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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

投稿者: 管理人

  • 映画『メメント』と白いトランクス

    私の感想文ルール: 一つ、昔見た映画を思い出しながら書いてもよい

    見たのが昔とは言え、かなり繰り返し見たので、ギャメル刑事がレナードに会いに来た時に、

    Lenny!

    と呼びかける、ちょっと怪しい笑顔も鮮明に脳内再生できるほどです。

    主人公のレナードには、妻を殺された事件の時に、自身も頭を殴られ、記憶が10分程度しか持続しないという後遺症があります。自分の名前や昔のことは覚えているけど、新しい記憶が保持できないという状態です。

    これをどう表現するか? です。レナードはちょいちょい、「あれ? 今、俺 何してたんだっけ?」みたいな状況になります。この感覚を見ている人が疑似体験するために、編集上の工夫がこらされています。

    例えば、各アルファベットがある「時点」だとして、A→B→C→D→Eという時間の流れだった場合、これをこの順番で見ていくと、映画を見ている人は因果関係を自然に理解できる反面、「今、何してたんだっけ?」という感覚は共有できません。

    これを、

    D→E、C→D、B→C、A→B

    というシーン割りで見せることによって、各シーンの先頭で鑑賞者は、どういう場面なのかを、今与えられている断片的な情報から推理しなくてはいけない状況になります。これはある意味、鑑賞者のストレスになるんですが、レナードの心理状態を共有するという点で、非常に有効な演出になっているわけです。

    ・・・みたいな話は、ウィキペディアとか、読み解きサイトにきっと書いてあるので、そちらにお任せするとして、私としては、

    レナードがはいているのは白いトランクス

    という点に着目したいと思います。

    レナードは記憶が持続しないので、覚えておかなくてはいけないと思ったことはメモに取ります。人の顔も覚えられらないので、ポラロイドカメラ(チェキのもっと立派なやつ)で写真をとり、写真にその人の名前や、どういう人物なのか(「こいつを信じるな」とか)を書き込んだりします。

    メモや写真は無くしてしまう可能性があるので、本当に大事なことは体に書き込むのがよい、という正気の沙汰とは思えないポリシーに従い、レナードの体はタトゥーだらけです。きっと、日本の温泉には入れないでしょう。

    このタトゥーは映画の重要な要素なので、それをさりげなく見せるべく、レナードはよく裸になります。往年の井出らっきょさんのようです。そのときに、どんなパンツをはいているかは、笑福亭鶴光師匠じゃなくても、気になるところです。

    レナード(ガイ・ピアース)は、なかなかの細マッチョです。もし、ビキニのセクシーなパンツをはいていたとしたら、それが気になって、話の筋を見失ってしまう可能性があります。そう、観客のほうが記憶を失ってしまうかもしれません。

    無難なトランクスをはかせることにしても、それが水玉だったりペーズリーだったり、微妙な柄だったり色だったりすると、レナードが置かれた悲劇的な状況の描写の邪魔をします。高級スーツやジャガーとも合いません。

    ここはなるべくクセを排した、白のトランクス一択となります。

    白いトランクス(上部)
    白いトランクス(下部)

    私はこの映画を見て、白のトランクスって意外とありじゃん、と思い「♪あれも!これも!デイリーファッションパレット♪」という店内ソングでおなじみの衣料品店「パレット」で、イメージに近いものを発見し、購入してみました。

    しかし、私はガイ・ピアースのような細マッチョではなく、どちらかというと太ポッチャの中年であるため、妻によれば「おじいちゃんみたい」な仕上がりになりました。

    「Don’t wear white trunks.」というタトゥーを、お腹のあたり彫っておこうと思います。

  • 宇野千代の二つの『幸福』

    宇野千代のデビュー作『脂粉の顔』を読んだので(過去記事)、次もなるべく初期の作品を読んでみようと、ウィキペディアの著作の欄を見てみると、年代が一番古いものだと、

    『幸福』(金星堂、1924年)

    というものがありました。自治体の図書館で検索すると

    『幸福』 宇野 千代/著 — 文芸春秋 — 1976 —

    というのがあったので、これだろうと思い、借りてみました。なかなか年季の入った単行本でタイトルは『幸』です。表題作『幸福』の冒頭を引用すると、

    いつでも一枝は風呂から上ると、ちよつとの間、鏡の前󠄁に立つて、自分の裸のからだを見る。タオルをてて、少し腰をひねるやうに曲げて立つてゐる。ぽつんとあからんだ肌をしてゐる。「似てる。」と思ふ。

    出た!「やうに」、「思ふ」。それ以外もなかなかの歴史的仮名遣いです。「前」の字の「月」のところがちょっと違うところにも気付いてほしい。昔は、お空の月と肉月は違う書き方をしていたんですね。ためになったねー。

    「ゐ」なんか、最近は

    るるるるる
    るるるるる
    るるるゐる
    るるるるる

    こういう、速く見つけるクイズ(?)とかでしか見ないですね。

    ちなみに、お若いあなたのために、上記には振り仮名を振りましたが、オリジナルの本文には振り仮名はありません。ちょっとハードルが高い。

    巻末付近の発行日や価格が書かれているところも、

    定價 七百八十圓

    となっています。分かるとは思いますが一応、「定価 七百八十円」の旧字です。「圓」の字といえば、「三遊亭圓生 」を思い出しますね。

    でも、ふと思ったんですね。発行の日付は「昭和四十七年十一月」となっています。「知らんがな」と思われそうですが、私が生まれる直前です。私が育ったころには、旧仮名遣いは、もはや使われていませんでした。じゃあ生まれた頃はまだ旧仮名遣いが一般的だったのでしょうか?

    なんでも答えてくれるあいつに聞いてみると、その頃はもう旧仮名遣いは使われていないとのこと。「でも『定價 七百八十圓』とか書いてあるよ?」と聞くと、昔 出版したやつの復刻版とかじゃないか、なんてことを言う。ほんとだろうか。

    初出一覧みたいなのがあったので見てみると、

    收錄作品發表誌一覧

      幸福 新潮 昭和45年4月號
      (第十回女流文學賞受賞作品)

    とあります。

    あれ? そういえば、ウィキペディアに載っていた『幸福』には、「1924年」(=大正13年)と書いてあったけど、発表日付の昭和45年は1970年です。よく見たら全然違うじゃん。別物?

    確かに、借りてきた『幸福』の主人公 一枝は「七十歳をとうに越してゐる」女性という設定です。1897年生まれの宇野千代は、1970年には70歳過ぎたくらいの歳ですから、自身がモデルだとすると、ぴったり一致します。

    11軒の家を建てた話とか、離婚している点など、ウィキペディアに載っている宇野千代のエピソードと一致する話も、小説に盛り込まれています。

    私が借りてきたのは70歳過ぎの頃の『幸福』でした。それでは、ウィキペディアに載っていた27歳の頃の『幸福』はどこにあるのでしょうか? こうして、私は今日も幸福を探し求めているのです。

    さて、恒例の朝ドラ「ブラッサム」予想です。

    とても信じられないことであるが、一枝は若いときから今日までに、家を十一軒建てた。

    これは脚本家がドラマに盛り込みたくなるやうな話ぢゃあないかと思ふのですが、いかがでしょうか。


    2026年8月27日 追記
    初期のほうの『幸福』も全集で読みました。振り仮名が少なくて、大変でしたが、いちいち調べているとリズムが損なわれるのでフィーリングで読みきりました。
    宇野千代の初期の方の短篇『幸福』を読む


  • ガリヴァーと蚕の糸と『蜘蛛の糸』

    私の読書感想文ルール: 一つ、それぞれの「篇」について書いてもよい

    平井 正穂訳のガリヴァー旅行記を読んでいるんですが、

    • 第一篇 リリパット国渡航記
    • 第二篇 ブロブディンナグ渡航記
    • 第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記
    • 第四篇 フウイヌム国渡航記

    となっていて、今回は第三篇のラピュータ他です。つまりラピュ他です。各篇 盛りだくさん過ぎて、ガリヴァー旅行記の感想文と言っても、どの国のどの話を取り上げるのかが難しいところ。だったら、各篇ごとに書いてもいいじゃないかというわけです。

    第一篇は 小人国(過去記事)、第二篇は巨人国(過去記事)、一つ飛ばして、第四篇は、知的な馬「フウイヌム」が支配し、野蛮な人間「ヤフー」を家畜として扱っているような国。

    一、二、四は出てくる「国民」のクセが強めで比較的分かりやすいです。でも、第三篇は一言では言いにくい。5個も国が出てきます。おまけに日本まで出てきます。以前1回は読んだはずですが、ガリバーの日本訪問についてはまったく記憶がなく、今回読んでみて納得しました。ほとんど通過しただけで、事件らしい事件もおきず、変な国民性や風習などもあらわれませんでした。踏み絵がちょっとネタになっていたくらい。

    第三篇に出てくる「ラピュータ」といえば、あの宮崎駿の『天空の城 ラピュタ』の名前の由来になったものですが、ウィキペディアに書いてあるように、

    劇中に空飛ぶ島の物語を空想した人物としてスウィフトの名前も出てくるが、名前の借用以外は『ガリヴァー旅行記』との関連はない。

    のだそうです。たしかに、読んでみても、それらしいものは見つかりませんでした。シータも、ドーラも、「バルス!」も出てきませんでした。

    空飛ぶ島のラピュータに住んでいる支配者層が治めている地上の国が「バルニバービ」です。このバルニバービでは研究が盛んで、様々なものが研究されているんですが、トンデモ研究というか、ポンコツ博士というか、そんなんばっかり。しょうもないアイデアとか新しいものには飛びつき、伝統的なものを迫害し排除するようなバルニバービの国民性が、スウィフトがいろいろと風刺を乗せたかったとこなんだろうなと思いました。けっこう長々と書いてあったし。

    数々の変な研究が出てきます。例えば、

    研究所に着任以来この老人は、人糞をもとの食料に還元する実験を自分の仕事としてきた。人糞をそれぞれの成分に分解し、胆嚢からえた色素を除き、臭気を蒸発させ、唾液をすくいとるのがその仕事だそうであった。彼は、毎週、ブリストル大樽くらいの大きさの容器になみなみと入れられた人糞の配給を、研究所から受けていた。

    「食料に還元」できたとて、ですよ。還元したあと、どうするんでしょうか。私はこれ以上考えたくはありません。

    他にも、胡瓜から太陽光線を抽出する研究とか、家を屋根から作り始め最後に土台を作るという施工法を開発したという建築家とか、盲人に手触りと嗅覚で色を調合させる研究とか、畑に豚の好物を埋めて、それを掘り起こさせることで耕す労力を軽減する研究(埋めるのは耕すより労力がかかるというオチ)とか。

    ただそんな中に、蚕の代わりにクモを使うという研究があって、

    やがて、彼は、蜘蛛という家の内で飼える昆虫がこんなに沢山いるのに、世間の人々が蚕を飼うといった誤ちを永い間犯してきたことは残念だ、と言った。蜘蛛は紡ぐのもうまいが織るのもうまい、だから蚕よりも遥かに優れている、とのことであった。

    これに関しては、とんちんかんな研究というよりは、むしろいい線をついてきているような気がしています。というのも、『カラー図解 アメリカ版 新・大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学』をちょっと前に読んだときに、P134「生命を研究する:クモの糸を作る」に、以下のような記述を見つけまして、

    クモの糸は知られる限り最も強い素材の1つであるが、大量に得ることはきわめて困難である。産業界の生物学者は遺伝子エンジニアリングを用いてそのタンパク繊維を作っている。彼らは蚕(衣類で用いられる絹糸を作る昆虫の幼生)に、強力なクモの糸―絹糸の複合繊維を作らせるのである。

    (略)

    クモの糸はその二次構造のおかげで大変強いタンパク質ベースの資材である。人間が利用するためには、この繊維を大量に獲得することが望ましい。クモは巣を張るために糸を紡ぎ出すが、その量は人間が利用するのには不十分である。蚕は衣類で用いられる絹糸を豊富に産生するが、絹糸はクモの糸に比べてはるかに弱い。ワイオミング大学のランディ・ルイスによって率いられる科学者の国際チームは、クモの糸―絹糸の複合繊維を大量に作らせるべく蚕に遺伝子操作を加えた。それからこれらの繊維の性質を試験し、本来のクモの糸の性質と比較した。

    クモの糸は強く、用途によっては非常に有用だが、いかんせん量がとれない。蚕はたくさんの糸を産生することができるので、遺伝子操作でクモの糸と同じ材質の糸を作り出す蚕をつくればいいのではないか、という発想です。

    ガリヴァー旅行記は芥川龍之介の愛読書の一つだったようですが、『河童』だけでなく、『蜘蛛の糸』(青空文庫へのリンク)も、この旅行記から着想を得た、なんてことはさすがにないでしょうね。

    でも、クモの糸の丈夫さを、この小説以上に語っているものはないんじゃないですかね。だって、犍陀多かんだたの重さだけでなく、

    罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。

    ・・・なんてことになっています。一時的(犍陀多が独占欲を出すまで)とはいえ、すごい人数の重量を支えていたのですから。

    話をガリヴァーに戻しまして・・・

    スウィフトはきっと、クモの糸を絹の代わりに使うなんてのは、実現しないことだと思って、数々のトンデモ研究の中にこれを入れたのでしょう。まさか300年後に彼が考えたのと同じような着想の研究が実用化されることになろうとは、夢にも思っていなかったでしょう。

    300年も経てば何が起こるか分かりません。ということは、もしかして、「人糞」のほうも、そのうち・・・

  • 17歳のときに知りたかった 受験のこと人生のこと。(びーやま著)

    ウェブの記事(17歳のときに知りたかった受験のこと、人生のこと。 | ダイヤモンド・オンライン)を読んで、面白かったので、図書館で借りてみました。けっこう予約が入っていて、2,3か月は待ったと思います。

    この本のすごいところは、大人はみんな薄々感じているけど、中高生くらいの若者に正面切って伝えることはないような、世の中の仕組みをストレートに伝えていることです。それは、日本はいかに学歴社会であるか、という点です。

    他の先進国に比べて日本が特別に、というわけではないのですが(本書には中国、韓国、アメリカの事例についても触れていました)、少なくとも日本も学歴社会である、と。

    まず、ネガティブな側面が強調されます。学歴が与える偏見や学歴による差別など。何も迫害されるわけではありませんが、比較・評価されるときに、学歴がいかに「効く」か。逆にそれがない人がどれだけ不利になるか。

    まずは就職ですよね。大手企業にはたくさんの就職希望者が集まります。人事の人もちゃんと見てられないですよ。有名私立や国公立の大学名でフィルタせざるを得なくなる。1次選考通過者のデータがもし手に入れば、その法則性は簡単に読み取れると思いますよ。

    機械学習をやったことのある人ならイメージがわきやすいかも。就職希望者のデータといったら何があるんですかね。説明変数です。年齢、性別、大学名、学部・学科、大学での成績、浪人・留年の有無、資格、大学の立地・居住地。あとは、自由記入欄のキーワードなどから特徴量を抽出して・・・といろいろ頑張って、ランダムフォレスト(ごくごく素朴な手法)かなんかで数秒で学習が終わって、変数の重要度を見たら、大学名で90%決まってます、みたいな。他の変数も効いているけど、数%ずつとかね。

    就活において、「学歴がすべてではない」というのは真実ですが、そのあとに補足が必要ですね。「でも、ほとんどである」と。

    あ、なんか体裁をそれっぽくすると、格言みたい。

    Educational background isn’t everything, but it’s almost everything.
           Nanka=Sonna=Kigasuru (1973-2026)

    就職のあとも、他者と比較される場面はそれなりにありまして、異動のときとか(希望者の募集とか、プロジェクトメンバーの抜擢とか)、あとは昇進試験とかね。転職するときは、ふたたび履歴書に書くことになるだろうし。

    以前勤めていた会社での話なのですが、普段は誰がどこ大学だなんて、気にもしないのですが、ふとしたことでそんな話題になったときに、まわりじゅう早稲田・慶応だらけでびっくりしました。派閥の人事採用枠でもあるのか?と思うくらい。

    面接官をやったことのある人なら分かると思いますが、めちゃくちゃ疲れますし、時間もとられます。できることなら、人数をしぼってから、少人数を面接したいと思いますよ。学歴フィルタは必然の流れです。

    あと、大手企業で面接官をしている人は、たいてい高学歴ですからね。親が自分の受けてきた教育を過剰に良いものだと判断して、自分の子も同じようにしたがる(女子校に行ったお母さんは娘を女子校に行かせたがる)という話を聞いたことがあります。面接官が、自分の歩んできた道と似た道を歩んできた志望者をひいき目に見ないとは言い切れません。

    これも若干ネガティブな響きになるのですが、あなたが天才なら学歴はいらないけど、そうではないでしょ?という話。大谷翔平選手やZOZOの前澤友作氏、吉野家の河村泰貴社長(現在は会長)が高卒である例をあげてました。そういえば、藤井聡太名人にいたっては学歴上は中卒になりますからね。でも、高学歴が不要な職業は存在しますし、経営の手腕みたいなものに必須なものでもないのでしょう。でも、それはごく一部の例外であると。

    ドラゴン桜の「バカこそ東大に行け」みたいなフレーズとも共通点がありますね。バカなんだから、学歴くらいつけておかないと、搾取される側になるぞ、みたいな。

    では、不利にならないようにするためにだけ、意味のない学歴を身につけるべく、今は我慢しなさい、みたいな後ろ向きな話ばかりかというとそうではなく、なぜ学歴に意味があるのか、というあたりもちゃんと語られています。

    学歴は、あなたが「頑張れる人」であることを証明してくれる

    範囲が決まっている勉強も頑張れない人がほかのことでも頑張れるのだろうか

    学歴だってその人が頑張った立派な証じゃないか

    など、学歴の意味を確認できたり、モチベーションを高めたりできるようなフレーズも散りばめられています。

    3つ目のものを補足すると、3年間野球に打ち込んで甲子園に行った、というのは大抵評価されるし、大っぴらに語られるのですが、 勉強を頑張って東大に合格しました、というその部分を特に強調することはあんまりないですよね。

    甲子園に行った人に、「プロ野球選手にならないんだったら、意味なくない?」みたいなことを言う人はいません。たぶんいないと思う。いないんじゃないかな。ま、ちょっとはいるかも。(©さだまさし)

    明確なルールがある同じフィールドで努力して、優秀な成績を収めたんだったら、それ自体に価値があるし、それを誇ってもいいんじゃないかということですよね。

    私が感銘を受けた部分はほとんど第一章(本書では「1時間目」と表記)に載っていました。わたくし的には一番「濃い」章でしたね。後半はだんだんライトになっていく印象でした。これもやっておいてもいいかも的な話とか。より今の高校生の人に向けたメッセージに近いところかも。オバフィフ(50代以降)の私としては、話が若すぎてピンとこないところもありました。「こう考えちゃうかもしれないけど、こうですよ」という話の展開で、「こう考えちゃう」・・・のか? と、話が入ってこなくなる感じ。私が言いたいこと伝わってますでしょうか。まあ、いいや。(年をとると諦めが早くなる)

    語り口が軽いのと、細かく段落が切ってある(ウェブ記事っぽい)のと、対談のページなんかもあるので、分量的にはさっと読める感じです。私は、通勤時の、行き、昼休み、帰り、で読み終わりました。昼ご飯も食べたし、満員電車ではずっと読めるわけじゃないけど、それを引いても1日で読める分量でした。

    では、勉強に戻らなきゃいけないので、このへんで。

  • 鈴木悦夫の短編集『もうちょっとで大人』(『祭りの日』収録)

    『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』の文庫本の巻末の解説に、著者の鈴木悦夫氏が『祭りの日』という作品で第二回 日本児童文学者協会新人賞を受賞したという話が載っていました。その賞は権威のある賞で、受賞した作品はそれなりに注目されるにもかかわらず、『祭りの日』が収録された短編集『もうちょっとで大人』が出版されたのは、受賞から17年も経ったあとだったとも書かれていて(過去記事:実在する『その頃はやった唄』)、ぜひ読んでみたいと思ったわけです。

    しかし、アマゾンで検索しても出てこないし、ブックオフのオンラインストアにも在庫がない。表紙の画像さえも出てこないという状況。絶版ってやつですね。でも、稲城市の図書館にあったので借りることができました。

    昔は図書館の本には、裏表紙あたりに貸出管理用の記入欄の紙が必ず貼ってありましたよね。この本にも「貸出期限票」が貼られていて、それには(昭和)61年の日付のスタンプが押されていました。出版された1986年に購入され、現在まで所蔵されていたということになります。

    裏表紙には

    こみね創作児童文学・9

    小学校上級から 小峰書店 定価980円

    と書いてあり、装丁も児童向けという感じですが、内容は『幸せな家族…』を彷彿とさせるものがあります。

    9作が収録された短編集で、安心して子供にすすめられるようなさわやかなハッピーエンドの作品も含まれているのですが、微妙な読後感のものもいくつかありました。

    このあとはネタバレだらけなので、読もうと思っている人は、早めに図書館へどうぞ・・・

    ・・・読んだ?

    『13個目のカセットテープ』は、長野県に住んでいて、体が弱かったせいもあり海を見たことがない愛子が、海の近くに住んでいる健一と文通をしているという設定。これが普通の文通ではなく、カセットテープを使った《声の便り》というわけです。

    愛子は海を自分の目で見たいので、健一の住む町に訪ねて行こうとするのですが、健一はなんだか乗り気ではない。でも、愛子は訪問を強行します。

    道を聞くために入った郵便局で見かけた目の見えない男の子が、なんと健一だったいうわけです。

    健一は目が見えるふりをして、海の様子を語って、愛子にカセットテープを送っていた。愛子が訪ねてくると、そのことがばれてしまうので、訪問に否定的だったり、《声の便り》を終わらせようとしていたり、というわけです。

    『ブラック・ジャック』(手塚治虫)の『ハローCQ』というエピソード(単行本7巻に収録)を思い出しました。足の不自由なジュンと、目の不自由なトムが友人どうしなのですが、お互いの病気を隠しています。それを成立させるための仕掛けがアマチュア無線というわけです。トムが訪日しジュンに会おうとしますが、ジュンは嘘を隠し通すために、トムと仲たがいして関係を絶とうとする、という悲しい展開ですが、最後はブラック・ジャックがハッピーエンドにします。

    一方、鈴木悦夫の『13個目のカセットテープ』の方は微妙な終わり方をします。あたかも見えているかのようなふりをして、海の様子をカセットテープ吹き込んできた健一が、自分は嘘つきだと謝ります。今までのいきさつについて、二人は海の岩場で話をしていたのですが・・・

    と、その時だった。健一のからだが岩の上でくずれ、宙に浮かんだ。

    「ぼくにできるのは、この手で、からだで、海にさわることだけなんだ」

    「だめ――」

    愛子は、おもいきり手をのばした。その手の向こうに、のびやかにそった健一のからだがあった。

    「ぼくは、泳いだこともなかったんだ――」

    このあと、数行あるのですが、結局何が起きたのか、私にはよく分かりませんでした。「岩の上でくずれ」たあとに、「宙に浮かんだ」とはどういう状態なのか?

    「のびやかにそった健一のからだ」という表現から、海へ飛び込む様子が目に浮かびます。でも、そのあとに台詞が続くところがしっくりこないし、飛び込んだのなら「からだが岩の上でくずれ」のところが合わない気もするし、いろいろとモヤモヤする終わり方でした。いろんな解釈を残すために、あえてぼかしたのでしょうか。

    他にも、「問題作」がいろいろと収められています。

    『手押しボタン式信号機』では、物語のかなり前半で、

    ぼくは今、横断歩道を渡りかけて、自動車にはねとばされ、こうして地面にうちつけられて死ぬまぎわだっていうのに、その瞬間に思い出したことは、ものすごく多いのですから。

    という語りが出てきて、それまでに何があったのかが次第に分かっていきます。少年が車にはねられることになる原因も、大人への疑念、反抗、子供特有の非合理的な考え方などが相まったもので、児童文学の真骨頂なのかもしれません。

    『コケシの首』は、大火事で町で焼けたことで、後を継ぐはずだったこけし屋がなくなり、閉塞的な毎日からの脱出や未来への希望を感じる少年の話。

    日本児童文学者協会新人賞を受賞した『祭りの日』は、(少なくとも大人には)よく分からない理由で家出する少年の話。強いて理由を書くなら、祭りが好きな「魚源のじいさん」が、山車だしが倒れ燃えてダメになって大泣きしているのを見かけたから、だったりします。

    〈山車が燃えただけで、あんなに泣けるのはなぜだろう〉と、長いことじいさんを見ながら考えていた。なぜだか知らないけれど、少しずつ、うらやましいような気持ちがわいてきた。

    祭りの日に何かを確信した少年は、ただひたすら海岸線に沿って歩いて行くという、終着点の見えない家出を開始します。

    子供の家出というと、街中で補導されてすぐに連れ戻されるイメージがありますが、人目につかない田舎の海岸線を歩き続ける、この家出は二十日以上にわたります。しかし、ある出来事がきっかけで、少年は家出を終了させ、帰ることを決めます。

    こんな話だったら子供が喜ぶだろうとか、これくらいだったら子供でも分かるだろう、みたいな妥協がなく、子供の独特の心理を描き出し、かつて子供だった大人たちの感情さえも揺さぶってくるのが、鈴木悦夫作品の特徴であるように思います。

  • 宇野千代『老女マノン』と芥川龍之介『葱』

    私の感想文ルール: 一つ、本と関係ないことを書いてもよい

    私が小学生だった頃(40年以上前)、クラスに村田さんという女子がいて、彼女は読書感想文でよく賞をもらっていた。授業中にみんなの前で、賞を獲った感想文を読み上げたことがあったのだが、それを聞いた私は、「全然、本と関係のない話ばっかりじゃん」と思った。いや、訂正します。「全然、本と関係のなか話ばっかりばい」でした。佐賀出身なんで。

    小学2年生の頃、母が新しい職場(寮母)に就くことになった。職場に先輩のおばさんがいて、50代くらいだったろうか。非常に化粧が濃く、派手な身なりをしていた。私は何かの機会、おばさんや母や他の寮母さんがいる前で、そのおばさんの年齢を聞いて、「え?! お母さんよりも若いと思ってた」と言ったのを覚えている。

    母はそのとき30代だった。そのおばさんの方が若く見えるはずはない。だが、お世辞で言ったのではなく、本気でそう思っていた。「派手な格好をしている人は若い」というロジックだったのだろう。もしくは「年齢」という概念をよく理解していなかったのかもしれない。(小2で?)

    とにかく、母とおばさんの映像を今 思いうかべると、どう考えても母の方が若い。そのおばさんの皺だらけの顔は今でも覚えている。母は化粧っけのないほうだった。思えば、私はその時初めて、「化粧の濃いおばさん」という存在をリアルに見て、世の中のおばさんやおばあちゃんは濃い化粧などするわけがないという固定観念との矛盾で、頭が混乱していたのかもしれない。

    そう、村田さんの感想文はこんな感じだった。「いったい、何の話やねん」とつっこみたくなるような。いや、訂正します。「いったい、何の話ば しよーとやろうか」でした。

    つまり、『老女マノン』を読んで、このエピソードを思い出したということでした。共通点は「化粧の濃いおばさん」くらいですが。

    『老女マノン』は、小説として面白い構造になっています。

    主人公の「私」は、「まだ三十二にもなっていない」女性です。長期滞在していた「伊豆の山間にある或る小さな温泉場」で「小母おばさん」を見かけます。

    最初に見かけたときは

    そのほっそりした腰つきと、吾妻下駄をつっかけにした素足の白粉おしろい でもいたような仄白ほのじろさとが遠くまで眼に続く。あれはきっと、昨日東京から来たという長唄の師匠ででもあるのかも知れない、私はそう思ったのであった。

    と、どちらかというとポジティブな描写です。

    しかし、後日、すれ違いさまにもっと近くで見かけたとき、「私の眼からはたちまちにあの後姿の色っぽい水々しさが消えてしま」い、

    年齢は五十を越えていようかと思われるその醜くとしとった濃い脂粉の顔の中に、熟んだ桑苺の実のような口紅の真赤まっかさが、それはあまりに似合わしくないというよりも、見る人の心を寒くさせる。

    と、かなり辛辣な表現に変化しています。桑苺というのは桑の実のことで、未熟なときは赤くてきれいなのですが、熟れると黒くなって、見た目はいまいちになります。この、色の変化を小母さんと重ね合わせたのかとも思いましたが、「熟んだ桑苺の実のような口紅の真赤さ」という表現とは、ちょっと矛盾しますね。

    「私」は、なぜか、この小母さんは自分の姿であるという感覚にとらわれ始めます。将来こんな感じになるんだろうな、という微かなものではなく、もっと強い一体感のようなものです。

    いまや私は二人の過去がまるで一つのもののように似通っていることを、迷信のように信じ始めた。そうなのだ。だから私はその小母さんの話を、まるで私自身のことででもあるかのように私の言葉で書いて見る。

    そして、小母さんから聞いた話は、語り手が小母さんにスイッチした状態で展開します。

    その語りの中で、自分(小母さん)をモデルした小説がある作家によって書かれていて、それは、デートの途中に女性が八百屋の店先で安いネギを見つけ買う、それを見た男性が興ざめする、みたいな話なんですね。

    この、ネギを買った話を小説のネタにされたという部分が、事実に基づいていて、宇野千代が今東光こんとうこう(小説家)と歩いているときの出来事を芥川龍之介が聞き、小説にしたという話を小母さんの話の中に入れ込んでいるんですね。アンサーソングならぬアンサーノベルでしょうか。

    その小説は『葱』という作品で、もしかしたら全集などには入っているのかもしれませんが、ちょっと探した感じだと、単行本や文庫本には収録されていなさそうです。でも、青空文庫(芥川龍之介『葱』)で読むことができます。

    耳にした、人の恥ずかしいエピソードをネタに小説を書く作家、小説に書かれたことを、ネタとして小説に盛り込む作家。実体験と創作がない交ぜになっている、当時の作家像が垣間見られる、二作品でした。

  • 宇野千代『三千代の嫁入』、『ランプ明るく』、そして「吟味る」

    宇野千代の初期の作品を収めた短編集を、『脂粉の顔』(過去記事)、『墓を発く』(過去記事)、『巷の雑音』(過去記事)と読み進み、次は『三千代の嫁入』です。

    まず、入院先から父親が帰ってきます。治ったわけではなく、帰ってからも寝込んでいる状態。この父親がどのように描写されているかというと、
    「前よりももっと気短かになった」、
    「病気のせいで、父は人の気を洗い立て過ぎる」(他人の考えていることを気にしすぎる、暴き立てるのような意味だと解釈)、
    「三千代は昔からの習慣通り、自分の考えをのべる事なしに」、
    「三千代の父は、娘を厳格に教育するというよりも、偏頗へんぱな自分の好みから、どこへも外へ出した事がなかった」
    のような感じです。「偏頗」とは、考えが偏っている、みたいな意味です。

    「厳格な父親」というと、厳しいけれど、言動に筋が通っているようなお父さんをイメージしますが、三千代の父はかなり偏った考えを持っていて、それを家族に押し付けている感じです。

    男や父親が今よりも「強かった」時代です。家庭を完全に支配し、暗い影を落としています。このような家庭環境が続いたせいで、

    三千代も、ずっと子供のころには外へ出たいと思ったが、そのうちに、外へは出られないものと思うようになり、次第に外を忘れるようになった。そして、見知らぬ人や家に対して、かすかな敵意を抱くようになった。

    のような状態です。最初は、反発、逃避しようとするが、しだいに諦めに変わり、最後には感化され、同調するようになる。ある種のマインドコントロールといえるかもしれません。

    この父親から、親戚の家(夫は従兄、義父・義母は伯父・伯母にあたる)へ嫁入りするように言われ、例によって口答えすることもなく、嫁入りします。その家庭では、皆が普通にしゃべっており、好きな時に好きなことをし、食事のときには団らんがあります。私たちが思い描く「普通」の家庭です。

    かくして、三千代は父親から解放され、明るい結婚生活を送るのでした・・・とは、ならないのが、宇野千代です。

    結局、三千代は嫁入り先から、父親のいる実家へ帰ってきてしまいます。伯父さん、伯母さんも好人物として描かれているので、なんで?という感じもしますが、それなりの理由もあったりします。

    ただ、仕方なく父親のもとへ戻るという感じでもなく、吸い寄せられるように家へ帰っていく様子が印象的です。あえて、奈落へ落ちていくような。

    そこで小説は終わった。と思ったら、次の『ランプ明るく』はその続きなんですね。脱稿日は、『三千代の嫁入』が1925年1月13日、『ランプ明るく』は1925年2月26日となっているので、約ひと月半後に書き上げたことになります。

    父親はさらに弱っていて、死を意識し始めたせいか、すっかり大人しくなっています。三千代の母親(若い継母)も、なんだか解放されたような振る舞いを始めます。

    これでようやく、ランプが明るくなるのかというと、そんなことはなく、父親は最後の力を振り絞って、三千代や母親たちに「復讐」を試みます。

    この父親がよく使う言葉に「吟味るな!」というものがあります。本文には、「人前を繕うな、という意味だった」とあります。人目を気にしすぎたり、見栄を張るのはよくないですが、この父親の基準が実に偏っていて、掃除をして家の中をきれいにしたり、ランプのホヤ(火屋:ガラスのカバーのところ)のススを払うことさえ、「吟味る」に相当するらしいのです。そのために、ランプを明るくすることさえできないという状況が、タイトルの『ランプ明るく』へと繋がるわけです。

    この「吟味る」をウェブで検索しても、ほとんどでてきません。古文書みたいなのがヒットしますが、PDFだったりして(無償枠では)ファイル内をテキスト検索できず、本当に「吟味ったり」「吟味らなかったり」「吟味られたり」しているのかどうか分かりませんでした。

    唯一、現代の人で「吟味る」を普通に使っている人がいました。写真を見ると堅気とは思えない人相の人だったので、リンクとか張ると殴られるんじゃないかと思いましたが、よく見るとプロレスラーのかたでした。なので、リングで張られるかもしれません。

    この柄は好きだけど、、、いらない!! | 石井智宏オフィシャルブログ「石井智宏日記」Powered by Ameba

    使われ方は・・・

    吟味るなよ!!

    お、お父さん? 他にも、「吟味り」という名詞形も用例採取できました。おそらくすでに、現在では使われなくなった言葉だと思われますので、「最も新しい時代の使用例」として歴史的な価値があると思われます。(参考過去記事:「俗語」と「流行語」の違い

    巻末の解説を読んで驚いたのですが、この三千代の結婚&出戻りのエピソードは本人の経験に基づいているんですね。

    私はここで、「三千代」が「千代」から取った名前であることに気づきました。我ながら鈍すぎます。

    以下、《解説》宇野千代の生と文学 より

    十四歳の玖珂くが郡立岩国高等学校女学校(現・岩国高等学校)二年生の時、千代は父親の命によって、生母の姉の長男藤村亮一のもとに嫁がされる。それらの日々は『三千代の嫁入』『ランプ明るく』に詳細に描かれるが、『追憶の父』とともに、千代は父親を書き尽くした。

    十四歳のときに、特に交流が深かったわけでもない親戚の家に、何の前触れもなく嫁がされるという、現代では考えられないエピソードです。これはきっとNHKの朝ドラ『ブラッサム』に盛り込まれると、予言しておきましょう。

    そして、「はて?」(『虎に翼』)や、「たまるかー」(『あんぱん』)のように、「吟味るな!」をNHKが流行語にしようと、お父さんに連発させるが、やっぱり流行らないという予想もしておきましょう。

  • 『アウト老のすすめ』(みうらじゅん著)の図書分類

    ちょっと前のことですが(50代にとって半年前は「ちょっと前」の範疇です)、「あの本、読みました?」というBSテレ東の番組に、みうらじゅん氏が出演していて、『アウト老のすすめ』というエッセイ集が紹介されていました。

    あの本、読みました?いま話題のエッセイ!みうらじゅん「老い」万城目学「万博」(BSテレ東、2025/10/16 22:00 OA)の番組情報ページ | テレ東・BSテレ東 7ch(公式)

    タモリ倶楽部に出ていたときや、あるいは、いとうせいこう氏や安斎肇氏と共演しているような番組でのMJ(ぼくら、みうらじゅんフリークはこう呼んでいるよ)は安心して見ていられるんですが、「普通」のタレントさんと共演しているときのMJを見ていると、気が休まりません。

    なんか、こう、「絡みにくい人」みたいな空気になっていて。「あの本、読みました?」でも、事故り気味でした。

    みうらじゅん(以下 MJ)「だんだん年取ると、ちょっと「ケンイ コスギ」になるとこあるじゃないですか」

    鈴木保奈美(以下 リカ)「あー」

    MJ「何したわけでもないのに、年取ってるだけで・・・」

    (リカの微妙な表情を見て)

    MJ「あっ『権威 濃すぎ』の話ですよ。ケインじゃないですよ」

    自分が作り出した造語を、さも一般にも浸透しているかのように、会話に織り交ぜてくるMJ。「ケンイ コスギになるじゃないですか?」に対して、「はぁ?」と返してくれればいいんですが、きっと何か真面目なことを言っているんだろうと思って、普通に相槌を打ったりすると、ちぐはぐな会話になってしまいます。

    そうです、これがまさに「権威濃すぎ」現象なのです。若手の頃ならぞんざいにつっこんでくれたのに、権威のせいで、相手は「そうですね」「分かります」「勉強になります」みたいな反応をしてしまい、このような悲劇が起きるのです。

    今後MJを起用しようと考えているテレビ関係者に肝に銘じておいてほしいのは、「MJはまじめな話などしない」ということです。つねにふざけていると思って対応するのが吉です。「つっこめる人」「ひろえる人」に共演していただくのもいいと思います。

    つっこみ役として、より権威の濃い人に一緒に出てもらうのもいいと思います。森繁久弥さんとか、勝新太郎さんとか、内田裕也さんとか。え? あぁ、そうですか。残念です。

    「あの本、読みました?」では、「権威濃すぎ」のことを自ら説明せざるをえない苦境に追い込まれたMJに対して、万城目まきめ学氏が

    万城目「自分で言うのつらいですよね、今のところね」

    とフォローしてくれたので、なんとかなりました。消火はできました。全焼のあとでしたが。

    番組によると『アウト老のすすめ』が売れているらしいとのこと。MJの本は書店の隅でひっそりと売られるものだと思っていたのですが、書店で平積みになっていたり、自治体の図書館のサイトで見てみたら予約待ちになっていたりして、この「らしくない感」 にモヤモヤしました。

    これまた、ちょっと前のことですが(今度は15年前だよ)、川崎市立図書館の児童向けの保健体育のコーナーにこの本が置かれていました。

    その時の衝撃については、こちら(図書館で「正しい保健体育」(みうらじゅん著)の置き場所が間違っていた話: 主張)に書いておりますので、ご参照ください。司書のかたはタイトルだけ見て青少年向けの真面目な本だと思って分類してしまったのでしょうか。おそらく、著者が誰であるかを見落としてしまったのだと思います。

    ただ、しばらくして行ってみたら、児童書のコーナーからはなくなっていました。サブカルチャーのコーナーに移動したのかもしれません。有害図書として廃棄されていないことを祈ります。

    そして、これはほんとに「ちょっと前」の話なのですが、これまた川崎市立図書館で、美術や芸術関係の真面目な本に混ざって、この本が並べられていました。

    「芸術新潮」に連載されていたそうで、分類としてはギリ合っているのかもしれませんが、「はかせたろう」活動などの話も出てくる対談なので、本棚で異彩を放っていました。ちなみに「はかせたろう」とは、下着を穿いていないなら「穿かせたろう」という、ヌード写真に下着を書き足すという活動で、これについては『アウト老のすすめ』にも書かれていました

    『アウト老のすすめ』は、MJが「アウト老」を勧めている本というわけではなく、すすめている話ばかりが載っている本ではなく、「週刊文春」に連載されていたエッセイをまとめたものです。

    普通のエッセイっぽくちょっとしたエピソード話もありますが、架空の漫才、金〇工場のインタビュー、老いるショック・セミナーでの講師と生徒のやりとりなど、妄想系のコンテンツも多いデタラメ自由なエッセイ集です。

    大人向けの話も多いです。と、思ったら週刊文春での連載名は「人生エロエロ」だそうです。なぜそのまま単行本のタイトルに使わなかったのでしょうか。書店でレジに持っていくのが恥ずかしくて、売れ行きに影響がでるからですね。愚問でした。単行本化にあたって書名を変えられた出版社・編集者さんの判断は正しかったようです。

    ふと思ったんですが、みなさん「アウト老」の意味はご存じでしょうか?

    みうらじゅんのザ・チープ」という番組の「#4 拓本」の回で、MJが非常に分かりやすい例をあげておられたので、ここで紹介いたします。

    MJが小学生だった頃、母方の祖父(饗庭蘆穂氏)が定年後に拓本(石碑などの表面に紙を置き、墨で文字や模様を写し取る技法)にはまり、『拓本による京の句碑 上』(当時 4,800円)という本を出版しました。

    お祖父さんは、親戚が集まっている場に、ものすごい量の本を持ってきて、こう言い放ちます。

    「1家庭に2冊以上買って欲しい」

    この、親戚内での「押し売り行為」を、「アウトロー」ならぬ「アウト老」であるとMJは評していました。非常に分かりやすい例ですね。

    さて、この『アウト老のすすめ』は図書館ではどのコーナーにおくべきでしょうか。NDC(日本十進分類法:図書館などでの分類に用いる体系)では、「159 人生訓」などがあります、どうでしょうか。もしくは「367.7 老人.老人問題」でしょうか。それとも有害図書として廃棄されてしまうのでしょうか。

  • 大正時代のカフェと『巷の雑音』(宇野千代)

    今回は『巷の雑音』です。『脂粉の顔』(過去記事)、『墓をあばく』(過去記事)に続く、宇野千代のたぶん三作目です。

    「たぶん」と書いたのは、宇野千代 – Wikipedia を見ても、ちょっと判然としないからでして。

    「来歴」の項目を見てみると、

    1921年に『時事新報』の懸賞短編小説に『脂粉の顔』が一等当選し、作家デビュー。

    と、一作目は分かりやすいですね。

    「文章がこんなに金になるのか」と驚き、「なんて儲かるんだ、これは書かなきゃいけない!」と執筆活動に専念。『墓を暴く』を中央公論に送ったが、一向に返事がなく、上京したところ、すでに掲載されていたことを知り、その場で原稿料をもらう。

    と、流れがあり、『墓を発く』が二作目っぽいです。ちなみに、引用は本文ママなのですが、『墓を暴く』になっていますね。ウィキペディアー(有志)の方、修正お願いします。

    初期の作品については、「来歴」にはそれ以上の記載はありません。「年譜」の項目には、1921年に『脂粉の顔』が懸賞一等、1922年に『墓を発く』が中央公論に掲載、1923年に短編集『脂粉の顔』が上梓されたことが書かれています。でも、これからだけでは、短編集の収録作品は分からないですね。

    そして、今 私が読んでいるのは、『老女マノン・脂粉の顔 他四篇』 (岩波文庫 緑 222-2)なんですが、嬉しいことに各作品の最後に日付が入っていて、これは脱稿の日付だそうです。書き出してみると、

    『脂粉の顔』   1920年12月
    『墓を発く』   1921年11月22日
    『巷の雑音』   1922年7月5日
    『三千代の嫁入』 1925年1月13日
    『ランプ明るく』 1925年2月26日
    『老女マノン』  1928年5月30日

    となっています。初期の作品は順番に並んでいそうということで、「宇野千代のたぶん三作目」とさせていただきました。(前置き終わり)

    主人公のおきぬは、東京に出てきて、念願のミシンを手に入れ、これで稼ぐぞーと考えていたのですが、ふとしたことで足を怪我して、ミシンが踏めなくなり、ミシン屋にローンを支払えないと判断され、ミシンを取り上げられ、どうやって食べていこうと思っているところに、追い打ちで、田舎から学生の弟が姉を頼ってやってきて、にっちもさっちもいかなくなる、という流れです。

    そこで、カフェー(アクセントは後ろにおいてほしい)が出てきます。大正時代のカフェーは、スタバのような意識の高い場所ではなく、ちょっといかがわしさの漂うところでした。

    以下はお絹が働くことになったお店の描写です。

    カフェ、ローラは都下でも二流と下らない店であったから、夜、九時より遅くまでどあ、、を開いておく事を恥としていた。(それはただ、表看板であった。恥しくて掲げられない看板であった)

    今じゃあまり見ない「二流と下らない」みたいな使い方が難しいですが、つまりは、うちは一流の上品な店だから夜中の営業なんかしないよ、ということでしょうか。ただ、それは表向きの話で、「恥しくて掲げられない看板」のような裏の側面もあった、ということだと解釈しました。

    実情は、

    お蔭で、女給仕たちは比較的早く、家へ帰れるのであった。然し、彼女等には、それから後に、薄暗い世界があった。思い思いの方角へ出掛けて行った。

    お絹自身は、そんな夜の世界には染まらずに、つっぱってやっていこうとしますが、他の女給たちのいやがらせ、品のない客から受けるストレス、多忙な業務(給仕だけでなく、閉店時間帯の片づけや掃除も彼女たちの仕事でした)、睡眠不足などで、徐々に精神的に追い詰められていきます。

    短編集を『脂粉の顔』『墓を発く』『巷の雑音』と読んできましたが、全部重たいです。もたれています。次こそはデザートのような作品を、と期待しながら読み進めていくのでした。

  • 『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』の単行本(偕成社)

    私の感想文ルール: 一つ、装丁について書いてもよい

    『幸せな家族』については、BSテレ東の『あの本、読みました?』で知りました。そして、その本、読みました。(実在する『その頃はやった唄』

    『あの本、読みました?』では、以下のように紹介されていて(番組サイトへのリンク)、

    ▼36年前に出版された『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』も復刊後、再ブレイク! その意外な理由とは?

    私は、その復刊した文庫版を読んだんですね。文庫版はすっかり大人な感じの、電車で読んでも恥ずかしくないデザインの表紙になっていました。ターゲット層は今の若者ではなく、元ジュブナイルなんだと思います。その頃、読んで戦慄を受けた世代が、懐かしんで読むことを想定した装丁になっているんでしょう。

    元ジュブが現ジュブだった頃に、どんな感じの表紙で、裏表紙のあらすじやあおり、、、文には何が書かれていたのかが気になります。アマゾンでは単行本はヒットしません。これが絶版ってやつなんですね。

    でも、自治体の図書館で探したらありました。絶版本は図書館に限りますな。

    表紙はこんな感じ。

    厚みはこんな感じ。

    主人公(語り手)の省一と、物語で特に重要な役割を果たすお姉さんの一美でしょうか。お兄さんの行一ってことはないですよね。そういえば、みんな「一」がつきますね。お父さんの勇一郎からとったのでしょうか。まあ、みんな死んじゃうんですけど。

    表紙は特に子供向けという感じはしないですね。ただ、表紙の裏には

    本格派ほんかくは長編ちょうへんミステリー、ついに登場とうじょう

    と、ルビ付きで書かれているあたりが、ジュブチックです。

    あと、挿絵は文庫版と同じです。挿絵っていいですね。好きです。変に大人ぶらないで、挿絵ばんばん入れてほしいです。

    意外だったのは、楽譜も載ってた点でした。『百年の孤独』の家系図みたいに文庫化にあたって足したものだと思ってました。青少年たちはリコーダーで吹いたりしたのかもしれません。

    偕成社かいせいしゃは主に児童書を出版している会社で、『幸せな家族』も「K.ノベルズ」というシリーズの1つのようです。巻末にK.ノベルズの広告ページがあり、そのキャッチコピーがいかしてました。

    「マンガが一番おもしろい」と言っている吉田君に読ませたい

    誰でしょうか? 吉田といえば、茂か拓郎か照美か牛の吉田君などが思い浮かびますが、どれでもなさそうです。