勝

    2015(平成27)年
    『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 第21回大会』 準優勝

    2024(令和6)年
    『第27回みうらじゅん賞』 受賞

    そして、なんと2006年にはみうらじゅん氏により「人間僕宝」に認定されています。映画『国宝』公開の19年前に、すでに「僕宝」となっていたのです。

    そんなウクレレえいじ氏を生で見たい方は、以下をチェックしてみてください。

    「居島一平の 別冊お笑いウイークエンダー」vol.6

    高円寺で電撃復活したライブ
     今回テーマは「あの芸人、実はこんな本を読んでいた」
    各人それぞれ偏愛する著者、ジャンルにまつわるエピソード、
    胸熱で語り倒します。

     於・本の長屋 本店・本屋の実験室(コクテイル書房左隣)

    出演者 居島一平 / しゃばぞう / 倉富益二郎 / ウクレレえいじ
    開催日 2026年04月17日(金)
    会場  本店・本屋の実験室(東京都)

    えーと、何の話でしたっけ? そうだ『初恋のきた道』でした。

    チャン・ツィイーがくるっと回るような、ウクレレえいじ氏のものまねのシーンを見つけることはできませんでした。満員電車の中で見ていたので見逃してしまった可能性もあります。もしかしたら、テレビ放送版でカットされていたのかもしれません。

    「みうらじゅんのザ・チープ」第1回の「マドロスえいじの一発芸口座」で、志村喬(映画『七人の侍』の侍のリーダー役)のものまねを披露したマドロスえいじ 助教授(番組での設定)は、

    本当はあんなに大袈裟にやっていないんです

    と、「マニアックものまね」の基本は「作品イメージに合わせデフォルメする」ことだと語っておられました。

    稲城市立図書館にはDVDが所蔵されていたので、問題のシーンの元ネタはどこなのか、再度ノーカット版で確認したいと思います。『初恋のきた道』を見倒したという方で、心当たりがある場合はご一報を。

  • 「俗語」と「流行語」の違い

    今回読んだのは、『俗語発掘記 消えたことば辞典』(米川 明彦 著)。表紙の装丁には「ガチョーン」「ヤンエグ」「ぬれ落ち葉」「チョベリバ」などと書かれているので、流行語を面白おかしく紹介してある本だろうと思っていましたが、実はかなりマニアックで学術的な価値が高い本だと感じました。

    というのは、「まえがき」にも書かれているのですが、

    「辞典」と銘打っているものに、エッセイ風の読物がしばしば見られるが、本書では、限られたスペースにできるだけ、上記のようなことばの辞典の要素をつめこんだ。中でも実際の用例は重要な情報を含むので、すべて筆者が収集した用例を、これでもかというくらい入れた。

    「上記のようなことばの辞典の要素」とは、

    いつから使われているのか、いつ頃まで使われていたのか、誰が使っていたのか、どんな使い方をしたのか、実際の用例や語感、また現在国語辞典に掲載されているのかどうか、類義語はあるのか、同様の造語法で造られたことばはあるのか

    を指しています。

    引用ばっかりで、すみません。でもここがこの本の魅力なんですよ。こんな流行語あったよね、で終わらせずに、〇年に出版されたこれこれという本でこんな使い方をされていた、というのがたくさん載っています。時代的に古い使用例なら、この頃にはすでに使われていた、ということになるし、新しい使用例なら、少なくともこの頃までは使われていた(今は誰も使わんけど)、みたいな情報となります。

    各国語辞典にも独自のスタンスがあるらしくて、「古風」のような注釈付きで乗せる辞書もあれば、使われなくなった古いことばは載せないというポリシーの辞書もある。それに載っていないということは、すでに死語化していた可能性が高いという、判断基準にもなります。

    そして実は私、流行語と俗語をごっちゃにしていたのですが、これらは異なるもので、流行した俗語もあれば、流行したわけではない俗語もあるというわけです。

    流行語になったものには、俗語がたくさん含まれているので、前者の例は簡単ですよね。1984年には「まるきん」「まるび」が流行りました。かすかに記憶があります。お金持ちを「まるきん」と呼ぶのは、正式な用語法ではないので、これは流行した俗語である、と。

    後者の、流行していない俗語というのは、なかなか思いつきにくいですが、本書にあげてある例だと、「バタンキュー」「おニュー」「お茶の子さいさい」などがあります。よく使いますよね。(え?)

    さて、興味深かった見出し語をあげておきます。銀座をぶらぶら散歩することを「銀ブラ」と言いますが、今も使うんですかね? 私は銀座をぶらぶらしないので、使いようがありません。ぶらつくとしても町田くらいです。

    なんと、「銀ブラ」は、大正初期にできたことばだそうです。これから派生した、「心ブラ」、「道ブラ」、「京ブラ」、「元ブラ」なんてものもあげてありました。それぞれ、心斎橋(大阪)、道頓堀(大阪)、京極(京都)、元町(神戸)だそうで、関西ばっかりです。「元町言うたら、横浜違うんかい!」「どこの人間やねん!」

    重要なものが抜けています。「天ブラ」です。私が大学生だった1990年代には、普通に使われていました。入学して間もない頃に、「天ブラ行く?」と言われて、「え?」となった記憶があります。そうです、福岡の天神です。「天ブラ行く?」とマウントとってきたのは、1年早く福岡に出てきて(「上京」みたいに、九州じゃ「福岡に出る」と言う)、浪人していたS君だったと記憶しています。浪人と言えば、親不孝通りですが、「親富孝通り」と改名されて、そういうのは違うんだよね、それじゃダメなんだよね、と思っていました。が、今 Wikiってみて、2017年に「親不孝通り」に戻っていたことを知りました。

    九年経て知るふるさとの便りかな

    この「天ブラ」のいいところは、「天ぷら」との掛け言葉になっている(?)ところです。「心ブラ」や「道ブラ」よりも、ワンランク上だと思います。つまり、天ぷらだけに「あがる」わけです。

    本書には本当に「天ブラ」が載っていないのか?と思って、「て」のあたりを見てみますと、これがありました。

    テンプラ

    【意味】メッキした物や偽物を侮蔑して言うことば。また、偽学生。

    ちょっと前に、ちょっと古い小説を読んでまして。学生が山登りをする話だったと思うのですが、けっこうクライマックスの場面で、たまたま出会った別の学生に、「君、テンプラだろ」みたいに言われて、愕然とするみたいなのがありまして、これを読んだときにテンプラの意味を知らなかったものですから、「?」ですよ。

    終盤の重要な台詞で、「?」となってしまうようじゃ、ろくに小説も楽しめません。ということで、もはや誰も使わなくなったような俗語を知っておくことも、それになりに価値があるのではないかと思っています。

  • 『ビギナーズ・ドラッグ』は新人マネージャーの参考になるかも

    今回読んだのは、『ビギナーズ・ドラッグ』(喜多喜久 著)です。製薬会社の若手社員がラルフ病という難病の治療薬を開発していくプロセスを描いたものです。PubMed(医学系の文献データベース)で検索してもヒットしなかったので、「ラルフ病」というのは架空の病名のようです、たぶん。

    ちなみに、文庫化にあたって『ビギナーズ・ラボ』と改題されたようです。一瞬、続編? と思っちゃいましたが、違いました。私は単行本版のほうを読みました。

    創薬に関する小説と言えば、以前『テウトの創薬』を読みました(過去記事:バイオ×ビジネス ミステリー『テウトの創薬』)。『テウトの創薬』のほうは、いかにも有能な感じの創薬の経験豊かな元研究者の主人公が、マネジメント側として活躍する形で、とんでもない悪役の大学の先生との対決が描かれていました。

    『ビギナーズ・ドラッグ』の主人公 水田恵輔けいすけは、製薬会社に勤務してはいますが、総務部門に属している文系の社員です。そんな彼がなぜ、難病治療薬の開発を目指すようになるのか、また研究者でない彼にそれができるのか、というのが本書の見どころです。

    恵輔を支えるチームメンバーの研究者がクセモノ揃いで、そのメンバーとどうやっていくのかも面白いところです。恵輔のキャラがいいです。上司から、ユーモアが足りない、冗談くらい言ったどうだ、みたいなことを言われたあと、

    恵輔は付箋ふせんに〈ひらめいたジョークを口にする〉と書いて、ノートパソコンのフレームに貼り付けた。

    「おい、なんだそりゃ」

    「忘れないようにしようと思いまして。機会があればトライしてみます」

    などと答えます。

    終始このようなトーンで、落ち着き払っているようで、うちに情熱を秘める青年として描かれています。

    彼が研究者ではないので、専門的な内容を他のメンバーから説明してもらう流れ、あるいは彼自身が調べて、理解していく過程を通じて、読者にも自然に医薬・創薬についても理解が深まるという、うまい構成をとっています。

    小説の常として、物事が順調に進むことはなく、様々な障害が現れます。でも、『テウトの創薬』のようにすごい悪役が登場するわけでなく、上司やベテラン研究者や他部門の部長の、妨害のようにもとれる言動というのが中心です。ただ、それらも悪意からではなく、妥当な忠告だったり、経営観点での意見だったりして、結果的にベタな悪役がいないという構成で、読後感はさわやかです。

    実際の世の中も、立場や信条の違いからいざこざになったりしますが、悪いだけの悪い人ってのはあまりいないんだと思います。恵輔は、社内事情から生じる障壁のような状況にも、腐ったり、キレたりせずに、誠実な言動を重ねることで、みんなの信頼を得ていきます。

    管理職初心者の奮闘記のような読み方もできますね。彼の実直なんだけれども、ときには臨機応変な考え方や行動は、一見面倒くさい上司やメンバーをマネジメントして、うまくやっていく際の参考になるようにも思いました。

  • 『薬が届くまで ここが知りたい』で、出版業界のビジネスを知る

    『文春まんが 読みとくシリーズ5 薬が届くまで ここが知りたい!』という、子供向けの学習漫画を読みました。

    読んでいて、アルフレッサという医薬品卸会社のことがよく出てくるなと思ったら、企業協賛型のビジネスモデルで出版された本なんですね。アルフレッサってこの業界ではトップクラスらしいです。この業界に疎いので、全然知りませんでした。

    そしてこの、企業協賛型の学習漫画出版ビジネスについては、こちらのPDF資料で、仕組みが理解できました。

    文春まんが 読みとくシリーズ

    貴社の広報、CSR、ブランディングのお手伝いをいたします

    [ご協賛のご案内]
    文藝春秋が「学習まんが」で企業・団体の商品や事業を子どもたちに伝えます

    全国の小学校図書室、主要公共図書館に寄贈、子どもたちに直接読んでもらえます

    ちなみに私は稲城市立図書館で借りた「大人たち」でした。

    企業がお金を出して学習まんがを作って、自社あるいは自社が携わるビジネスについて子供たちに興味を持ってもらう。宣伝的な側面もありますが、学習要素も十分にあるので、それを無償で提供することはCSR的な活動ともみなされる、という感じですね。

    で、その活動(企画して、シナリオライターや漫画家とかに執筆依頼して、印刷して、小学校や図書館と調整したうえで、配布する)を各企業が自力でやるのは大変なので、文藝春秋がワンストップでこのサービスを提供しているという具合です。

    さて、このサービスのお値段(「ご協賛価格」)はHOWマッチ!

    ●ご協賛価格(定価) 33,000,000円(税別)

    他にも、電子書籍として自社ホームページで公開するとか、海外向けの翻訳本とか、販促ツール向けの簡易版を作るとか、そんな付帯サービスも、別途費用で提供しています。

    あと、企業色を出しすぎたものでなければ「公益社団法人日本PTA 全国協議会」の推薦を受けることができるそうです。各社で独自に活動していたら、そんな調整できそうにないですもんね。

    なるほど、出版企業にはこんなビジネスモデルがあったんですね。今回は、『出版企業のひみつ 学習まんがが届くまで ここが知りたい!』をお届けしました。(おわり)

    ・・・というのは冗談ですが、業界によってはこういうアプローチって有効ですよね。製薬会社はOTC医薬品(市販薬)のCMしていたり、商品に企業名が書いてあったりするし、処方薬だって製造者・販売者は書いてあるから、なんとなく知っている。病院とか薬局は消費者(患者)との接点があるし。でも、医薬品卸会社って地味ですよね。

    そもそも一般の人は意識しない。意識しても、メーカー(製薬会社)から買って、小売り(薬局)に売っているだけでしょ、なんて思いかねない。少なくとも私は、流通における卸売りの機能というものを、子どもの頃は理解していなかった。

    漫画の中で流通過程が紹介されていて、それを読めば製薬会社が小売りまで直接薬を届けるなんてのが現実的でないことが分かるでしょうし、パンデミック時や自然災害時のバッファ機能としての役割の重要性も実感できます。

    以前読んだ『薬剤師のひみつ』も、ブログを書いたときには理解していませんでしたが、この企業協賛型の学習漫画出版ビジネスのパターンなんですね。こちらは出版社が学研で、企業が公益社団法人 日本薬剤師会です。個別の企業ではないので、企業色みたいなのは全然なかったですね。でも、主人公の女の子が、「将来、薬剤師さんになろうと思います!」という作文読み上げるシーンが出てくるあたりに、協賛側の願いを感じました。

    『薬が届くまで』のほうは姉弟が主人公で、お姉さんは薬剤師を、弟はMS(Marketing Specialist:医薬品卸販売担当者)を目指すというラストシーンだったりします。ちょっとベタな感じはありますが、どの業界でも人材の確保は重要ですからね。

  • 小田扉『ぐるぐるゴロー』の世界

    ひと月くらい前に大人買いした小田扉作品を少しずつ読んで楽しんでいます。大人買いと言っても単行本を3冊買っただけですが。これくらいの冊数を買うのは何とと呼べばいいでしょうか。とりあえず、「中二買い」にしておきます。

    漫画は一気に読めるけど、そうするのはなんだかもったいない。今回読んだのは『ぐるぐるゴロー』です。

    1とか2とか数字がついていないということは、1巻で完結ということでしょうか。巻末の初出一覧を見ると、「webアクション」と書いてある。紙の雑誌ではなく、オンラインで公開されて、単行本になるときに初めて紙になるということでしょうか。そんな時代になっているのか。漫画雑誌を買わなくなって久しく、またオンラインで漫画を読むという感覚もピンとこないですが、私のような紙ファンがいるから単行本は今でも発売されるのでしょうか。

    簡単に言うと短編集です。一話完結で、基本的にシチュエーションもキャラクターも違う独立した話が11話入っていました。

    第1話『ゴルゴン地蔵』では、皆さんもご存じのあの銅像、時に着衣で時に半裸で、そして、時に全裸でサックスを吹いているあの男の謎が判明します。いや、判明はしません。

    第3話は表題作の『ぐるぐるゴロー』。小田扉先生が得意とする(?)動物目線モノです。でも、今回はちょっと違っていて、人の目線を通した犬の目線という観点です。わかる?

    私が一番好きだったのは、第5話『飛べ!八つ裂き光輪!』です。人相が悪く、挙動が不審なため、冤罪をかけられ死刑になる電気屋さんの話。天井から現れ、床へ抜けて去っていくだけの神様とか、絞首台から地獄への落下シーンなど描写も凝っています。ラストのおばあさんからの「がんばったねえ」の言葉で、すべてが報われます。

    それぞれ独立した話だと書きましたが、第8話~第11話の4話についてはゆるく関連していて、一つのワールドを作っていました。

    第8話『見聞録』では、この世とは違うもう一つの世界が出てきます。この二つの世界はほとんど関係がなさそうに見えて、実は密接な対応があるという不思議なもの。

    第9話の『成り上がれ!』は、「まるで未来を見てきたかのように」アイデアを思いつく男(品方しなかた)が億万長者になる話。

    第10話『岩田の話』は、虚構の箱庭で育てられた男(岩田)の復讐の話。この箱庭を作りだしたのが、第9話の品方だったりします。

    第11話『異人クエスト』では、現実世界と、夢の世界と、ゲームの世界がクロスオーバーします。これらの関係に第8話の異世界との類似性があります。そして、「んー たぶん 40才くらい」になった岩田が登場します。

    『岩田の話』は、映画『トゥルーマン・ショー』との類似点も感じられますが、岩田に関しては、箱庭からの脱出後の人生、そして、『異人クエスト』で岩田が「最後も嘘みたいな終わり方だ・・・」とつぶやくことになる終焉まで描かれています。

    奇抜な設定の中に、ギャグを散りばめつつも、考えさせられるような、感動するようなストーリーを構成する、小田扉ワールド全開の短編集でした。

  • 『最高の人生の見つけ方』は、大金持ちの側の視点で見る

    夏休みの宿題で読書感想文を書かなければいけない。指定図書を読んでみて、まあ面白かったのだが、感銘を受けたというほどでもなく、この本で感想文を書くのは難しい。かといって、今から別の本を読むのも大変だし、次に読んだ本で書けるとも限らないし、きりがない。とにかく、最初に読んだ本に対して、あーだこーだ書いて、「感想文」ということにしよう。・・・という感じです、今回は。

    見た映画は『最高の人生の見つけ方』です。監督のロブ・ライナーが死亡し、殺人事件である可能性が高いというニュースを見たのがきっかけです。

    ニュースを見たから、映画を見たくなったというわけではなく、実はすでに稲城市立図書館の予約かご(これから借りたいものリストみたいなもの)には入れていたんですよね。でも、なぜ入れたかが思い出せない。重要な事実は、ミステリーでは隠されるものです。しかし、この事実は最後まで判明しないので、ミステリーとして成立しません。なので、この私の文章のジャンルは、つまり「とりとめのない話」です。

    モーガン・フリーマンは大抵、いい人です。『ドライビング Miss デイジー』では運転手で、いい人でした。『セブン(SE7EN)』では殺人犯を追う刑事で、いい人でした。『ショーシャンクの空に』では殺人犯だったのに、いい人でした。さて、本作ではどうでしょうか。愚問ですね。

    あらすじは、ウィキペディアででも見てください。

    見ましたか? 見た前提で書きます。

    なんか都合が良すぎるというか、余命宣告されること以外は、相当ラッキーな感じでした。

    金で買える極端なものを享受しつつ、金では買えないちょっとしたものもあわせて描くという感じでしょうか。あと、余命6か月なわりには、二人とお元気で。

    さて、お金持ちのおじさんと、お金持ちでないおじさんが出てきます。モーガン・フリーマンはどちらでしょうか? そうですね、もちろん、お金持ちでないほうです。絶対にそうなのです。

    お金持ちのほうの人相が悪いなあと思っていたら、映画『シャイニング』の、この人でした。

    当時はアル中の作家でしたが、いつのまにか大金持ちになっていました。

    モーガン・フリーマンは病院でシャイニングと知り合い、意気投合して、金に糸目をつけない豪遊ができるわけです。でも、世の中の余命宣告される人たちには、近くにそんな人はあまりいないので、なんだか、できすぎた話だなあ、と思ってしまいます。

    でも、シャイニング(あ、金持ちのエドワードのことですよ)の側からみると、独り身の因業野郎で死んでいくところだったのに、モーガン・フリーマン(そう、カーターのことですよ)と出会ったことで、人生の意味を見つめなおすことができた、ということでしょうか。そう見ると、「できすぎた話」感はちょっと薄れるかもしれません。

    あなたも私も「最高の人生」を見つけることができるかもしれません。ただ、いかんせん、あなたも私も大金持ちではないので、感情移入できないところが難点なのかもしれません。

    で、さっき知ったのですが、日本でのリメイク作品があるんですね。吉永小百合と天海祐希が主演の『最高の人生の見つけ方』です。

    はい、特に「見たい!」ということはないです。ねぇ?

    と思いきや監督の名前を見ると、『ジョゼ』の犬堂一心 監督じゃないですか。ちょっと見たくなりました。(過去記事: 『ジョゼと虎と魚たち』主に小説、少し映画

    アマゾンの説明を見ると、元のやつと話が全然違いそうな予感です。犬堂版を見たうえで、「タイトル以外の共通点を見いだせなかった」などと暴言を吐いてみたいです。

    私のBucket List(=死ぬまでにやりたいことリスト)に追加しておきます。

    • ・・・
    • 犬堂版も見る
    • 暴言を吐く

    いつも吐いているので、1つは消しておきました。