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勝手に読書感想文。漫画も映画も含みます

タグ: 日本

  • 又吉直樹と太宰治と自意識過剰

    普通に生活しているとたくさんの人のことを知ることになりますが、そのほとんどの人に対して特別な印象を持つことがありません。好きでもなく、嫌いでもくなく、興味もない。もっと言うと、「興味がない」わけでもありません。なぜなら「興味がない」には、もはやネガティブなニュアンスが感じられるからです。

    「人のことを知る」というのは、一緒に仕事をするとか、遊ぶとか、たまたま雑談を交わすとかもありますが、もっと広く、一方的にこちらがその人を知っているだけの、有名人のことを見聞きすることも含めています。

    私が又吉さんに対して、ニュートラルな状態でなくなった瞬間は、又吉さんが太宰治について語っていたときでした。インタビュー記事だったのか、テレビ番組だったか、もはや覚えていないし、このような言い回しを使っていたかもあまり自信はないのですが内容としては「好きな作家として太宰治をあげるのはけっこう勇気がいる」みたいなことでした。

    この感覚、どのくらい多くの人と共有できるでしょうか。太宰治を読んだことがない、イメージもないという人はこういう感覚を持ちえないでしょう。太宰治にはまって、たくさん読んで、好きな作家を聞かれて、迷いなく「太宰治が好きです」という人と共有できる感覚でもありません。

    太宰治について、暗いとか重いとかそんなイメージを持っている人は多いと思います。でも、太宰はキャッチーでもあるのです。万人受けする作家なのです。万人受けが言い過ぎなら、「千人受けする」という言い方がぴったりかもしれません。『人間失格』あたりを中高生で読んで、

    「こ、これは、俺のことを書いている・・・」

    と思う人は結構多いはずです。すでに数十万人の若者がこの体験をしていることでしょう。

    そして、どうやらそうらしい、きっとそうなんじゃないか、と思いこむと、「太宰治を愛読しています」と言うことが恥ずかしくなってきます。そんな宣言をすれば、「あらあら、文学青年気取りですか?」みたいなことを思うやつがいる(のではないかという被害妄想に取りつかれる)からです。実際はそんな意地悪な人はほとんどいないのでしょうが、太宰が自分の代弁者であるかのような感覚を少しでも感じた人間が、実体をもたない「世間」を否定しながらも、その「世間」に怯えることは十分にありうることです。

    又吉さんが書いた『東京百景』にはいろんな要素が詰まっているので一言では言い表せません。上京してきた「何者でもない」若者のエピソードが書かれたエッセイという表現は数十パーセントは表現できているかもしれませんが、それだけではありません。売れない芸人、ちょっと売れ始めた芸人、いろんなものに怯えすぎる若者、体験談に近いものもあれば、亀や流れ星が話しかけてくる妄想に近いものものもあります。自意識過剰をこじらせすぎておかしなことになっている話もあります。人に話したくなる「すべらない話」の要素も含んでいます。

    そして、『東京百景』は究極の「人生最後に読みたい本」なのですです。なぜかというと、BSテレ東の「あの本、読みました?」とう番組で、又吉氏自身が「人生最後に読みたい本」として、この『東京百景』をあげていたからです。

    作家が「人生最後に読みたい本」を聞かれて、自身の著著をあげたのです。太宰好きを公言するときに発揮したような勇気を再び発揮し、なしとげた快挙なのではないかと思います。

    これを見て私はさらに、又吉さんに対してニュートラルではなくなりました。お気づきだと思いますが、素直に好きだとは言えない状態になっています。なぜ?って。そこを汲み取っていただけない方とは、分かり合えそうにありません。

  • 後半のダラダラ感がたまらない『菊次郎の夏』

    今さらながら、『菊次郎の夏』を初めて見ました。久石譲さんのテーマ曲は知ってて(普通に生活してたら絶対にどこかで聞いていると思う)、なんとなく内容も知ってて(母親を探している子供を、おじさんが連れて歩く、くらいのレベル)、子供が出てくるVTRなんかでこの曲が流れるだけで涙腺が緩む感じになっていました。映画も見ていなかったのに。

    内容というか演出はちょっと変わっていました。途中で何度かチャプターのサブタイトル(しかもちょっとおちゃらけている)みたいなのが入ったり、コントっぽいやりとりのシーンがあったりとか。「だるまさんがころんだ」を裸でやるみたいな場面で、他のみんなはパンツ一丁なのですが、井出らっきょさんは、なぜか全裸で。そうです、期待通りです。なので、タコの絵で隠している映像の加工とか。普通の映画だったら、品格が下がりそうな演出を、あえてやっている気がします。たけしさんの台詞も、演技と素と芸人が混ざったくらいのトーンで、それがいいんだろうなと思いました。

    菊次郎は子供のほうではなく、おじさん(ビートたけし)のほうです。子供は正男で、祖母と二人暮らしで。夏休みにたまたま見つけた母親の写真がきっかけで、母親に会いに行こうします。子供だけでは行けないので、知り合いの夫婦の旦那の菊次郎が子供を預かる形になるという展開。

    菊次郎は、普通だったら子供を預けたくないタイプの人間なんですね。旅行のために奥さん(岸本加世子)からもらった資金を握りしめて、まっさきに競輪場に行ったり、そのあとクラブ(?)キャバレー(?) みたいなところに行ったり。しかも正男を連れて、ですよ。でも、奥さんは「うちの人、子供好きだから」みたいな感じで、菊次郎に正男を託しちゃうという、昔の下町っぽいおおらかさ。

    ラストではなく、結構早い段階で目的を達してしまうというか、達せなかったというか、そういう状況になりまして、そのあとはダラダラと遊んで過ごす場面が続きます。でも、このダラダラ感は必要なんだろうなあと思います。やることないから、どうでもいい遊び(前述の裸だるまさんがころんだ的な)で時間をつぶす。大人になるとなかなか味わえない、永遠に続く夏休み、何の目的もないけど時間だけはある、みたいな感覚。

    計画性皆無のめちゃくちゃな旅なんですが、結果的に正男にとってはかけがえのない経験になります。

    旅の途中、正男はずっと、菊次郎のことを「おじちゃん」と呼んでいたんですね。旅の終わり、別れ際に正男は、

    (離れた場所から呼びかける)
    「おじちゃーん」

    (振り返る菊次郎)

    「おじちゃん、名前なんていうの?」

    (少し照れながら)
    「菊次郎だよ、バカヤロー。帰れ、はやく」

    言葉数が少ない正男が、名前を尋ねるという、とても淡い、でも、とても深い愛情表現です。皆様の位置からは見えないと思いますが、今、私泣いています。さようなら。

  • 宇野千代の短編集『幸福』(1972年)が重たすぎる

    こちらの過去記事を書いたときは、短編集の1作目(表題作の『幸福』)だけを読んだ状態で、最近やっと全部読み終わったので、追加の記事です。

    書籍の情報はアマゾンあたりで見れば、表紙画像や収録作など、けっこうなものが参照できると思っていたのですが、絶版の本は例外ですね。

    この1972年の『幸福』については、アマゾンの商品ページはあるものの、情報が少なくて収録作も分かりません。でも、表紙画像があるのはうれしいところ。わざわざ「1972年」と書いたのは、ウィキペディアが正しければ、同じ『幸福』というタイトルの短編集が1924年に金星堂という出版社から出ているからです。こちらはさすがに古すぎて、検索しても収録作の情報も出てきません。

    なので、1972年のものについては、収録作などを書き留めておこうと思いました。

    巻末の初出一覧です。

    収録作品発表誌一覧

    幸福      新潮  昭和45年4月号
    (第十回女流文学賞受賞作品)

    水の音     新潮  昭和44年8月号

    貞潔      海   昭和44年11月号

    この白粉入れ  新潮  昭和42年1月号

    野火      海   昭和46年2月号

    行く      群像  昭和36年5月号

    いま見るとき  文学界 昭和47年10月号

    では、それぞれメモ。

    『幸福』
     語り手は「一枝」。年齢は「七十をとうに越している」。夫の名前は出てこない。作中では「良人おっと」と記載されている(振り仮名なし)が、若い人はこういう名前かと思ってしまいそう。夫は戦争に行き、帰ってくる。一枝は十一軒目の家に住んでいる。

    『水の音』
     ごく短い作品。「今年の暮で、私は七十二歳になる」。野兎の「ピヨン吉」を飼う話。

    『貞潔』
     妻は「信子」、夫は「哲二」。哲二は画家(モデルはたぶん東郷青児)。絵を売るための苦悩。信子は破産した不倫相手のために、家からあり金全部(小切手)を持ち出す。

    『この白粉入れ』
     他の作品につけられてたふりがなによると、白粉おしろいと読むと思われる。語り手の愛人は「あの人」。新しく建てた家に、語り手は、あの人とその正妻と同居している。正妻の子が「一馬」。あの人は、かつて心中しようとして失敗した別の女性と、その後、結婚する。二人の子が「あけみ」、歌手の卵。語り手の出版記念の会で、あけみに歌ってもらう。
     嘘みたいな「設定」だと思ったのですが、かなり実話がベースになっているようです。(参考:[山口県岩国市]NPO宇野千代生家 宇野千代の人生と文学 二番目に好きだった男
     あの人は東郷青児、妻は盈子、二人の子は たまみ、がモデルになっているらしいです。

    『野火』
     「ハッパ」(発破のこと)の事故で両足を失った人の話を聞き、かつて恋愛関係(ちょっと微妙だが)にあった男も同様の事故に合い、手紙が何度か来たことを思い出す。

    『行く』
     短い作品。『この白粉入れ』に出ていた一馬と同じ設定の「正夫」が訪ねてくる話。『この白粉入れ』にも同様のエピソードがある。『行く』のほうが古いので、この掌編のエピソードをふくらまして『この白粉入れ』に盛り込んだのでしょうか。

    次が最後。

    『いま見るとき』
     妻は「信子」、夫は「(佐伯)啓吉」(モデルはやっぱり東郷青児)、夫の愛人「八重」。信子は二人の関係を知っているが、見逃しているような微妙な状況。すごいシーンあります。信子と啓吉の会話。

    「待って、ここへ八重を連れて来て、」「八重を、八重を連れて来て、どうするんだ。」「あたしの見てる前で八重を抱いて、」「何だって、」「八重を抱いて。啓吉さん、あなた、いつでも、あたしの知らない間に八重にしてたことを、いま私の見てる前でして、」何を言っているのか信子にも分らなかった。

    よし、このシーン、朝ドラ『ブラッサム』でやりましょう。

    この後を引用すると、グーグルにアダルトサイト認定されてしまいそうなので、やめときます。

    そしてこの作品、すごくいやな終わり方をします。

    「アメリカ兵の車だから、賠償金はとれないわよ。ヘーイ、レッツゴー、」八重はその出来事を路上に残したまま、つれと一緒に行ってしまった。

    この直前に起きた出来事の重大さと、八重の「レッツゴー」という軽い言葉のギャップが、いやーな後味を残します。

    宇野千代の初期の作品(過去記事)は、自身をモデルにしたけっこう重たいものが多かったので、その時期を朝ドラのエピソードにするのは厳しそうだなと思ってました。

    その後、作風が変わってすっかり明るい作品になったりするのかと思ったら、70代頃に出した短編集もなかなかハードな私小説でした。朝ドラが昼ドラのようになってしまわないか心配です。

  • 芥川龍之介『葱』と宇野千代と今東光

    2026年後期のNHKの朝ドラ『ブラッサム』のモデルは作家の宇野千代です。もちろんフィクションですが、きっと宇野千代のエピソードがいろいろと盛り込まれることでしょう。そして、このエピソードは絶対に入ってくるのではないかというのが、「デート中のネギ購入事件」です。ウィークエンダー風に再現VTRを作ったりすると盛り上がりそうです。「小説によりますと・・・」

    小説ではあるんですが、宇野千代に関するエピソードを人から聞いて、それを作品に仕上げたというものみたいです。この『葱』は青空文庫で読めます(芥川龍之介 『葱』)。

    「お君さん」のモデルが宇野千代、「田中君」のモデルが今東光こんとうこう(作家)だそうで。

    まずは、待ち合わせのシーン。

    「御待たせして?」

    お君さんは田中君の顔を見上げると、息のはずんでいるような声を出した。

    「なあに。」

    田中君は大様おおような返事をしながら、何とも判然しない微笑を含んだ眼で、じっとお君さんの顔を眺めた。それから急に身ぶるいを一つして、
    「歩こう、少し。」

    どうやら、サーカスを見に行く予定だったみたいですが、食事に変更です。

    「お君さんには御気の毒だけれどもね、芝浦のサアカスは、もう昨夜ゆうべでおしまいなんだそうだ。だから今夜は僕の知っている家へ行って、一しょに御飯でも食べようじゃないか。」

    「そう、私どっちでもいわ。」

    お君さんは田中君の手が、そっと自分の手を捕えたのを感じながら、希望と恐怖とにふるえている、かすかな声でこう云った。

    なんか、いい雰囲気です。その後、路幅の狭い町を歩いていると、一軒の八百屋があります。

    お君さんは思わずその八百屋の前へ足を止めた。それから呆気にとられている田中君を一人後に残して、あざやかな瓦斯の光を浴びた青物の中へ足を入れた。しかもついにはその華奢な指を伸べて、一束四銭の札が立っている葱の山を指すと、「さすらい」の歌でもうたうような声で、
    「あれを二束下さいな。」と云った。

    やっぱり「葱」というのが効いていますね。ズッキーニでもルッコラでもなく、ネギというのがポイントです。八百屋で何か買おうとする時点で興ざめな感じはありますが、ネギというのがさらにそれを盛り上げます。バッグにさっと入る形状でもないし、独特の匂いもあるし、生活感野菜の王様です。

    小説はこのあと、あきれたような様子の田中君と、お得な買い物ができて嬉しそうなお君さんの対比で幕を閉じるのであります。

    どうやら実話がもとになっているであろう、このエピソードを芥川に書かれた宇野千代は、『老女マノン』の中で、登場人物の「小母おばさん」が若い頃、ある作家に自分についての小説を書かれたという設定で、逆にネタにするという、さらなるおまけエピソードにつながります。(過去記事

    私は、芥川龍之介というと、『杜子春』や『蜘蛛の糸』のようなおとぎ話系のやつではないもので、作家としての自分を登場するものだと『或阿呆の一生』のイメージが強くて、暗い、重いものを想像してしまいます。でも、この『葱』は軽く書いたような演出がなされてて、印象が違いました。

    冒頭も、

    おれは締切日を明日みょうにちに控えた今夜、一気呵成かせいにこの小説を書こうと思う。いや、書こうと思うのではない。書かなければならなくなってしまったのである。では何を書くかと云うと、――それは次の本文を読んで頂くよりほかに仕方はない。

    みたいな始まりかたです。他にも、気障きざなキャラの田中君のような人を見たければ、音楽会や展覧会に行けばいい、そんな奴は2,3人は必ずいる、みたいな流れで、

    だからこの上明瞭な田中君の肖像が欲しければ、そう云う場所へ行って見るがい。おれが書くのはもう真平御免まっぴらごめんだ。

    と、物語の中に作者が登場してきます。最後の方では、

    まあこのままでペンをこう。左様さようなら。お君さん。では今夜もあの晩のように、ここからいそいそ出て行って、勇ましく――批評家に退治されて来給え。

    のように、登場人物に語りかけたりします。これが小説? なんだかエッセイっぽい書き方のような気もするので、この話がそのまま実話なんじゃないかという気もしてきますが、やっぱり小説なんですよね

    ちなみに、宇野千代の『老女マノン』のほうでは、そのようなことはあったが、その男性とは恋愛関係にはなかったし、登場している女性は自分とは全然似ていない(一方、登場する男性は実在する人と似ている)みたいなことが書いてありました。まあ、こちらも小説(フィクション)なんですが。

  • 宇野千代の二つの『幸福』

    宇野千代のデビュー作『脂粉の顔』を読んだので(過去記事)、次もなるべく初期の作品を読んでみようと、ウィキペディアの著作の欄を見てみると、年代が一番古いものだと、

    『幸福』(金星堂、1924年)

    というものがありました。自治体の図書館で検索すると

    『幸福』 宇野 千代/著 — 文芸春秋 — 1976 —

    というのがあったので、これだろうと思い、借りてみました。なかなか年季の入った単行本でタイトルは『幸』です。表題作『幸福』の冒頭を引用すると、

    いつでも一枝は風呂から上ると、ちよつとの間、鏡の前󠄁に立つて、自分の裸のからだを見る。タオルをてて、少し腰をひねるやうに曲げて立つてゐる。ぽつんとあからんだ肌をしてゐる。「似てる。」と思ふ。

    出た!「やうに」、「思ふ」。それ以外もなかなかの歴史的仮名遣いです。「前」の字の「月」のところがちょっと違うところにも気付いてほしい。昔は、お空の月と肉月は違う書き方をしていたんですね。ためになったねー。

    「ゐ」なんか、最近は

    るるるるる
    るるるるる
    るるるゐる
    るるるるる

    こういう、速く見つけるクイズ(?)とかでしか見ないですね。

    ちなみに、お若いあなたのために、上記には振り仮名を振りましたが、オリジナルの本文には振り仮名はありません。ちょっとハードルが高い。

    巻末付近の発行日や価格が書かれているところも、

    定價 七百八十圓

    となっています。分かるとは思いますが一応、「定価 七百八十円」の旧字です。「圓」の字といえば、「三遊亭圓生 」を思い出しますね。

    でも、ふと思ったんですね。発行の日付は「昭和四十七年十一月」となっています。「知らんがな」と思われそうですが、私が生まれる直前です。私が育ったころには、旧仮名遣いは、もはや使われていませんでした。じゃあ生まれた頃はまだ旧仮名遣いが一般的だったのでしょうか?

    なんでも答えてくれるあいつに聞いてみると、その頃はもう旧仮名遣いは使われていないとのこと。「でも『定價 七百八十圓』とか書いてあるよ?」と聞くと、昔 出版したやつの復刻版とかじゃないか、なんてことを言う。ほんとだろうか。

    初出一覧みたいなのがあったので見てみると、

    收錄作品發表誌一覧

      幸福 新潮 昭和45年4月號
      (第十回女流文學賞受賞作品)

    とあります。

    あれ? そういえば、ウィキペディアに載っていた『幸福』には、「1924年」(=大正13年)と書いてあったけど、発表日付の昭和45年は1970年です。よく見たら全然違うじゃん。別物?

    確かに、借りてきた『幸福』の主人公 一枝は「七十歳をとうに越してゐる」女性という設定です。1897年生まれの宇野千代は、1970年には70歳過ぎたくらいの歳ですから、自身がモデルだとすると、ぴったり一致します。

    11軒の家を建てた話とか、離婚している点など、ウィキペディアに載っている宇野千代のエピソードと一致する話も、小説に盛り込まれています。

    私が借りてきたのは70歳過ぎの頃の『幸福』でした。それでは、ウィキペディアに載っていた27歳の頃の『幸福』はどこにあるのでしょうか? こうして、私は今日も幸福を探し求めているのです。

    さて、恒例の朝ドラ「ブラッサム」予想です。

    とても信じられないことであるが、一枝は若いときから今日までに、家を十一軒建てた。

    これは脚本家がドラマに盛り込みたくなるやうな話ぢゃあないかと思ふのですが、いかがでしょうか。


    2026年8月27日 追記
    初期のほうの『幸福』も全集で読みました。振り仮名が少なくて、大変でしたが、いちいち調べているとリズムが損なわれるのでフィーリングで読みきりました。
    宇野千代の初期の方の短篇『幸福』を読む


  • 17歳のときに知りたかった 受験のこと人生のこと。(びーやま著)

    ウェブの記事(17歳のときに知りたかった受験のこと、人生のこと。 | ダイヤモンド・オンライン)を読んで、面白かったので、図書館で借りてみました。けっこう予約が入っていて、2,3か月は待ったと思います。

    この本のすごいところは、大人はみんな薄々感じているけど、中高生くらいの若者に正面切って伝えることはないような、世の中の仕組みをストレートに伝えていることです。それは、日本はいかに学歴社会であるか、という点です。

    他の先進国に比べて日本が特別に、というわけではないのですが(本書には中国、韓国、アメリカの事例についても触れていました)、少なくとも日本も学歴社会である、と。

    まず、ネガティブな側面が強調されます。学歴が与える偏見や学歴による差別など。何も迫害されるわけではありませんが、比較・評価されるときに、学歴がいかに「効く」か。逆にそれがない人がどれだけ不利になるか。

    まずは就職ですよね。大手企業にはたくさんの就職希望者が集まります。人事の人もちゃんと見てられないですよ。有名私立や国公立の大学名でフィルタせざるを得なくなる。1次選考通過者のデータがもし手に入れば、その法則性は簡単に読み取れると思いますよ。

    機械学習をやったことのある人ならイメージがわきやすいかも。就職希望者のデータといったら何があるんですかね。説明変数です。年齢、性別、大学名、学部・学科、大学での成績、浪人・留年の有無、資格、大学の立地・居住地。あとは、自由記入欄のキーワードなどから特徴量を抽出して・・・といろいろ頑張って、ランダムフォレスト(ごくごく素朴な手法)かなんかで数秒で学習が終わって、変数の重要度を見たら、大学名で90%決まってます、みたいな。他の変数も効いているけど、数%ずつとかね。

    就活において、「学歴がすべてではない」というのは真実ですが、そのあとに補足が必要ですね。「でも、ほとんどである」と。

    あ、なんか体裁をそれっぽくすると、格言みたい。

    Educational background isn’t everything, but it’s almost everything.
           Nanka=Sonna=Kigasuru (1973-2026)

    就職のあとも、他者と比較される場面はそれなりにありまして、異動のときとか(希望者の募集とか、プロジェクトメンバーの抜擢とか)、あとは昇進試験とかね。転職するときは、ふたたび履歴書に書くことになるだろうし。

    以前勤めていた会社での話なのですが、普段は誰がどこ大学だなんて、気にもしないのですが、ふとしたことでそんな話題になったときに、まわりじゅう早稲田・慶応だらけでびっくりしました。派閥の人事採用枠でもあるのか?と思うくらい。

    面接官をやったことのある人なら分かると思いますが、めちゃくちゃ疲れますし、時間もとられます。できることなら、人数をしぼってから、少人数を面接したいと思いますよ。学歴フィルタは必然の流れです。

    あと、大手企業で面接官をしている人は、たいてい高学歴ですからね。親が自分の受けてきた教育を過剰に良いものだと判断して、自分の子も同じようにしたがる(女子校に行ったお母さんは娘を女子校に行かせたがる)という話を聞いたことがあります。面接官が、自分の歩んできた道と似た道を歩んできた志望者をひいき目に見ないとは言い切れません。

    これも若干ネガティブな響きになるのですが、あなたが天才なら学歴はいらないけど、そうではないでしょ?という話。大谷翔平選手やZOZOの前澤友作氏、吉野家の河村泰貴社長(現在は会長)が高卒である例をあげてました。そういえば、藤井聡太名人にいたっては学歴上は中卒になりますからね。でも、高学歴が不要な職業は存在しますし、経営の手腕みたいなものに必須なものでもないのでしょう。でも、それはごく一部の例外であると。

    ドラゴン桜の「バカこそ東大に行け」みたいなフレーズとも共通点がありますね。バカなんだから、学歴くらいつけておかないと、搾取される側になるぞ、みたいな。

    では、不利にならないようにするためにだけ、意味のない学歴を身につけるべく、今は我慢しなさい、みたいな後ろ向きな話ばかりかというとそうではなく、なぜ学歴に意味があるのか、というあたりもちゃんと語られています。

    学歴は、あなたが「頑張れる人」であることを証明してくれる

    範囲が決まっている勉強も頑張れない人がほかのことでも頑張れるのだろうか

    学歴だってその人が頑張った立派な証じゃないか

    など、学歴の意味を確認できたり、モチベーションを高めたりできるようなフレーズも散りばめられています。

    3つ目のものを補足すると、3年間野球に打ち込んで甲子園に行った、というのは大抵評価されるし、大っぴらに語られるのですが、 勉強を頑張って東大に合格しました、というその部分を特に強調することはあんまりないですよね。

    甲子園に行った人に、「プロ野球選手にならないんだったら、意味なくない?」みたいなことを言う人はいません。たぶんいないと思う。いないんじゃないかな。ま、ちょっとはいるかも。(©さだまさし)

    明確なルールがある同じフィールドで努力して、優秀な成績を収めたんだったら、それ自体に価値があるし、それを誇ってもいいんじゃないかということですよね。

    私が感銘を受けた部分はほとんど第一章(本書では「1時間目」と表記)に載っていました。わたくし的には一番「濃い」章でしたね。後半はだんだんライトになっていく印象でした。これもやっておいてもいいかも的な話とか。より今の高校生の人に向けたメッセージに近いところかも。オバフィフ(50代以降)の私としては、話が若すぎてピンとこないところもありました。「こう考えちゃうかもしれないけど、こうですよ」という話の展開で、「こう考えちゃう」・・・のか? と、話が入ってこなくなる感じ。私が言いたいこと伝わってますでしょうか。まあ、いいや。(年をとると諦めが早くなる)

    語り口が軽いのと、細かく段落が切ってある(ウェブ記事っぽい)のと、対談のページなんかもあるので、分量的にはさっと読める感じです。私は、通勤時の、行き、昼休み、帰り、で読み終わりました。昼ご飯も食べたし、満員電車ではずっと読めるわけじゃないけど、それを引いても1日で読める分量でした。

    では、勉強に戻らなきゃいけないので、このへんで。

  • 鈴木悦夫の短編集『もうちょっとで大人』(『祭りの日』収録)

    『幸せな家族 そしてその頃はやった唄』の文庫本の巻末の解説に、著者の鈴木悦夫氏が『祭りの日』という作品で第二回 日本児童文学者協会新人賞を受賞したという話が載っていました。その賞は権威のある賞で、受賞した作品はそれなりに注目されるにもかかわらず、『祭りの日』が収録された短編集『もうちょっとで大人』が出版されたのは、受賞から17年も経ったあとだったとも書かれていて(過去記事:実在する『その頃はやった唄』)、ぜひ読んでみたいと思ったわけです。

    しかし、アマゾンで検索しても出てこないし、ブックオフのオンラインストアにも在庫がない。表紙の画像さえも出てこないという状況。絶版ってやつですね。でも、稲城市の図書館にあったので借りることができました。

    昔は図書館の本には、裏表紙あたりに貸出管理用の記入欄の紙が必ず貼ってありましたよね。この本にも「貸出期限票」が貼られていて、それには(昭和)61年の日付のスタンプが押されていました。出版された1986年に購入され、現在まで所蔵されていたということになります。

    裏表紙には

    こみね創作児童文学・9

    小学校上級から 小峰書店 定価980円

    と書いてあり、装丁も児童向けという感じですが、内容は『幸せな家族…』を彷彿とさせるものがあります。

    9作が収録された短編集で、安心して子供にすすめられるようなさわやかなハッピーエンドの作品も含まれているのですが、微妙な読後感のものもいくつかありました。

    このあとはネタバレだらけなので、読もうと思っている人は、早めに図書館へどうぞ・・・

    ・・・読んだ?

    『13個目のカセットテープ』は、長野県に住んでいて、体が弱かったせいもあり海を見たことがない愛子が、海の近くに住んでいる健一と文通をしているという設定。これが普通の文通ではなく、カセットテープを使った《声の便り》というわけです。

    愛子は海を自分の目で見たいので、健一の住む町に訪ねて行こうとするのですが、健一はなんだか乗り気ではない。でも、愛子は訪問を強行します。

    道を聞くために入った郵便局で見かけた目の見えない男の子が、なんと健一だったいうわけです。

    健一は目が見えるふりをして、海の様子を語って、愛子にカセットテープを送っていた。愛子が訪ねてくると、そのことがばれてしまうので、訪問に否定的だったり、《声の便り》を終わらせようとしていたり、というわけです。

    『ブラック・ジャック』(手塚治虫)の『ハローCQ』というエピソード(単行本7巻に収録)を思い出しました。足の不自由なジュンと、目の不自由なトムが友人どうしなのですが、お互いの病気を隠しています。それを成立させるための仕掛けがアマチュア無線というわけです。トムが訪日しジュンに会おうとしますが、ジュンは嘘を隠し通すために、トムと仲たがいして関係を絶とうとする、という悲しい展開ですが、最後はブラック・ジャックがハッピーエンドにします。

    一方、鈴木悦夫の『13個目のカセットテープ』の方は微妙な終わり方をします。あたかも見えているかのようなふりをして、海の様子をカセットテープ吹き込んできた健一が、自分は嘘つきだと謝ります。今までのいきさつについて、二人は海の岩場で話をしていたのですが・・・

    と、その時だった。健一のからだが岩の上でくずれ、宙に浮かんだ。

    「ぼくにできるのは、この手で、からだで、海にさわることだけなんだ」

    「だめ――」

    愛子は、おもいきり手をのばした。その手の向こうに、のびやかにそった健一のからだがあった。

    「ぼくは、泳いだこともなかったんだ――」

    このあと、数行あるのですが、結局何が起きたのか、私にはよく分かりませんでした。「岩の上でくずれ」たあとに、「宙に浮かんだ」とはどういう状態なのか?

    「のびやかにそった健一のからだ」という表現から、海へ飛び込む様子が目に浮かびます。でも、そのあとに台詞が続くところがしっくりこないし、飛び込んだのなら「からだが岩の上でくずれ」のところが合わない気もするし、いろいろとモヤモヤする終わり方でした。いろんな解釈を残すために、あえてぼかしたのでしょうか。

    他にも、「問題作」がいろいろと収められています。

    『手押しボタン式信号機』では、物語のかなり前半で、

    ぼくは今、横断歩道を渡りかけて、自動車にはねとばされ、こうして地面にうちつけられて死ぬまぎわだっていうのに、その瞬間に思い出したことは、ものすごく多いのですから。

    という語りが出てきて、それまでに何があったのかが次第に分かっていきます。少年が車にはねられることになる原因も、大人への疑念、反抗、子供特有の非合理的な考え方などが相まったもので、児童文学の真骨頂なのかもしれません。

    『コケシの首』は、大火事で町で焼けたことで、後を継ぐはずだったこけし屋がなくなり、閉塞的な毎日からの脱出や未来への希望を感じる少年の話。

    日本児童文学者協会新人賞を受賞した『祭りの日』は、(少なくとも大人には)よく分からない理由で家出する少年の話。強いて理由を書くなら、祭りが好きな「魚源のじいさん」が、山車だしが倒れ燃えてダメになって大泣きしているのを見かけたから、だったりします。

    〈山車が燃えただけで、あんなに泣けるのはなぜだろう〉と、長いことじいさんを見ながら考えていた。なぜだか知らないけれど、少しずつ、うらやましいような気持ちがわいてきた。

    祭りの日に何かを確信した少年は、ただひたすら海岸線に沿って歩いて行くという、終着点の見えない家出を開始します。

    子供の家出というと、街中で補導されてすぐに連れ戻されるイメージがありますが、人目につかない田舎の海岸線を歩き続ける、この家出は二十日以上にわたります。しかし、ある出来事がきっかけで、少年は家出を終了させ、帰ることを決めます。

    こんな話だったら子供が喜ぶだろうとか、これくらいだったら子供でも分かるだろう、みたいな妥協がなく、子供の独特の心理を描き出し、かつて子供だった大人たちの感情さえも揺さぶってくるのが、鈴木悦夫作品の特徴であるように思います。

  • 宇野千代『老女マノン』と芥川龍之介『葱』

    私の感想文ルール: 一つ、本と関係ないことを書いてもよい

    私が小学生だった頃(40年以上前)、クラスに村田さんという女子がいて、彼女は読書感想文でよく賞をもらっていた。授業中にみんなの前で、賞を獲った感想文を読み上げたことがあったのだが、それを聞いた私は、「全然、本と関係のない話ばっかりじゃん」と思った。いや、訂正します。「全然、本と関係のなか話ばっかりばい」でした。佐賀出身なんで。

    小学2年生の頃、母が新しい職場(寮母)に就くことになった。職場に先輩のおばさんがいて、50代くらいだったろうか。非常に化粧が濃く、派手な身なりをしていた。私は何かの機会、おばさんや母や他の寮母さんがいる前で、そのおばさんの年齢を聞いて、「え?! お母さんよりも若いと思ってた」と言ったのを覚えている。

    母はそのとき30代だった。そのおばさんの方が若く見えるはずはない。だが、お世辞で言ったのではなく、本気でそう思っていた。「派手な格好をしている人は若い」というロジックだったのだろう。もしくは「年齢」という概念をよく理解していなかったのかもしれない。(小2で?)

    とにかく、母とおばさんの映像を今 思いうかべると、どう考えても母の方が若い。そのおばさんの皺だらけの顔は今でも覚えている。母は化粧っけのないほうだった。思えば、私はその時初めて、「化粧の濃いおばさん」という存在をリアルに見て、世の中のおばさんやおばあちゃんは濃い化粧などするわけがないという固定観念との矛盾で、頭が混乱していたのかもしれない。

    そう、村田さんの感想文はこんな感じだった。「いったい、何の話やねん」とつっこみたくなるような。いや、訂正します。「いったい、何の話ば しよーとやろうか」でした。

    つまり、『老女マノン』を読んで、このエピソードを思い出したということでした。共通点は「化粧の濃いおばさん」くらいですが。

    『老女マノン』は、小説として面白い構造になっています。

    主人公の「私」は、「まだ三十二にもなっていない」女性です。長期滞在していた「伊豆の山間にある或る小さな温泉場」で「小母おばさん」を見かけます。

    最初に見かけたときは

    そのほっそりした腰つきと、吾妻下駄をつっかけにした素足の白粉おしろい でもいたような仄白ほのじろさとが遠くまで眼に続く。あれはきっと、昨日東京から来たという長唄の師匠ででもあるのかも知れない、私はそう思ったのであった。

    と、どちらかというとポジティブな描写です。

    しかし、後日、すれ違いさまにもっと近くで見かけたとき、「私の眼からはたちまちにあの後姿の色っぽい水々しさが消えてしま」い、

    年齢は五十を越えていようかと思われるその醜くとしとった濃い脂粉の顔の中に、熟んだ桑苺の実のような口紅の真赤まっかさが、それはあまりに似合わしくないというよりも、見る人の心を寒くさせる。

    と、かなり辛辣な表現に変化しています。桑苺というのは桑の実のことで、未熟なときは赤くてきれいなのですが、熟れると黒くなって、見た目はいまいちになります。この、色の変化を小母さんと重ね合わせたのかとも思いましたが、「熟んだ桑苺の実のような口紅の真赤さ」という表現とは、ちょっと矛盾しますね。

    「私」は、なぜか、この小母さんは自分の姿であるという感覚にとらわれ始めます。将来こんな感じになるんだろうな、という微かなものではなく、もっと強い一体感のようなものです。

    いまや私は二人の過去がまるで一つのもののように似通っていることを、迷信のように信じ始めた。そうなのだ。だから私はその小母さんの話を、まるで私自身のことででもあるかのように私の言葉で書いて見る。

    そして、小母さんから聞いた話は、語り手が小母さんにスイッチした状態で展開します。

    その語りの中で、自分(小母さん)をモデルした小説がある作家によって書かれていて、それは、デートの途中に女性が八百屋の店先で安いネギを見つけ買う、それを見た男性が興ざめする、みたいな話なんですね。

    この、ネギを買った話を小説のネタにされたという部分が、事実に基づいていて、宇野千代が今東光こんとうこう(小説家)と歩いているときの出来事を芥川龍之介が聞き、小説にしたという話を小母さんの話の中に入れ込んでいるんですね。アンサーソングならぬアンサーノベルでしょうか。

    その小説は『葱』という作品で、もしかしたら全集などには入っているのかもしれませんが、ちょっと探した感じだと、単行本や文庫本には収録されていなさそうです。でも、青空文庫(芥川龍之介『葱』)で読むことができます。

    耳にした、人の恥ずかしいエピソードをネタに小説を書く作家、小説に書かれたことを、ネタとして小説に盛り込む作家。実体験と創作がない交ぜになっている、当時の作家像が垣間見られる、二作品でした。

  • 宇野千代『三千代の嫁入』、『ランプ明るく』、そして「吟味る」

    宇野千代の初期の作品を収めた短編集を、『脂粉の顔』(過去記事)、『墓を発く』(過去記事)、『巷の雑音』(過去記事)と読み進み、次は『三千代の嫁入』です。

    まず、入院先から父親が帰ってきます。治ったわけではなく、帰ってからも寝込んでいる状態。この父親がどのように描写されているかというと、
    「前よりももっと気短かになった」、
    「病気のせいで、父は人の気を洗い立て過ぎる」(他人の考えていることを気にしすぎる、暴き立てるのような意味だと解釈)、
    「三千代は昔からの習慣通り、自分の考えをのべる事なしに」、
    「三千代の父は、娘を厳格に教育するというよりも、偏頗へんぱな自分の好みから、どこへも外へ出した事がなかった」
    のような感じです。「偏頗」とは、考えが偏っている、みたいな意味です。

    「厳格な父親」というと、厳しいけれど、言動に筋が通っているようなお父さんをイメージしますが、三千代の父はかなり偏った考えを持っていて、それを家族に押し付けている感じです。

    男や父親が今よりも「強かった」時代です。家庭を完全に支配し、暗い影を落としています。このような家庭環境が続いたせいで、

    三千代も、ずっと子供のころには外へ出たいと思ったが、そのうちに、外へは出られないものと思うようになり、次第に外を忘れるようになった。そして、見知らぬ人や家に対して、かすかな敵意を抱くようになった。

    のような状態です。最初は、反発、逃避しようとするが、しだいに諦めに変わり、最後には感化され、同調するようになる。ある種のマインドコントロールといえるかもしれません。

    この父親から、親戚の家(夫は従兄、義父・義母は伯父・伯母にあたる)へ嫁入りするように言われ、例によって口答えすることもなく、嫁入りします。その家庭では、皆が普通にしゃべっており、好きな時に好きなことをし、食事のときには団らんがあります。私たちが思い描く「普通」の家庭です。

    かくして、三千代は父親から解放され、明るい結婚生活を送るのでした・・・とは、ならないのが、宇野千代です。

    結局、三千代は嫁入り先から、父親のいる実家へ帰ってきてしまいます。伯父さん、伯母さんも好人物として描かれているので、なんで?という感じもしますが、それなりの理由もあったりします。

    ただ、仕方なく父親のもとへ戻るという感じでもなく、吸い寄せられるように家へ帰っていく様子が印象的です。あえて、奈落へ落ちていくような。

    そこで小説は終わった。と思ったら、次の『ランプ明るく』はその続きなんですね。脱稿日は、『三千代の嫁入』が1925年1月13日、『ランプ明るく』は1925年2月26日となっているので、約ひと月半後に書き上げたことになります。

    父親はさらに弱っていて、死を意識し始めたせいか、すっかり大人しくなっています。三千代の母親(若い継母)も、なんだか解放されたような振る舞いを始めます。

    これでようやく、ランプが明るくなるのかというと、そんなことはなく、父親は最後の力を振り絞って、三千代や母親たちに「復讐」を試みます。

    この父親がよく使う言葉に「吟味るな!」というものがあります。本文には、「人前を繕うな、という意味だった」とあります。人目を気にしすぎたり、見栄を張るのはよくないですが、この父親の基準が実に偏っていて、掃除をして家の中をきれいにしたり、ランプのホヤ(火屋:ガラスのカバーのところ)のススを払うことさえ、「吟味る」に相当するらしいのです。そのために、ランプを明るくすることさえできないという状況が、タイトルの『ランプ明るく』へと繋がるわけです。

    この「吟味る」をウェブで検索しても、ほとんどでてきません。古文書みたいなのがヒットしますが、PDFだったりして(無償枠では)ファイル内をテキスト検索できず、本当に「吟味ったり」「吟味らなかったり」「吟味られたり」しているのかどうか分かりませんでした。

    唯一、現代の人で「吟味る」を普通に使っている人がいました。写真を見ると堅気とは思えない人相の人だったので、リンクとか張ると殴られるんじゃないかと思いましたが、よく見るとプロレスラーのかたでした。なので、リングで張られるかもしれません。

    この柄は好きだけど、、、いらない!! | 石井智宏オフィシャルブログ「石井智宏日記」Powered by Ameba

    使われ方は・・・

    吟味るなよ!!

    お、お父さん? 他にも、「吟味り」という名詞形も用例採取できました。おそらくすでに、現在では使われなくなった言葉だと思われますので、「最も新しい時代の使用例」として歴史的な価値があると思われます。(参考過去記事:「俗語」と「流行語」の違い

    巻末の解説を読んで驚いたのですが、この三千代の結婚&出戻りのエピソードは本人の経験に基づいているんですね。

    私はここで、「三千代」が「千代」から取った名前であることに気づきました。我ながら鈍すぎます。

    以下、《解説》宇野千代の生と文学 より

    十四歳の玖珂くが郡立岩国高等学校女学校(現・岩国高等学校)二年生の時、千代は父親の命によって、生母の姉の長男藤村亮一のもとに嫁がされる。それらの日々は『三千代の嫁入』『ランプ明るく』に詳細に描かれるが、『追憶の父』とともに、千代は父親を書き尽くした。

    十四歳のときに、特に交流が深かったわけでもない親戚の家に、何の前触れもなく嫁がされるという、現代では考えられないエピソードです。これはきっとNHKの朝ドラ『ブラッサム』に盛り込まれると、予言しておきましょう。

    そして、「はて?」(『虎に翼』)や、「たまるかー」(『あんぱん』)のように、「吟味るな!」をNHKが流行語にしようと、お父さんに連発させるが、やっぱり流行らないという予想もしておきましょう。

  • 『アウト老のすすめ』(みうらじゅん著)の図書分類

    ちょっと前のことですが(50代にとって半年前は「ちょっと前」の範疇です)、「あの本、読みました?」というBSテレ東の番組に、みうらじゅん氏が出演していて、『アウト老のすすめ』というエッセイ集が紹介されていました。

    あの本、読みました?いま話題のエッセイ!みうらじゅん「老い」万城目学「万博」(BSテレ東、2025/10/16 22:00 OA)の番組情報ページ | テレ東・BSテレ東 7ch(公式)

    タモリ倶楽部に出ていたときや、あるいは、いとうせいこう氏や安斎肇氏と共演しているような番組でのMJ(ぼくら、みうらじゅんフリークはこう呼んでいるよ)は安心して見ていられるんですが、「普通」のタレントさんと共演しているときのMJを見ていると、気が休まりません。

    なんか、こう、「絡みにくい人」みたいな空気になっていて。「あの本、読みました?」でも、事故り気味でした。

    みうらじゅん(以下 MJ)「だんだん年取ると、ちょっと「ケンイ コスギ」になるとこあるじゃないですか」

    鈴木保奈美(以下 リカ)「あー」

    MJ「何したわけでもないのに、年取ってるだけで・・・」

    (リカの微妙な表情を見て)

    MJ「あっ『権威 濃すぎ』の話ですよ。ケインじゃないですよ」

    自分が作り出した造語を、さも一般にも浸透しているかのように、会話に織り交ぜてくるMJ。「ケンイ コスギになるじゃないですか?」に対して、「はぁ?」と返してくれればいいんですが、きっと何か真面目なことを言っているんだろうと思って、普通に相槌を打ったりすると、ちぐはぐな会話になってしまいます。

    そうです、これがまさに「権威濃すぎ」現象なのです。若手の頃ならぞんざいにつっこんでくれたのに、権威のせいで、相手は「そうですね」「分かります」「勉強になります」みたいな反応をしてしまい、このような悲劇が起きるのです。

    今後MJを起用しようと考えているテレビ関係者に肝に銘じておいてほしいのは、「MJはまじめな話などしない」ということです。つねにふざけていると思って対応するのが吉です。「つっこめる人」「ひろえる人」に共演していただくのもいいと思います。

    つっこみ役として、より権威の濃い人に一緒に出てもらうのもいいと思います。森繁久弥さんとか、勝新太郎さんとか、内田裕也さんとか。え? あぁ、そうですか。残念です。

    「あの本、読みました?」では、「権威濃すぎ」のことを自ら説明せざるをえない苦境に追い込まれたMJに対して、万城目まきめ学氏が

    万城目「自分で言うのつらいですよね、今のところね」

    とフォローしてくれたので、なんとかなりました。消火はできました。全焼のあとでしたが。

    番組によると『アウト老のすすめ』が売れているらしいとのこと。MJの本は書店の隅でひっそりと売られるものだと思っていたのですが、書店で平積みになっていたり、自治体の図書館のサイトで見てみたら予約待ちになっていたりして、この「らしくない感」 にモヤモヤしました。

    これまた、ちょっと前のことですが(今度は15年前だよ)、川崎市立図書館の児童向けの保健体育のコーナーにこの本が置かれていました。

    その時の衝撃については、こちら(図書館で「正しい保健体育」(みうらじゅん著)の置き場所が間違っていた話: 主張)に書いておりますので、ご参照ください。司書のかたはタイトルだけ見て青少年向けの真面目な本だと思って分類してしまったのでしょうか。おそらく、著者が誰であるかを見落としてしまったのだと思います。

    ただ、しばらくして行ってみたら、児童書のコーナーからはなくなっていました。サブカルチャーのコーナーに移動したのかもしれません。有害図書として廃棄されていないことを祈ります。

    そして、これはほんとに「ちょっと前」の話なのですが、これまた川崎市立図書館で、美術や芸術関係の真面目な本に混ざって、この本が並べられていました。

    「芸術新潮」に連載されていたそうで、分類としてはギリ合っているのかもしれませんが、「はかせたろう」活動などの話も出てくる対談なので、本棚で異彩を放っていました。ちなみに「はかせたろう」とは、下着を穿いていないなら「穿かせたろう」という、ヌード写真に下着を書き足すという活動で、これについては『アウト老のすすめ』にも書かれていました

    『アウト老のすすめ』は、MJが「アウト老」を勧めている本というわけではなく、すすめている話ばかりが載っている本ではなく、「週刊文春」に連載されていたエッセイをまとめたものです。

    普通のエッセイっぽくちょっとしたエピソード話もありますが、架空の漫才、金〇工場のインタビュー、老いるショック・セミナーでの講師と生徒のやりとりなど、妄想系のコンテンツも多いデタラメ自由なエッセイ集です。

    大人向けの話も多いです。と、思ったら週刊文春での連載名は「人生エロエロ」だそうです。なぜそのまま単行本のタイトルに使わなかったのでしょうか。書店でレジに持っていくのが恥ずかしくて、売れ行きに影響がでるからですね。愚問でした。単行本化にあたって書名を変えられた出版社・編集者さんの判断は正しかったようです。

    ふと思ったんですが、みなさん「アウト老」の意味はご存じでしょうか?

    みうらじゅんのザ・チープ」という番組の「#4 拓本」の回で、MJが非常に分かりやすい例をあげておられたので、ここで紹介いたします。

    MJが小学生だった頃、母方の祖父(饗庭蘆穂氏)が定年後に拓本(石碑などの表面に紙を置き、墨で文字や模様を写し取る技法)にはまり、『拓本による京の句碑 上』(当時 4,800円)という本を出版しました。

    お祖父さんは、親戚が集まっている場に、ものすごい量の本を持ってきて、こう言い放ちます。

    「1家庭に2冊以上買って欲しい」

    この、親戚内での「押し売り行為」を、「アウトロー」ならぬ「アウト老」であるとMJは評していました。非常に分かりやすい例ですね。

    さて、この『アウト老のすすめ』は図書館ではどのコーナーにおくべきでしょうか。NDC(日本十進分類法:図書館などでの分類に用いる体系)では、「159 人生訓」などがあります、どうでしょうか。もしくは「367.7 老人.老人問題」でしょうか。それとも有害図書として廃棄されてしまうのでしょうか。